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8 見習い騎士ドムトート

 ドムトートとアベルアヌビスは、生まれた国を覚えていない。

 幼い頃に住んでいた国は海賊によって滅ぼされ、彼らの両親たちはアテナイュヌ王国まで流れ、そして息絶えた。

 王都の片隅の掃き溜めのような場所で身を寄せ合って暮らしていたが、風魔法と水魔法、そして体力には自信があった。

 子どもたちのまとめ役のような立場になって、年下のアベルアヌビスがその補佐をしてくれた。

 目つきの悪いドムトートと違って、アベルアヌビスは人懐っこい。ドムトートに怯える幼い子どもも、孤児を警戒する街の住人にも好かれるので、いい緩衝材になってくれた。

 ドムトートが十八になる前に巻き込まれた揉め事の結果、その腕と下町に詳しいことを買われて、騎士団見習いになれた。

 後ろ盾がないせいで、二十歳で成人しても正式な騎士団員にはなれなかったが、自分はまだ運がいいほうだとドムトートは思っていた。

 

「ドムトートは、アベルアヌビスと共に盗賊の森に探索へ行け」

「ちょっ、ちょっと待ってください! あそこに、二人だけで!?」

 

 盗賊の森は、城から北西に位置する大きな山一帯を指す。

 羽持ちの首領と怪力の男たちで構成される盗賊団は、ここ数年アテナイス王国の貴族や富豪の頭痛の種だった。

 機動力と情報収集力に優れ、風のように奪っては逃げていくからだ。

 その根城があると言われている大きな山へは、昆虫族の領域にも近づかなくてはならない。

そんなところへ騎士見習い二人だけで、召喚されどこかにいるはずの【大いなる幸いを運ぶ者】を探しに行けと命令されたのだ。

 

(どう考えても、捨て駒だろォ……!) 

 

 探索しなかったと国王には言えないから、最悪死んでもいい騎士見習いを行かせることにしたのだろう。

 ドムトートは仕方なく朝早くに兵舎を出て、アベルアヌビスと二人で駆けた。翼を持った四つ足のアケクは、騎士団の精鋭だけが乗れるものだからだ。

 警戒しつつ入った山で、耳の良いアベルアヌビスが人が争う声に気がついた。

 ツノ持ちの男と、光の羽を持った男が争っていた。羽持ちはこの国では尊いこととされている。

 なぜ羽があるのに飛んで逃げないのかは分からないが、静かに近づいて、羽持ちの男が離れた隙にツノ持ちを捕縛した。

 

 その光の羽を持った男は【大いなる幸いを運ぶ者】だった。直接話す機会に恵まれ、やっぱり自分は運がいいと改めて思った。

 だがその直後、盗賊の首領に【大いなる幸い】様を奪われた。

 首領の足を掴んだのは、考えがあったわけじゃない。騎士団の罰が怖いというよりも、何の屈託もなく話してくれたあの人を奪われたことに腹が立ったからだ。

 振り落とされ、風魔法と森の木々で落下の勢いを殺したが、落ちた後、魔獣に襲われて太ももを深く切られた。

 なんとか退治したが、血が止まらない。腰ひもをほどいて太ももを固く縛った。そして場所を移動している途中で、意識が飛んだ。

 

 気がついたら、地面に寝ていた。救助は来ない。実際のところ意識があれば声が届く範囲まで救助隊が来ていたが、気絶していたドムトートは気づけず救助隊も見つけられなかった。魔獣の血の臭いと森の独特の臭いで、アベルアヌビスの鼻も利かなかった。

 

 今はまだいいが、火が落ちれば気温が下がってくる。九月とはいえ夜は冷える。まわりで、複数の大きな生き物の気配がした。


(耳障りな鳴き声からして、クソ虫どもだろうなァ) 


 本来、昆虫族と呼ぶのが正しいが、彼らとは言葉が通じない。それに、四本以上の手足を持ち、どこを見ているのか分からない複数の目。獣のフンや腐った木を食べる、汚らわしい生き物だと知られている。

 こうやって生活領域に入った者は、確実に酷い目に遭う。

 武装した開拓目的の人間が昆虫族の領域に踏み込んだこともあるが、大半が帰ってこなかった。

 戻って来た者も、心身に深い傷を負っていた。

 そんなことが続いたため、王国は開拓を諦め、今ある沿岸部を開発するか、船で植民地を開発し貿易する方向へと政策を切り替えたのだ。

 

