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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

未商業化作品

ループし続ける悪役令嬢は婚約者の王太子殿下を諦めない

「公爵令嬢テレーズ! 僕は君との婚約を破棄する! そして、この男爵令嬢リーシャと新たに婚約を結ぶことをここに宣言する!」


 貴族の通う学園の卒業パーティの最中、王太子エゼルバードが私に向かって叫ぶ。

 その隣では、成り上がり貴族だが、頑張り屋で真面目と有名なリーシャ男爵令嬢がいて、困ったような顔をしながら私を見つめていた。


 私は嘆いた。


 ……まただ。私はまた、この婚約破棄のシーンに辿り着いてしまった……。

 一生懸命、リーシャと王太子が結ばれないように妨害し続けていたのに……。


 彼は破滅する。国も滅びる。

 未来の王妃リーシャとその父によって。


 私は知っている。なぜなら未来を見てきたから。……いいえ、もっと正しく言うならこの世界はループしているから。


 私は、愛する祖国が滅びてしまうのを止めたかった。

 王太子は、彼女との真実の愛を阻もうとする私を悪役令嬢と思っているようだけれど。

 愛している祖国を守るため、私は運命を変えようとしていた。


 今回は三度目の挑戦だった。私は三度目の正直なんて言葉が大嫌いになった。何にもうまくいかなかった。



 ◆ ◆ ◆



 王太子エゼルバードはこれから、リーシャという男爵令嬢と婚約する。リーシャの家は、父親が商いをしており、金で爵位を買った成り上がりの貴族だ。リーシャは編入生として貴族の学園に入り、真面目で頑張り屋という評価を得てはいたが、貴族としての嗜みは付け焼き刃で、精神も未熟であれば、一国の妃の器ではない。


 この婚約破棄のあと、父王は持病が悪化して亡くなり、王太子の即位と共に、二人は結婚する。


 リーシャは間もなく男児を産み、王位継承権一位の御子の母となり、権力を強めた。穏やかで素朴な成り上がり娘の見る影はなく、彼女は贅沢を好んだ。


 リーシャの父は次々に新たな事業を立ち上げては失敗し、国の予算を使い込む。


 民たちは度重なる重税に苦しみ、国を出ることができる者は国を離れていき、残らざるを得ない者は飢えて死んでいき、国は滅んだ。


 婚約破棄の後、修道院に入った私は破滅に向かっていく国の有り様を見て唖然とした。



 なぜこんなことに。



 エゼルバードはレジスタンスに捕縛され、民からギロチンにかけられ死んだ。リーシャも同じように殺された。リーシャの産んだ息子はまだ幼く、さすがにギロチンにこそかけられていなかったが、生死は不明である。


 荒れ果てた国には盗賊がのさばっており、ある日、私がいる修道院が襲われて、私は真っ先に刺されて死んだ。


 すると、どうしたことか。


 時間が巻き戻っていた。初めてリーシャ嬢と王太子が出会ったその瞬間に巻き戻っていた。


 初めてのループは、一体これはどういうことなのだろうかと、頭がついていかずに、これが走馬灯というやつなのかしらと思い込んで、ずいぶんのんびりと過ごしてしまった。


 ほとんどが同じ展開をなぞるだけで終わってしまった。

 

 しかし、婚約破棄を迎えてから「これは走馬灯や夢の類いではない」と気がついた。それからは、運命が変わるように、私は懸命に動いた。


 初めての人生では、婚約破棄後に私は悪女という噂を流布され、嫁の貰い手がなく、修道院に入ったが、二度目の人生の私は知り合いのツテを頼りに商売を始めた。


 初めのうちは婚約破棄をされた悪女のすることだからと信用されなかったが、未来を知る私はこれから流行する商売を先んじて手にかけていき、国内でも有数の人気商会を作り上げた。


 運命を変えるための職業として商売人を選んだのは、リーシャの父の動向を知るためである。そして、彼が愚かな商売を始めようとすれば、それを阻止しようと思って、私は商人の道に進んだ。


