華札奇談【見つけないで】
"恐怖"
それは人によって様々だ。幽霊や悪魔など見えない存在に恐怖を抱く者もいれば、"行為"や"状況"に恐怖を抱く者もいる。中には「人間が一番怖い」と唱える者も少なくはないだろう。
いずれも人という者は、あり得ない事を目の当たりにした時、己の命が脅かされた時、誰であろうと平等に恐怖心を駆り立てられるもので…
本日の語り手【洲梳ノ懦 月飫鬽】
「華札奇談今宵の語り手を務めさせて頂きますは、洲梳ノ懦 月飫鬽…以後お見知り置きを」
軽く挨拶を済ませると、懐から黒色の巻物を取り出すと、留めてあった紐を解く
「本日のお客様には、恐怖集の一つを語らせて頂きたく思います。人の持つ残酷な恐怖を是非ご堪能ください…」
【見つけないで】
小学校の終業式が終わると、子供達はこれから始まる夏休みに心を躍らせた。担任の都合でホームルームが早く終わったクラスは、駆け足で教室を出ると校庭へ向かった
何人かの仲の良いグループに別れ、それぞれが色んな遊びをする
「やりぃ!4年1組が一番乗りだ!」
「この遊具は俺達が占拠したぞ!」
男子は校庭の一番の目玉である、アスレチック遊具の上に仁王立ちし大声で言い放った。
同じクラスの人間なら、彼らのグループがいかに横暴で乱暴的なのかは知っている。抗議の声を上げる者は居なかった
それは校庭へと出遅れてしまった、真理子と由美と加奈も例外ではなかった
「もう!由美が遅いからだよ、どうしよう…鬼ごっこでもする?」
「えー、ヤダ。私…足、速くないし」
学年で一番、足の遅い由美が首を横に振る
「仕方ないなぁ…じゃあ、隠れんぼは?何人か誘ってさ!」
「隠れんぼ以外にしようよ」
今度は加奈が真理子の案を否定した。が、真理子と由美は意地悪に笑う
「加奈って、いっつも見つけてもらえないもんね」
「そうそう!結局、最後は自分で出てきてさ、本当だっさい」
単に隠れ上手なだけなのだが、友達にそう言われてしまえばこの年頃の子は、その意見が全てになってしまうものだ
「……私、帰る」
すっかり機嫌を悪くした加奈は、まだ背負っているランドセルの肩紐を握りしめると、校門の方へと歩く
「冗談だって、怒る事ないでしょ」
「これだから冗談通じない子は嫌なのよね」
結局、無理に引き止められた加奈は6人で隠れんぼをする事になった
(由美が鬼ごっこを嫌がった時は、賛成したくせに…私の時は無理矢理、隠れんぼするなんて…酷いよ)
仏頂面のまま加奈は、鬼を決めるジャンケンに参加する。いっそう鬼の方がマシだと思うが…きっとそれは叶わないと知っている
ジャンケンをする前、加奈を覗いた5人が耳打ちをしていた…きっと、加奈を鬼にしない為に予め何を出すか決めたのだろう
「じゃ、いくよ!ジャンケンポン!」
結果は加奈の予想通りになった。3回のあいこをしたと言うのに、加奈以外の4人は勝ちの手で1人が負けの手だ…何が面白いのか、何人かはクスクスと笑っている
「由美、60秒数えて!じゃ、隠れろー」
真理子が合図し5人は散り散りになった。隠れんぼの範囲は校庭の中だけだ。
加奈は仕方なく、アスレチック遊具がある場所に行くと、独占している男子に気づかれないよう、一本立っている木の上へと登った
ワザと見つかりやすい場所に隠れたとしても、きっと由美の事だ気づかないふりをするに決まってる
加奈は足が速い方だった…自分が遅いからって由美はそれを妬んでいる
「見つけて貰わなくてもいいもん。あっかんべー」
木の上から見える由美に向かって、加奈は舌を出し精一杯強がった
「58…59…60!もういいかい!」
60秒数え終わった由美が大声をあげた。何人かは「もういいよ」と答えたが、加奈は決して声をあげなかった
もし、あげてしまえばアスレチック遊具で遊んでいる男子達に見つかってしまうからだ
(みんな馬鹿みたい)
木の上にいると、自分だけが別の世界に居るように感じる。そして、キャッキャと楽しそうに遊ぶ子達を見ると、何がそんなに楽しいんだと、捻くれた考えが浮かんだ
加奈は暫くそうやって、校庭中を見渡していた
「加奈、何してんだよ。バレたらあいつらに叩かれるぞ」
そんな声がし、加奈は思わず真下を見た。そこには一学年下の同級生が居た
「か・く・れ・ん・ぼ」
加奈が口パクだけで声で答えると、同級生ーー翔平は木を登り始めた