 今すぐ出て行けばいいのだろうが、起き上がろうとするとめまいがした。こめかみに手をやると、ぬるりと血が手に付く。

 ドムトートが動いたためか、昆虫族の包囲網が狭くなった。耳障りな鳴き声が、さらに酷くなる。

 

「クソッ! とうとう俺もここまでかよッ! 【大いなる幸い】様よォ、幸いを授けてくれよッ!」

 

 ドムトートが吠えた瞬間、空から一条の光が降りて来た。同時に、城の方向からも光が伸びている。光の帯が空と城とドムトートとを結び、不格好な三角形を描いている。

 いくら魔力が強い人間でも、離れた人間へ魔法の光を放つなど、聞いたこともない。それも、天を介するなんて。

 

「……マジか。マジで【大いなる幸いを運ぶ者】の祝福なのかァ?」

 

 ドムトートは、呆然と呟いた。それに応えるように、昆虫族の気配が遠ざかっていく。

 いつまで経っても、降り注ぐ光は消えない。だんだん眠くなってドムトートは木にもたれた。ドムトートが動くと、その分だけ光もずれる。常にドムトートの全身を包むように。これは本当に、ドムトートのための光なのだ。

 ドムトートの心に、喜びが満ちた。

 昔から語り継がれ、王が召喚した【大いなる幸いを運ぶ者】が、一介の騎士見習いであり、何の後ろ盾もないドムトートのために力を振るってくれているのだ。自尊心が満たされ、知らず涙があふれた。


 ドムトートが木にもたれて体を休めていると、今度は二足歩行する人間の足音がした。身長は高いが細身の優男だと、足音で判断する。まっすぐこちらに向かってきている。こちらは光に包まれているのだ。相手が見逃すはずはない。

 

 同じ二足歩行の人間ならば味方だと、楽観視はできない。

 ドムトートは木の幹に手をつき、ゆっくりと立ち上がる。光のおかげか、めまいは収まっていた。足は痛いが、立つことはできる。

 

「ああ、いましたね! 生きてますか?」

 

 やってきたのは、羽とくちばしを持った男性だった。守生が見たならクロトキだと思ったことだろう。

 身長は高く細身の体だ。背が低くて骨太のドムトートは真逆だ。羽は白く、羽の先だけが山吹色をしていた。

 男は羽の先にある手をくるりと回し、手のひらを上に向けた。緊迫した状況を気にしない、気障で優雅な仕草だ。

 頭とくちばしは黒く、その長いくちばしの先端だけが赤い。紅を付けているのだ。

 

 翼を持つ者は、貴人だ。ドムトートは慌てて跪こうとして、足の痛みに声を上げた。痛みに合わせて、天からの光の量が増える。


「ああ、怪我をしているのですね! さあ、治癒魔法を使いますから楽な姿勢になってください。どうしても私に跪きたいというのなら、治癒した後で存分にどうぞ!」

 

 男はどこまで本気なのか分からないことを言いながらも、真剣な眼差しでドムトートの全身を確認していく。そして太もものひもをほどくとすぐに、治癒魔法をかけた。

 足が男の魔力に包まれるとしばらくして、肉が再生されていくらかの血が戻り、傷が塞がった。男はドムトートの頭の傷にも治癒魔法をかけて癒した。

 その後すぐに、天からの光がゆっくりと消えていった。まるでドムトートの状態を分かっているかのようなタイミングだ。

 

「あの、ありがとうございます! あっという間に良くなりました。あの、お代は……」

 

(ヤベェ、超強力な治癒魔法の使い手だ。謝礼は相当なもんだろうなァ。命を拾ったはいいが、借金奴隷に落ちるかもしれねェ)

 

 ドムトートは跪いて感謝しながらも、その魔力の高さに恐れ入る。

 

「ああ、それは構いませんよ! こちらこそ凄いものを見せてもらいましたからね!」

「いやァ、本当に、ありがとうございます。あの、俺は騎士見習いでェ、ドムトートって言います。お名前をお伺いしてもよろしいっすか?」

「私のことは【不老の賢者】とでも呼んでください! 地味な呼び名ですが、一番有名な名前ですから、ね!」

 