 この人生の中で、わかったことがある。

 王太子は完全なる暗愚ではなかったようだ。妻の散財を咎め、男爵への融資は打ち切るように動いていた。


 しかし、リーシャは婚姻後すぐに子を産んだ。リーシャはこの子どもを盾にわがまま放題だったらしい。王太子や大臣などの側近が彼女らを抑えようとすると、「この子がどうなってもよいのか?」と脅していたそうだ。


 先代の王はなかなか子宝に恵まれず、正妃のほかに側室が三人いたが、しかし、王太子に兄弟はいない。

 王太子は、王がお年を召されてからようやくお生まれになった唯一の子どもだった。


 王太子は自分の後継ぎを守ろうとしてリーシャたちの言いなりになっていたらしい。

 王太子とその息子が死ねば、次の王位継承権を持つものは遠縁の公爵家になる。


 ……そういえば、その遠縁の公爵家というのが私の家のことであるのだが。


 ──だから、一度目の人生で私の縁談がことごとくまとまらなかったのかしら? もしも私が結婚し、男児を産んだとすればその子供が即位することになるかもしれないから、それを阻止するために王家の手の者が妨害しようとした?


 だとしたら、阻止しようとしていたのは王太子側の人間だろうか。リーシャだろうか。


 商人として権力を得て、リーシャの父の商いの動向を管理しようとするのはうまく行かなかった。

 私はあくまで、未来を知っているからこれからどんな品物が望まれるのか分かるだけで、けして商いの才能はなかった。他の商会の商いのコントロールまではできなかった。


 また、リーシャの父はよくわからないことにお金をすぐ使うので、どうしようもなかった。あの男は、商売のためといって王家の金を持ち出しながら、実際には単なる豪遊に使うことが多々あった。


 なぜ、この男を犯罪者として捕らえることができないのか。

 いくら王子を人質に取られているとはいえ、リーシャとその父を裁くことが、王太子を始めとして、王家に仕える面々はなぜできないのか。


 血筋を守ろうとして肝心の国が滅びては何の意味もないのに。

 私は唇を噛み締めた。


 私は商売で儲けた金を国に寄付し続けたが、一商会の売上金などで国を支えられるわけもなく、一度目の人生と同じく、国は滅びた。


 荒れ果てた国。同じ街に住む顔見知りの男が家に押入り、「お前だったら金を持っているはずだ」と襲われて私は死んだ。



 ◆ ◆ ◆



 三度目の人生では、とにかく王太子とリーシャが恋に落ちないように邪魔をし続けた。

 そうしたら、今まで以上に王太子から嫌われてしまった。


 「成り上がりの貴族だ」と男爵令嬢をいじめた、尊き身分にふさわしくない女と言われ、私の家は爵位を降格させられ、私自身は勘当された。


 これにより、私の家系は王家の遠縁ではあるが、王位継承権を失った。


 この人生でまた婚約破棄をされたら、なんとか頑張って誰でもいいから結婚して子どもを作って、リーシャに脅され続けている王家に王位継承権をチラつかせてみようと思っていたのだが、オジャンだ。


 ……でも、これでよかったのかもしれない。それは王子の命を危険に晒す可能性のある行為だった。

 それに、ループしている世界といえど、祝福されるべき新しい生命をそんなためだけに産み出そうとするのは、良いことではないだろう。


 王位継承権を持つ者がここにもいるから、リーシャたちに従うのをやめろと迫ることは合理的でもなければ、人道的でもない。何しろ、それはリーシャを止めれば王子が本当に害されることを想定しての、王族に対する脅しなのだから。


(また、商人をしようかしら。今度は下積みから、コツコツと始めて……経験を積んで……商いのことをちゃんと知って……)


 そして、私は天啓を得る。


 素性を隠して、リーシャの父の商会に入ろう!



 ◆ ◆ ◆



 私はリーシャの父の商会、ウッドドア商会に入った。

 男爵は私の顔を見ても、娘の旦那の元婚約者の小娘とは気づかなかった。私は天涯孤独で身寄りのない平民、名はディーラと名乗った。


 男爵には、これから成功するであろう商売を次々に紹介することで信頼を得た。


(男爵に商売で金を稼がせる、王家に金の無心をさせない!)


