決意
「行ってきます」
「死ぬんじゃ、ないぞ」
それが自らを育ててくれた老人、ジャンおじさんとの最後の会話となる筈だった。
そうなってくれたらどんなに良かった事か。
朝。ドアを勢いよく叩く音で目を覚ました。
「白さーん。しーろーさーん。お客さんが来てますよー」
「はいー。今出まーす」
朝だからろくに思考もまとまらないまま、ドアを開ける。
ドアを開けた先には鎧を着て武装した兵士三人と、何やら偉そうで何か言いたげな女性、そしてさっき俺を叩き起こしてくれた宿主さんの姿があった。
「ふぇ?一体なんなんれすかこんな朝から…」
ダメだ。呂律がちっとも回らない。
その様に問うた後、やたらめったら偉そうな女性が、
「我らに着いてこい。人界王ユダレイ・タッカーダル様がお呼びだ」
…なんですと?
「…なんですと??」
そのまま言われるがまま支度をし、朝ごはんも食べないまま兵士に槍を向けられ王城まで歩かされた。
一体俺が何をしたというのだろうか。
…もしかして、例の巨大ゴブリンを倒した報酬とか…?
などと勝手に期待しながら城内に入ると、すぐさま五人の兵士が追加で槍を向けてきた。
…どうして?
そのまま人界王との謁見の時間に入ってしまった。
「ところで…こんな所に呼び出してどんな御用け__」
「口を開いてよいとは言っていないぞ」
マズったな〜、失言だったかな〜?王城を「こんな所」だなんて。
「…して、お主が白か」
…やっべえ、すげえ緊張する。
「答えんか」
口を開いてよいとは言っていないんじゃなかったんでしたっけ〜?と煽りを入れたくなったが、ここは我慢っと。
「は、はいそうですけど…」
「お主は今自分がどんな立場にいるか分かっておるのか?」
「どんな立場って…自分が八人もの兵士に槍を向けられて、今にも殺されそうになっている状況?」
「…違うな。お主が国際重要最高刑執行指定人物であると言う状況じゃよ」
…へ?
こくさいじゅうよ…最高刑執行指定人物????
「えっと…それはどういう…」
「端的に言えば…お主を二日後に処刑する」
…………
…………どうして???
後状況的には本質は何も変わっていない気がするのですが。
「お主のその名前は仮名だろう」
「かっ、仮名??そんな訳無いじゃないですかぁ。第一名前を隠す意味など…」
「お主の出身国を言うてみい」
「日ノ國…ですけど」
「日ノ國のう…8年前に滅亡しておる」
「…」
「國を滅亡させたのは当時7歳程度の少年だ」
「す、凄いですね…7歳で一国を滅ぼすなんて…」
「お主は今15歳。では8年前のお主は?」
「7歳…ですね」
「まだ分からんか」
「何がですか?」
「お主であろう。国を滅亡させたのは」
あーあ。面倒臭い事になっちまった。
「一国を滅ぼした少年を生かすのは危険だと判断した我ら人界軍は、お主の事を国際重要最高刑執行人物として指名した」
「えっあっ」
「だからこそ、お主の身柄をここで拘束させてもらう」
マジかよ。
「一応…一応ね?俺はそんな事してないんですけど、してないんだけど!!!まぁ、信じては…」
「やれないな」
「大人しく捕まると思います?」
「思わんな。だから我々は先に動いた」
人界王は手で合図をする。すると、奥から磔にされた人間が出てきた。しかもそれは、当分見なくて済むと思っていた面だった。
「ジャン…おじさん…!」
「死ぬんじゃ、ないぞ」その言葉が最後の会話になる筈だった。むしろ、最後になっていればどれだけ良かった事だろうか。
「死ぬんじゃないとは言ったが…わしの方が先に死ぬかもしれん…」
「二日後にこの老人も処刑する。大人しく捕まるならこの老人は逃がしてやろう。ただし、二日後の正午。太陽が天頂に座する時までに捕まらなかったら…だ。その先は、言わなくとも分かるだろう?」
「ふざけ…やがって…」
「逃げろ…白…お前は生きるんだ…!」
「だっておじさん…!」
「わしの事はいい。早く逃げろ…!」
…足は自然と動いていた。
ただし、磔にされた人間とは逆の方向に。
木刀で兵士を薙ぎ払い、門から一目散に逃げ出した。
おじさんを見捨てたのか?そんな訳はない。
そんな訳は…ない筈だ。
…また、救えないのか。
自分の非力さを恨みながら、走る。
救えなかった、あの日の情景を思い出す。
走る。
有り金全部カウンターに置いて、すれ違い様に宿主に、
「一週間泊めて」
と言いながら自分の部屋へ走る。
自分の部屋に着き、ドアを閉めた途端、行き場のない感情と涙が溢れ出てきた。
「まっ…また…救えないのかっ!」
「唐突に自分の支えを奪われてっ!」
「また俺は…何もできないのか!」
「何も!!何“も”っ“!!」
あんなに快晴だった空にも暗雲が立ち込み、雨が降ってきてしまった。もう外にすら出たくも無くなった。
…そうだ。全部自分が悪かったんだ…
自分が◼️さなければ。自分が◼️わなければ。自分が◼️んでいれば。全て終わった筈なのに。無関係の人間が巻き込まれる事も無かったのに。死ぬ事も、無かったのに。
ガタッ。
数時間ベッドで泣き続けた身体が、ようやくその身を起こす。
◼️ぬために。足を運ぼうとする。
脳内に、あの時の言葉が思い浮かぶ。
「死ぬんじゃ、ないぞ」
「人を守る為に剣を振るえ」
もう既に死んでしまった/死ぬ事が決まってしまった人の言葉だった。
雨は止み、暗雲が立ち込め、暗闇に満ちた地上に光が差す。
…そうだ。
力があれば、いいのだろう?
ならば…戦うのみだ。