殺すべき敵
突然の処刑中断。
都民は皆関心がなく、そんな異常事態を「どうでもいい」と流していた。
一人の少女を除いては。
「私にとっては、どうでもいい事でも何でもない。むしろ、自分が殺すべきヒトを見つける事が出来るいい機会だった」
______日ノ國が滅ぶ少し前。
「二千兵戦争」
記録にもあまり残されていない戦争。
日ノ國がなぜ二千人もの兵を挙げ、誰を討伐しようとしたのかすら謎に包まれている。
二千もの兵は、一体誰と戦ったのか。
後に国を滅ぼした白髪の少年だろうか。
それとも、過去に幕府に逆らう勢力を一人で皆殺しにし、何度斬られても蘇るという伝説上の男「雪斬 宗呪羅」だろうか。
いずれにせよ、私の母は白髪の少年「人斬り白郎」に殺され、私の父はこの戦争で亡くなった。
初めて父の訃報を聞いた時、私は今後の生活の不安や、殺した者に対する怒りよりも、恐れを一番実感した。
何者かを殺害する為に挙げられた兵は、一人を除き全て、その何者かに斬り殺されているからだ。
現場にて積み上げられたのは千九百九十九人の死体。
一人は行方不明。
その一人が見つからないまま、国の解体は始まった。
一人の少年が幕府の城を攻め落とした後、日ノ國各地で暴動が発生。
あんなにも活気良く、明るすぎて眩しかった私の故郷は、たった一晩のうちにその歴史に終わりを告げた。
日ノ國崩壊後、王都に流れ込んだ日ノ國の民は「難民」と呼ばれた。
悪いイメージしか持たないかもしれないが、難民になれただけでも運がいい方だ。
日ノ國崩壊後、日ノ國はどこかしらの国から魔術的猛攻をくらい続けていた。
国内では内乱、国外からは攻撃が続いていたが、日ノ國の一部の民は日ノ國の貿易用の船を使って逃げ出す事に成功した。私も、船で逃げ出した一人だった。
船は海を旅するうちに三隻づつ別れ、私はすぐ横の大陸の最西端と思われる部分に上陸した。
そこで待っていたのは…一言で言うと地獄だった。
上陸して西に歩いてすぐ、とても人間とは思えない異形の怪物に遭遇した。四十人くらいか、悲鳴を上げてその怪物に食べられていった。
最初は人の血を見るだけで身震いしていたが、私の友人が目の前で身体を真っ二つに引き裂かれた時は、流石に身震いするよりも生存本能が勝ってしまった。
そんな事もあり、国を出る前は一千人を超えていた集団は、いつの間にかたったの十六人になっていた。
そして砂漠で脱水症状を起こし、オアシスに辿り着く前に十三人が息を引き取り、残る日ノ國の民は私を含め三人になっていた。
道中、あの怪物と魔術で戦っている人間たちとの戦いに巻き込まれ、爆裂魔術が仲間の一人に直撃。
当たった一人はそのまま爆散し、残ったもう一人の女の子は、私を庇うようにして背中に大火傷を負い、ついに息絶えた。
私も腕が一本吹き飛んだが、むしろそれはまだ幸運だった方だろう。先に死んでいった仲間達に比べれば。
…いいや、実は物凄く不幸なのかもしれない。
仲間があれだけ傷付く姿を見せられ、腕一本持ってかれ、それでもなお、まだ息は続いている。
もし、もしこの世界に神様がいるとしたら、一体神様は何を望んでおられるのか。
私にこのような、生きる活力を全て奪い、それでも尚足りない位の責め苦を与える事か?
それとも。もし私に何かをしてほしいのだとしたら。
私に出来る事をやり遂げろ、などと言うお告げなのだとしたら。
ならば、私に出来る事はただ一つ。
国を滅ぼした少年を。二千兵戦争の標的を。人斬り白郎を。
この三人を皆殺しにする事、ただそれだけだ。