「うわっ、この木登りにくいな…加奈は本当にお転婆だよな」
「うるさいなぁ、それより身体は大丈夫なの?」
「まぁね…っと、よしっ隣に来れたっ」
にっこりと微笑んだ彼の笑顔に、加奈はさっき迄の捻くれた考えが薄まっていくのを感じた
彼は小さい頃から身体が悪く、よく入退院を繰り返していた。そのせいで学業にも影響が出てしまい、去年…進級出来なかったのだ
「相変わらず加奈は、隠れんぼが好きなんだな」
「いつの話?今は大っ嫌いよ…翔平が居なくなってから誰も見つけてくれないし、皆んな意地悪だしさ」
昔から翔平は加奈を見つけるのが得意だった。だから、加奈も必死になって隠れて…いつしか隠れるのが上手くなったのだ。それでも、今みたいに翔平は加奈を見つけてくれる
「加奈の考えてる事は直ぐに分かるからな」
「あっそ」
本当は翔平に「見つけた」と言われるのが好きだったが、素直になれず加奈はそっぽを向く
「例え加奈が死んでも見つけてやれるからな」
「やめてよ縁起でもない」
「俺がひっそりと死んだらさ、加奈は俺を見つけてくれる?」
思わず翔平の方を向いてしまう。彼の目には少し涙が浮かんでいるように見えた
「あんた、まさか…」
嫌な予感が加奈を襲ったが、翔平は「勘違いすんなよ」と続けた
「病気は大丈夫だって、たださ…学年も離れて、クラスじゃ浮きまくってて友達も居なくてさ、このまま独りぼっちで死んじゃうんじゃないかって、怖いんだ」
「見つけてあげない」
「え?」
「私、ジャンケン強いしあんまり鬼やった事がないから、見つけらんない。だから…翔平は…死なないで…よ」
最後は泣きそうだった。察した翔平はそっと加奈の手を握り、加奈もそっと握り返した
「なに、あれ…腹立つんだけど!」
そんな2人を遠目で由美と真理子は見ていた。実は由美は、目を閉じずに最初から加奈がどこに隠れるのかを見ていたのだ
「ちょっと可愛いからって、翔平に近づいて…許せない」
「ねぇ!男子、こっち来てよ」
真理子は数人の男子達を呼び集めた
ーーー ーーー ーーー ーーー
その日、翔平の家に加奈の母親から電話が掛かって来た。時間は7時で翔平一家は丁度、晩ごはんを食べている最中だった
「あら、加奈ちゃんのお母さん。どうしたんです?え?えぇ…待って下さい、今翔平に聞きますから…翔平!翔平!」
廊下から母親の声がして、翔平は箸を止めて駆け寄る
「どうしたんだよ、何かあったの」
「加奈ちゃんがね、まだ帰ってないんだって…翔平何か知らない?」
「え…加奈が…」
一瞬、頭の中が真っ白になった
「そんな筈ないだろ、お昼過ぎに家まで送ったのに…」
このまま隠れんぼを続けても、どうせまた独り残されるだけだと言った加奈は、あの後翔平と共に家に帰った。もちろん翔平はちゃんと加奈を家まで送り、玄関に入っていくのを見届けた
「その後よ。お友達が家まで来て、そのまま遊びに行ったっきり帰って来ないんですって。翔平本当に何も知らないの?」
嫌な予感が翔平を襲った
「探して来る!」
それだけ言うと、翔平は靴を履くのも忘れて勢いよく玄関を飛び出した。母親が後ろから何か言っているが、そんな事は気にならなかった
「加奈!加奈どこだ!!」
心当たりがある場所を一箇所ずつ探して行く…公園…学校…土手…空き地…神社…だが、どこを探しても見つからない
「か、なっ、ごほっごほっ、はぁ…はぁ…加奈…どこだよ…加奈…ごほっ」
無我夢中で走り続けたせいで、息がきれる
「必ず、見つける…から…待ってろ…よ」
もつれる足を必死に動かす。そんな中、道路にパトカーが徐行しているのが見えた
おそらく、加奈の両親が通報したんだろう
翔平の身体は限界がきたのか、ふらふらと足が思い通りに動かなくなり、やがて茂みの中へと突っ込んでしまう
ガサッ
「何?!何か音しなかった」
「そんな事より、大変な事になってんだぞ。どうするよ」
「口裏合わせるしかないだろ…俺達は遊んでたけど加奈は途中で帰った事にしよう」
聞いた事のある…元同級生の声がした。なんとなくバレてはいけないと思った翔平は、ひっそりと息を殺した
「何時頃?5時とか?」
「それでいいか、後は皆んな適当に帰ったって言えば大丈夫だろう」
(こいつら、さっきから何の話をしてるんだ…)
「加奈が見つかったらどうしよう」
一瞬、その場が凍りついたかのように、背中越しに冷たい汗が滴った