 男爵の思いつきの商売は徹底的に首を横に振り、代わりに儲ける提案をした。

 ウッドドア商会は国で一二を争う大商会に成長した。


 これで国は救われた!


 そう思った時期は短かった。


 男爵が国の金を奪っていかなくても、リーシャが贅沢をする。

 税金は上がった。

 民は飢えて、市場は干上がることとなり、ウッドドア商会の利益も落ちてきた。


「……旦那様、そちらは一体……?」

「おお、ディーラ! これからは武器の時代だ。絶対にこれは売れる」

「まさか、これを、売るのですか?」

「そうさ。最近はお前さんのセンスも受けなくなってきてるだろう。もうこの国では商売なんかできないよ、こんなに飢え切った国で次に起きるのは革命だ」

「旦那様!」


 男爵は手のひらで首を切る仕草をして、反対の手に持った拳銃をクルクルと回す。


 男爵は武器の密売に手を出した。

 重税を課す国に、革命軍が動き始めている。


「お嬢さまはこの国の王妃です、この武器によってお嬢様が害されてもよろしいのですか?」

「娘といえど、他人だぜ? 破滅を招いたのはアイツ自身だ。俺は自分の人生が良ければいいんだよ」

「……ッ」

「なあ、ディーラ。お前は賢い。先見の明もある。もうすぐレジスタンスが暴れ回る。その前に俺はこの国を出ていくが、お前も一緒に来いよ」


 男の手が私の肩に回る。

 小太りの男の、ふしくれだった手だ。


「孤児だっていうが、本当はいいとこの出なんじゃないか? はは、お前さえよけりゃ、国を出てから俺の後妻に……」


 その後のことはよく覚えていない。


 気づいたら私は、さっき男が持っていた拳銃を握りしめて、外を彷徨っていた。


 よく覚えていないが、そのとき、雨が降っていたかもしれない。街を流れる川は荒れて、ドブ色をしていたのは覚えてる。

 煉瓦造りの橋を渡る途中で、川を覗き込んで、そのまま私は身を投げた。



 ◆ ◆ ◆



 婚約破棄後も最悪だった。三度目の人生は全くよくなかった。


(革命軍の武器を手配したのは、国を破滅に追い込んだあの男……)


 男爵の商会を儲けさせることで、男爵が金の無心をすることは防げた。でも、あの男を儲けさせても、結局リーシャが散財をしてしまっていた。

 次は、リーシャをどうにかしないといけない。


 身投げした後、当たり前のように私はループしていた。疲れてしまったので、休みたかったが、あまり時間はない。


 そうだ。前回は二人の仲を邪魔しようとして失敗した。今度は、逆に二人の仲を取り持ってみよう。リーシャと仲良くなろう。円満に婚約解消しよう。そうしたら、王妃となったリーシャの良き友として、リーシャの暴走を止められるかもしれない。



 ◆ ◆ ◆



 リーシャの暴走は止められなかった。


 散財を咎められた彼女が、私を生贄に差し出した。

 王妃の相談役についた私が、国の税金を使い込んでいたのだと。


 私はギロチンにかけられて死んだ。


 ああ、かつての王太子殿下も、この眺めを見ながら死んだのかと思った。

  


 ◆ ◆ ◆



 リーシャは自分の要求が通らなければ、本当に自分の子も殺そうとしていた。あんなに邪悪な女がいたのかと、ゾッとした。


 王子はこだわりが強い赤子で、母親であるリーシャ以外の乳を飲もうとしなかった。ある程度成長しても身体が小さく、離乳食の類いも嫌がった。リーシャが授乳をしなくなれば、衰弱して死ぬだろう。


