僕を盗んだ短命の少女
[貴方の寿命は以て、あと1ヶ月ですね。]
髭を触りながら僕の腫瘍を指さして医者が僕にそう言った。
告げられた寿命にただ僕は何の感情も持ち合わせていなかった。
ただひたすらに告げられた言葉に呆然と立ち尽くしていると、目の前で車椅子の少女が倒れ込んだ。
それに気づくと慌てて、手を貸し起き上がらせる。
[ありがとう。おじさん、大丈夫]
転んだばかりの少女が、僕の顔を見て心配してくる。
[転んだ君が言うんだね。君の方こそ大丈夫]
[んー。転んだって意味なら大丈夫。人生って意味なら大丈夫じゃないかな]
彼女は変な言い方をしながらも笑って誤魔化していた。
[人生って意味なら大丈夫じゃないってどゆこと]
不謹慎にも聞いてしまった。
[私の寿命もう少しだからね。明日に死んだっておかしくないから]
元気な顔の裏にはどれだけの苦労があったのだろうか。
僕よりも寿命が短いはずの彼女からは、圧倒されるほど生を感じていた。
[おじさんは、どこか悪いの]
不思議そうに聞いてくる少女に僕の話をした。
[あと1ヶ月か。何かやりたいことあるの]
[特に.....ないかな]
[そしたらさ、私が死ぬまで会いに来て。両親居なくって誰も逢いに来てくれないから寂しいの]
名前も知らない少女に頼まれた事に疑問を抱くまもなく僕は無言で頷いた。
会う日も会う日も元気そうな彼女に僕はずっと圧倒されていた。
[今日もちゃんと来てるね。偉い偉い]
関心するように僕を見る彼女の姿はそう長くは続かない。
神様は彼女に不公平であった。
僕が寿命を告げられてから3週間が経ったある日、病院に向かうとやけに彼女の病室が騒がしかった。
沢山の看護師が移り変わり入り、医者がひたすらに彼女を呼んでいた。
[○○さん。○なさん、ひなさん。大丈夫ですか。声聞こえますか]
初めて彼女の名前を知れたのは、
彼女の胸が鼓動を止めた日であった。
自分の寿命を忘れてただ、彼女の亡骸に泣いていた。
辛く苦しい涙を流しても、直ぐにまた会える事実に無礼にも僕は安堵していた。
会えたら次は、名前で呼ぼう。君じゃなく名前で。 必ず........。
[こんなことは聞いたことない]
髭を触りながら僕の胸を指さして医者が僕にそう言った。
僕の腫瘍は無くなっていた。跡形もなかった。
まるで最初からなかったかのように。
通院を終える日に看護婦から手紙を貰った。
少女からだった。
僕は荷物を底に落とし、見入るように手紙を読んだ。
そこには弱々しく歪んだ文字が書いてあった。
[貴方に一目惚れしちゃったからね。わざと転んじゃったの。助けてくれてありがとう。貴方の心と胸にあった大きな傷は私が貰っていっちゃうね。沢山会ってくれてありがとう]
神様では無い綺麗な少女は
僕にただ........不公平だった。