(この声は、由美だよな…何言ってんだよ)
「大丈夫だって、絶対に見つからないだろ…見つかったとしても分からないって」
「俺達は悪くないしな、事故だ事故!早く行こうぜ」
「そうよね、全部加奈が悪いんだから」
「私たちが集まってるのがバレたら怪しまれるよ、早く戻ろう!」
その言葉を合図に、その場から人が居なくなった
翔平は心臓が大きな音をたてるのを必死になって抑えた
「ま、さか…」
全身が震える
ゆっくりと、でも確実に翔平はある場所へと足を進めた
(もしも加奈が、あいつらから逃げてたとしたら…多分、あの場所に隠れる筈)
すっかり錆びた工事中の看板を見つけると、翔平は躊躇う事なく中へ入って行く。この場所は昔から工事中のまま、何一つ変わらない
なんでも、血縁同士で土地の権利で揉めてて未だに解決していないらしい…そんな話を親がしていたが、今はどうでもいい
「加奈!居るか!加奈!」
翔平は、精一杯の声を上げて叫んだ…が、返事はない。諦めずに翔平は、どんどん中へと入って行く
『ミ…ケナ…デ』
「?!、か、な」
微かに声がして、振り返ってみてもそこには誰も居ない
「加奈、居るのか…隠れてないで出てこいよ」
そう言うが、返事は返ってこない。翔平は前方に不自然に倒れている鉄骨の山を見つけた
「……か、な…まさか…」
大量の鉄骨の山の中に、一つだけ不自然にビニール素材の袋が括られて置いてあった
翔平は袋に近づくとそっと開け口に手を伸ばす
『オネガイ ミナイデ ワタシヲ ミナイデ』
キーンと耳鳴りが翔平を襲う
「加奈、ここに居るんだな」
無意識的にでた言葉に、翔平は自然と泣いていた。そして、思いっきり袋の口を開けた
『ミツケナイデ』
今度はハッキリと、耳元で加奈の声が聞こえた
ーーー ーーー ーーー ーーー
次の日
翔平は、病院のベッドの上で目を覚ました。傍には母親が居て、家を出て行った後、例の工事現場で倒れている所を、警察が見つけてくれたのだと説明してくれた
だが、妙な事にあのビニール袋は発見されなかった。勿論、加奈も未だ見つからず、不審者の仕業とされていた
母親は翔平が目覚めた事を医師に知らせるべく、急いで病室を出て行く
「…加奈…」
あの時、気を失う寸前…翔平は確かに見ていた。顔や身体がズタズタに潰れた加奈を…
「…隠れたんだな…加奈」
誰も居ない病室で、翔平は消え入りそうな声で呟いた
ーーー ーーー ーーー ーーー
それから数週間…4年1組の生徒…4人が次々と行方不明になって行った
最初は真理子で、その次はクラスで乱暴者だった男子達…そして…今は由美が居なくなっていた
立て続けに起こる行方不明に、警察やその他の大人達も動き出し、必死になって由美達を探した
そんな中、翔平は学校の焼却炉の前に居た。母親が息子を見つけると「また勝手に出掛けて」と怒った
「お友達が心配なのは分かるけど、お母さん達に任せてあんたは家に帰ってなさい」
「ごめん、ごほっごほっ…でも、薬全部この中に落としちゃって」
翔平はそっと焼却炉を指さした。焼却炉はゴォゴォと音を立てて燃えている
「近づいたら危ないでしょ!まさか、全部落としたの?」
「ううん、4本だけ。今日の分はあるって」
「分かったわ、明日病院に行って薬の注射器を貰いましょう。だから家に帰って寝る事、いいわね」
翔平は静かに首を縦に振ると、歩き出した。母親も直ぐに後を追うが、ふと後ろを振り返り焼却炉を見た
「それにしても、夏休みなのにゴミが出るなんて…今時の先生方は働き者なのね」
そんな疑問は直ぐに消え、翔平を無事に家へと帰したのだった
結局、夏休みが終わり…何十日…何百日と時が過ぎても翔平は加奈を見つける事が出来なかった
恐らく生きている内には、二度と見つける事は出来ないだろう
「ふふ…どうでしたか?この話を語らう度に"人間が一番怖い"と思い知らされます。ですが…乙女心とは複雑怪奇…愛しい人に見つけて貰いたい筈なのに、自身の醜い姿を見られたくない、故に隠れて仕舞われる」
広げていた巻き物を、そっと巻き直す
「本日の語らいはこの辺りで終わりとしましょう」
洲梳ノ懦はゆっくりと両手を付き、頭を下げた…その背後には、微かに口の開いたビニール袋が見える
「皆様、本日はありがとうございました。え?背後?あぁ、気にしないで下さい。彼女は唯、愛しい人の魂を待ち続けているだけですから…」