 だから、王太子たちはリーシャを牢獄に捕らえることも、国を傾けたとして処刑することもできなかった。


 王太子は王子が乳離れするまで耐えるつもりだったが、その間に国は傾き、王子が大きくなったころにはすでにレジスタンスが活発となっており、間に合わなかった。


 王子は、とても愛らしい赤子だった。


 王であるならば、この王子を見捨ててでも、国と民を守るべきだったが、それができなかった王太子にこの人生で初めて共感した。


 ……そういえば、小さい頃から、王太子はとにかく優しかった。人を疑えない人物であった。王には向かない性格の彼を、よく支えるようにと言い聞かせられながら、私は妃教育を受けていた。


 邪悪に触れた後だからだろうか、私は少年時代の王太子の優しさを懐かしむと、泣きそうになってしまいそうだった。


 しかし、その優しさのための犠牲が大きすぎる。民は、この王を非情の王としか思っていなかった。目の前の尊い命を守ろうとしていても、民は多く死んでいた。これでは、優しさの意味がない。


 ああ、この愚かな王の優しさが正しい形で発揮されるように、私はこの歳まで育てられてきたのに。私は王太子を支えることができない、お守りすることができない。悔しかった。悲しかった。


 しかし、私はリーシャが恐ろしくてたまらなくなった。

 次の人生はすぐに始まったが、リーシャに対面した直後、私はうずくまってしまった。




 リーシャを避けて過ごしていたが、特に今までと変わらず婚約破棄された。

 私はやっとリーシャを目に入れなくてすむと喜んだ。

 何も彼女にちょっかいをかけなかったので、特別罰も喰らわなかったが、私は自ら願い出て国を出た。


 王太子都合の婚約破棄ということで慰謝料までもらったので、そのお金で隣国に移り住んだ。


 何の縁だろうか。

 私は隣国の第三王子に見初められて、結婚することとなる。これで五度目の人生だが、初めての結婚だった。


 彼はとにかく優しく、穏やかな人物だった。私はこの人生では、彼の愛に甘えた。


 やがて、故郷の国では今までどおりに反乱が起きて滅びた。


 この反乱が起きる前、私は第三王子である彼に、これから隣国から移住の申し出が増える、優秀な人材も流れてくるはずだと進言していた。彼は移住の受け入れに関する機関を整え、能力のあるものは積極的に取り立ててくれた。


 ただし、リーシャの父親の男爵がこの国に来ようとしたのは拒んだ。あの男のことだから、しれっとこことは違う国に逃れただろうか。


 恐らく、今までの人生よりも、難を逃れた人は多いはずだと思う。

 だがしかし、それでも国は滅びてる。王も死んでいる。


 毎日、窓の外の祖国の方角を眺める私を見て、夫は苦笑した。


「ついぞ、私は君の心を得ることができなかった」


「あなた……」

「君の心はずっとあの国にあるのだろう。いいのだ、わかっていて、君を求めたのだから」


 毎日毎日、私は窓を眺めていた。彼はそんな私をけして咎めなかった。


「君がかの国を想う横顔の美しさに、私は恋をしたのだから」


 この人生では、私は老衰で死んだ。



 ◆ ◆ ◆



 けれども、私はまたループした。

 これで、六度目の人生か。


 私は、この時いくつだったろうか。

 わからなくなってきていた。


 隣国の第三王子は私を愛してくれた。彼の愛は心地よかった。

 人を愛するとは、こういうことかと思い知った。


 ループをすると、いつも王太子エゼルバードとリーシャ嬢が初めて出会うシーンで、私の新しい人生がスタートする。


 学園の中庭で、編入してきたばかりのリーシャが迷子になっているところを、私と共に散歩していた王太子が声をかけるシーンだ。


 王太子がリーシャに声をかけるのを見つめながら、私は考えていた。


 ──私は、この国を守りたい。

 幼い頃から、王を支え、国を守る王妃になれと育てられてきた私にとって、それは使命だ。

 だから、私はずっとループしているのだろう。


 そう思っていた。


 間違いではない。でも、何度も何度も繰り返し、六度目の人生を迎えて私はようやく気がついた。



(私は、この王太子殿下を愛している!)