 ドムトートは驚いた。【不老の賢者】と言えば、何十年もの長い間、様々な場所でその功績が確認されている。

 ドムトートが初めてその存在を知ったのは、明かりの魔道具の発明者の名前としてだ。

 ほんの少しの魔力でも長く使え、小さな形で携帯しやすい。なのに安価だ。

 魔力の少ない下町の人間にも使えるそれを【不老の賢者】という人が作った。それをドムトートに教えてくれたのは、スラムに住む腰の曲がった老人だ。彼が小さい頃に、その魔道具は王都に広まったのだと言っていた。

 だが、目の前の男性は四十代半ばに見えた。まさに不老だ。ドムトートはまた感心した。

 疑う意味はない。真偽はどうであれ、この男の魔力は本物で貴人だからだ。

 

「あなたがあの【不老の「大」賢者】様ですか!?」

「ええ、そうです。私が【不老の「大」賢者】! トリスタントートですよ。ああ、もちろん、他に素晴らしい名前があればそちらで呼んでくださって構いませんよ?」

「ありがとうございます! 【不老の大賢者】様!」

 

 ドムトートは新しい二つ名を付けてもいいという提案を冗談だと思った。貴人が身分のない騎士見習いにそんな特別を与えるとは思わなかったからだ。

 

「それにしても奇遇ですね。トートという名前も白い体も、私と同じです!」

「そんな、畏れ多いことを……。でも名前に関しては、【不老の大賢者】様にあやかってのことだと思います!」

「そうでしょう、そうでしょう!」


 両親との思い出は断片的なものしかないが、相手が満足げに頷くのを見て、ドムトートは本当にそんな気がしてきた。 

 止血に使ったひもを拾い、腰に巻く。屈伸運動をして動きの確認をするが、問題はないようだ。

 

「ところで、あなた」

「はいィ?」

「王城から来たんですよね? けっこうな距離がありますが、歩けますか?」

「はいっ! クソ虫どもの気配も消えましたし、余裕です!」

「それは良かった! では一つ、お願いしてもいいですか?」

「はいィッ! 俺にできることだといいのですが」

「大したことはありませんよ! 私を王城へ連れて行ってほしいのです!」

「分っかりましたァ! お安い御用です!」

 

 【不老の賢者】トリスタントートはその返事を聞くと満足げに頷き、来た道をゆっくりと戻る。後に続いたドムトートは森を抜けると、傾き始めた太陽を見上げて目を細めた。

 

(やっぱり俺はツイてんなァ)

 

 昆虫族の領域を抜けた行商の道には、持ち手の付いた四角い物体が置いてあった。濃いオリーブの実を思わせる色をしている。

 

「それと、あれも運びたいんですよ! 車輪が小さくて動きが悪いし、持って飛ぶには重たい。あなたが持てると、いいのですが!」

 

 優雅に指差したトリスタントートは、ドムトートにほほ笑んだ。人を扱うことに慣れた態度だ。貴人からの命令を、ドムトートは跪いて引き受ける。

 

(騎士見習い相手に、いやに丁寧だなァ。【大いなる幸いを運ぶ者】……シュー様も全然偉そうじゃなかったし)

 

 ドムトートはトリスタントートを背負うと、オリーブ色の箱――守生のキャリーケースを脇に抱えて走った。


「ちょっと、あなた! 荷物だけ持ってくれればいいんですよ!?」 

「けど、タダで治癒魔法使ってもらったわけですしィ! 体で返さないとォ!」

「珍しい光魔法を、間近で見ることができましたから! お礼は充分、受け取りましたから!」

 

 ダダダダダと走りながら、二人は怒鳴るように会話する。

 ドムトートたちが、光を追ってきたアベルアヌビスを含む騎士団と合流するのは、来た道を半分ほど走ったあとのことだった。

 

 

    ◆ 

  

 

 騎士団と合流しアケクに乗った賢者トリスタントートは、声に出さずに呟いた。

 

「やれやれ。これで王城に潜り込めれば、サイラスの言葉の真偽を確かめられそうですね」

 

 


各話のページ下部に、守生、アベル、ドムの表紙風イラストがあります。ただ、守生はアケクの羽で顔を隠しています。古代ギリシア風衣装と、のちに出てくる金色の豪華な椅子をお楽しみください。

 

ドムとアベルについては、ひとつの可能性の姿ですので、挿絵が苦手な方はスルーしてください。

(イラストの二人、表情・姿勢・動きはイメージ通りなんですが、ドムはヒヒ顔っていうより別のサル科動物っぽいんです、もふもふですが。アベルとの身長差はイメージ通りです)

 

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