 人に愛されることで、私はようやく、自分が何に執着しているのか、この執念の正体は何なのかに気づくことができた。


 私は、王太子エゼルバードを、愛しているのだ。


 親に決められた結婚だったけれど、王にはふさわしくないほど、愚直な優しさを持った彼が好きだった。


 あの人生の中で、私は夫を愛することが最後までできなかったが、夫が私を愛し続けてくれることで、私は幸せを得た。


 私と王太子は政略結婚。お優しい王太子は、なにかと厳しくて小うるさい私のことを好んではいらっしゃらない。

 王太子が私を愛することはないかもしれない。だが、私は私の愛をあの方に捧げ続けることはできる。


 王太子が私を愛してくださらなくても、それが私が彼を愛してはならない理由にはならない。


 私は、私の愛によってあの方をお救いしたい。

 そのために、私はきっと、ループし続けている──。


 だから、五度目の人生で、穏やかに老衰を迎えても、私はこうして、ループをしてしまった。もうこれで終わるのだと思っていたのに。

 王太子をお救いしたい。彼を愛したい。


 彼と共に、この国を守りたい。

 それが私の願いだ。



 初めての人生と、二回目と、三回目と立て続けに王太子に婚約破棄をされてしまったせいで、私にはある思い込みが生まれていた。


 なぜか、私は婚約破棄されることを前提に考えていた。


 滅びに向かう国をどうやれば守れるのか、そればかり考えていたが、そもそもこの二人を結婚させなければいい。


 そう考えて、行動していた三回目の人生が大失敗だったせいで、私はすっかり忘れていた。




 私は王太子に対する好意を隠すのをやめた。節度ある付き合いをするように言われてきていたので、私は今まで彼と会う時は常に気を張って、甘えた態度を見せることはなかった。

 それどころか、「婚約中の男女が必要以上に近い距離にいるのはよくありません」と彼を物理的にも心理的にも遠ざけてきていた。


 私は、頻繁にお慕い申し上げていると、気持ちをお伝えした。


 私の変わりように、始めは王太子は戸惑っていらっしゃった。


「君は、あまり、僕のことをよく思っていないようだったから」

「そんなことありません。私は幼少の頃より、殿下に憧れておりました。気持ちを伝えられなかったのは……周りから節度を持てと、言われていたからで……あとは、私が気恥ずかしかったからですわ」


 素直に答えると、王太子エゼルバード様はそうか、と微笑んでくださった。その顔が嬉しそうに見えたのは、私の勘違いではないと思いたい。


 リーシャはたびたび王太子に絡んできたが、王太子はリーシャとは距離を取った。

 ある時から、王太子は学園内であっても護衛をそばにつけるようになった。


「いくら安全だと言われている学園でも、僕はこの国唯一の王子だ。何かあってはいけないからね」


 そうおっしゃるが、実際のところは恐らくリーシャと二人きりにならないようにするためだろう。

 リーシャも護衛がいては、そう王太子にベタベタすることはできなかった。


 私は感激した。今までの人生ではずっとリーシャをはべらせて喜んでいた王太子が、リーシャを遠ざけようとしてくれている。婚約者である私に配慮してくださっている!


 ……今まで五回もリーシャと王太子が惹かれ合う姿を見ていけばわかる。

 王太子は自分に向けられた好意に、とにかく弱いのだ。尊い王太子に好意をこうもぶつけてくる令嬢は今までいなくて、初めて好意を剥き出しにすり寄ってきた男爵令嬢リーシャ。そのせいで王太子はリーシャに恋をしてしまっていた。


 だから、私は王太子にまっすぐ好意をお伝えした。リーシャが王太子のお心に入り込む前に、私の愛で王太子のお心を埋めてしまおうと。


 王太子は、言い方は悪いが、チョロかった。そうでなければ、婚約者がいるのにも関わらず、リーシャなどにうつつを抜かすようになるわけないから、そうなのだろうけれど、なぜ私はもっと早く、気づかなかったのだろうかと後悔した。




「──ねえ、あなた。王太子殿下の婚約者なんですってね」


 ある日、私はリーシャに呼び出された。

 立ち入り禁止の札がかかった、校舎裏の倉庫の中。

 今日は学園の卒業式の前日だ。


「ずいぶん大事にされてるみたいじゃない。王太子殿下を何度お誘いしても断られてしまうの。私の方が絶対美人で可愛いのに。おかしいでしょ?」

「おかしくありませんよ。婚約者を優先するのは当然のことです」

「私が誘っても断ってくる男なんて今までいなかったのにさ」


 彼女のいう"誘い"の意味がわからない私ではなかった。

 恐らく、今までの人生の中では、彼女と王太子はこの時点で体の関係を持っていて、彼女はすでに身篭っていたのだ。


 今回の人生では、王太子と彼女の間に体の関係はない。私がループしてきた人生でずっと翻弄され続けていた憐れな王子はいない。


 それを為せただけでも、私は胸がすく思いだった。


「ねえ、明日の卒業パーティで……あの殿下を振ってよ。そうしたら、許してあげる」

「私と殿下の婚姻は国が決めたもの。そんなことはできません。ましてや、私は殿下を愛しております」

「……私がどうして、()()()をしているのかわかる?」


 リーシャはパンと手を叩いた。すると、黒い服を着た男が三人、暗闇から現れた。

 黒服の男たちが私を羽交い締めにする。


「お願いよ、あの王太子殿下を振って。そうしたら、私が殿下を慰めて差し上げるの。やっぱり、国の王妃は慈悲深い人がなるべきじゃない?」


 男たちは、何やら小さな包みを待っていた。


「それ、毒よ。お父さまが仕入れてくださったの。これを飲んだら、すぐに意識を失って死ねるから、苦しくないんですって」

「私にそれを飲ませる気なのですか?」

「ええ。だから、お願いなの。私のお願いを聞いてくれるなら、何もしないわ。でも、聞いてくれないなら、この薬を飲んでもらうわ」


 リーシャはニコリと笑う。


「そして、気絶したあなたをね、私が最初に見つけたことにして、助けて!って叫ぶわ。次期王妃の暗殺事件なんて、いかにもありそうじゃない?」


 この女は、やはり邪悪だった。

 とうに知っていることを、改めて知ったところで、何も思わない。


「殿下はあなたを愛しているみたいだから、ショックを受けるでしょうね。傷心の殿下を、私が慰めるの」


 リーシャはうっとりと語った。


「だからね、私はどっちでもいいのよ。だから、お願いなの。どっちだってやることは一緒なんだから。でも、あなたは死ぬか生きるかだから大変よね?」

「そうですか」

「で、どうするの? こっぴどくあの人を振ってくれる? もちろん、このことは誰にも言わないわよね──って、成り上がりのいつも一生懸命な真面目で頑張り屋さんのリーシャちゃんが、まさかそんなことをするなんて、誰も信じないでしょうけど!」


 アハハハ! リーシャは高笑いした。

 私はそれを冷ややかな目で見る。


「ねえ、リーシャさま。私にはもう猫を被らなくてもいいの?」

「だって、あなたはこれから死ぬか、もしくは大した理由もないくせに、王太子殿下を不遜にも振った馬鹿な令嬢になるだけでしょう?」


 高笑いが狭い倉庫の中に響きわたる。


「どちらでもいいと言うけれど、本当はあなたにとっても、私を毒殺するよりも、毒を使わずに済んだ方がいいのでしょう? その方がリスクが少ないですもの」


 どちらでもよい、というのが真実であるならば、こんなやりとりを長々せずにとっとと私に毒を飲ませて殺してしまった方が楽に決まっている。


「……それが何? どっちだっていいわよ、あなたが消えて、私が王太子殿下と結婚できるなら」

「この毒は、他国から輸入したものね。調べれば、あなたとあなたの父の足がつく恐れがあるわ」

「ああ、そう。そう思うんなら、あなたは毒殺される方を選ぶってわけ?」

「きっと、脅しのために用意しただけなのだろうと私は思ったの。違って?」

「なんなのよ、別にいいのよ。あなたが選びたいなら毒を選んだって」


 リーシャはイライラとしている。それもそうだ、このやりとりが長引けば長引くほど人目につく可能性が高くなる。


「──怖くて選べないの? わかったわよ、じゃあ、お望み通り、毒を飲ませてあげる。運がよかったら、私を罰せられるかもね? ただ、あなたは死ぬけれど──!」


 リーシャが腕を上げる。それを合図に黒服が私の顎を掴んで上に向ける。別の黒服が包みを解いて、私の口にその包みの中身を──。


 流し込もうとしたその前に、けたたましく人の足音が響いた。



「──そこまでだ! 男爵令嬢リーシャ! 殺人未遂の容疑で逮捕する!」



 リーシャの愛らしい大きな瞳がまんまるに見開かれる。国の警官隊が包囲していた。


「──テレーズ!」


 よく知った声が私の名前を呼んだ。王太子殿下だ。


「……無茶をする……。君が、無事でよかった……」

「殿下……申し訳ございません。ご心配をおかけいたしました」

「何を謝るんだ、君にもしものことがあったらと気が気ではなかったよ」


 王太子は痛いほど私の体を抱きしめた。心臓は早鐘を打っていたけれど、その心音が心地よかった。

 初めて包まれた彼の腕は、とても温かで居心地が良かった。おずおずと、彼の厚い背中に手を回せば、ますます強く抱きしめられて、私は少し泣いてしまった。


 私は、リーシャから呼び出しを受けた時点で学園と王太子に相談をしていた。

 もしかしたら、私は彼女から脅迫を受けるかもしれないと。ともすれば、暴行の危険もあるかもしれない、と。


 学園側は「まさか」と真剣には取り合ってくれなかったが、王太子は信じてくれた。

 なにしろ、リーシャと結ばれていた時にはリーシャがする虚偽のいじめ報告を信じ切って、私を悪役令嬢と断罪、婚約破棄までやってしまっていたお方である。今、良好な関係にある私のことを疑うわけがなかった。


 また、王太子自身も、リーシャの度を超えたアプローチには困っていたらしい。これも、リーシャが入り込む前に私が王太子のお心の中に居座ってしまっておいたおかげだ。


 王太子は国が抱えている警官隊を動かしてくれて、リーシャが呼び出した倉庫近くに待機させてくれていた。

 私は、リーシャが明確に私を害そうとするまでは様子を見ていてほしいとお願いをした。


 そして、リーシャは私の思惑通り、罠にかかった。

 リーシャの悪辣さを六回の人生を通して知っている私は、王太子殿下にうまく取り入ることができていない現状に、必ずこの女は何かをしてくるだろうと確信していた。


 警官隊の手際はよく、あっという間に黒服とリーシャを縄で縛り付けていった。

 リーシャはたいして抵抗は見せず、ただ舌打ちを一回だけした。


「……リーシャさま、あなたはどうしてこんなことをしようとしてまで、王妃になりたいの?」


 警察隊に連れ出されてしまう前に、私はリーシャに問いかけた。


 不快げにリーシャの顔が露骨に歪む。

 こちらを睨むような、笑っているような、奇妙な表情に見えた。


「私、国で一番えらいお金持ちになって、なんにも考えずにお金を使うのが夢なの」

「そんなことのためだけに?」

「そうよ。それ以外に何かある? 私が楽しく生きるため。私は今その時が楽しければそれでいいの。それで周りがどうなろうと知ったことじゃないわ。それで国が滅びても、なんなら私が殺されることになったっていいの。今さえ良ければいいのよ」


 本心、なのだろう。彼女の言いぶりは清々しささえあった。

 私の横の王太子はなんてことを、と信じられないものを見る顔をしていたが、彼女の言葉通りの未来をずっと見てきた私は、驚きはしなかった。


「だって、私は父親にそう言われて育ってきたんですもの」


 そう言ったリーシャの顔は、歪んだ笑顔だった。

 悲しそうにも、憎らしそうにも見えない不思議な表情だった。



 ◆ ◆ ◆



 翌日の卒業パーティは中止となった。

 学園の生徒たちは卒業生、在校生問わず全員が急遽一時自宅に戻ることとなる。


 私はリーシャに襲われたということもあって、今後似たような事件が起こらぬよう、身の安全のために、念のため自宅ではなく、王太子殿下の住まう宮殿に寝泊まりすることになった。


「窮屈な生活をさせてしまうことになって、すまないね」

「いいえ、ありがとうございます」


 私には護衛の兵士が三人もついた。王太子もこまめに私の顔を見に来てくださった。

 実の所、私はリーシャがどんな女なのかはよくわかっていたので、彼女の暴挙もそんなにショックではなかったのだけれど……それは黙って、甘えておいた。


 二人で宮殿の庭を歩き、笑い合った。手を繋ぐこともあった。

 私たちが身を寄せ合って歩くことに異を唱える者はいなかった。



 リーシャは王太子の婚約者の殺害を試みたということで、終身刑となった。一生を冷たく暗い檻の中で暮らすことは、彼女にとっては殺されるよりも辛いことだろう。


 実際に彼女は裁判の際「殺しなさいよ!」と叫んだが、それは受け入れられなかった。自死させないように厳重な体勢で見張りがつくらしい。


 リーシャの父の男爵は、毒薬を仕入れ殺人を幇助したとして、爵位は取り上げられて5年間の懲役となった。


 しかし、与えられた罰以上に、彼の商会はこのことを受けてつぶれてしまい、多額の借金を背負うことになった事の方が、彼には痛手だったろう。

 未来の王妃を殺害しようとした男がこの国で二度と商売などできるわけはなく、刑期を終えた彼がどうなったのかを知る者はいない。




 私は無事に王太子と結婚した。

 今まで見てきた未来と同様、彼の父、先代の王は持病が元でこの事件の後、すぐに亡くなってしまい、慌ただしく彼の即位と結婚式があった。


 王族の結婚といえど、王の崩御間もないことであったので、パレードなども行わず、ささやかに行われた。

 ……そういえば、リーシャと王太子が結ばれた時には盛大なパレードが行われていたなあ、と思い返したりした。

 私たちは、式のために用意されていた費用は民に還元することにした。


 エゼルバード様は、相変わらずお優しくて、お優しいあまり視野が狭くなることが多々あったが、私はそれを支え、時に叱責し、励まし、共に愛するこの国を守った。


 この国が栄えることはあれど、滅びることはけしてなかった。


 子どもは三人できた。男の子が二人と、末に娘が産まれた。どの子もみな、可愛らしい子だった。




 やがて、年老いたとき、私は怖くなった。

 死ねばまた、私はループしてしまうのではないか。

 なにしろ、なぜ私は人生をループするなんてことができたのか、理屈は全くわからないのだから。


 この人生がうまく行ったからといって、またループしないとは限らない。このループが祝福なのか、呪いなのか、わからない。永遠に繰り返されてしまうかもしれない。


 私はその不安を伴侶エゼルバードに打ち明けた。


 私は今までずっと人生をループしていたこと、今までは王太子とリーシャが結ばれていて国が滅びていたことなども話していた。彼は、こんな突拍子のない話を嘘と決めつけることはせずに、「ずっと苦労をかけてきてすまなかった、ありがとう」と言ってくれた。


 本当に、人の言うことを疑わない人だなあと私はしみじみ思った。


 私の不安を聞いた彼はとてもにこやかに笑い、私の頭を撫でた。

 そして、彼はすっかりしわしわになった私の唇に口付けた。



 私は彼のことを愛していた。彼のことを諦められなくて、何度もループを繰り返していた。

 今、目の前にいる彼は、私のことを愛してくれた。私の六回にも及ぶ人生をかけた愛は報われた。


 彼のすっかり薄くなった背中を抱きしめる。彼も、私を抱き返してくれた。




 こうして、私は長きにわたる人生の幕を下ろした。

お読みいただきありがとうございました!


※誤字脱字報告ありがとうございます!助かります。

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