スイッチ
今朝、私の腕にGが乗りました。守生に感情移入しすぎているのか、Gへの拒否反応が酷い……。
その日の午後、守生はトリスタントートからの使いと共に、トリスタントートの来賓室へ向かった。
トリスタントートは一人で出迎えてくれた。侍従もおらず、騎士も部屋の外に立っているだけだ。元々、守生とトリスタントートの立場は違う。守生や国王と同じように、護衛騎士が常にぴったり張り付くことはなかった。
挨拶を済ませた後、守生は騎士コンビに壁を向くよう指示し、トリスタントートは防音の魔道具を起動する。
守生はサイラスオサイリスが衝立の裏から出てくるのだと思い、そちらをチラリと見る。
「よう、シュー」
視線を戻すと、目の前にサイラスオサイリスが立っていた。不敵な笑顔で、右手を軽く挙げている。衝立から出て来たのではない。
「サイラス!? どこから現れたんだ? トリスタンさんは!?」
「まだ分からねぇのか。もう一回やるからちゃーんと見てろよ」
サイラスオサイリスはおかしそうに笑う。
次の瞬間サイラスオサイリスが立っていた位置に、トリスタントートが現れる。姿がぶれることもなかった。
「は?」
「おや! まだ頭が付いていかないようですね!」
トリスタントートからサイラスオサイリス、サイラスオサイリスからセシルセクメトへと入れ替わる。トキ男、イケメン、ライオン女。何かの映像を見ているかのような、不思議な光景だった。
「え? 変身?」
セシルセクメトが口元を押さえたまま、サイラスオサイリスへ切り替わる。
「ちげぇわ! これが呪いだ。入れ替わるんだよ。あー、ぐらぐらする……」
「スイッチする呪い……」
「詳しく言うと、一度に一人しか存在できない呪いだな。記憶を共有できるが、自分に興味ねぇもんを見せられてもな」
そう言ってサイラスオサイリスはどかりと椅子に座り、顔を天井へ向けた。おえーと低い声で唸っている。
守生も唖然としたままストンと椅子に座る。
「今まで、入れ替わる度にひどいめまいがしたもんだが、お前の【活性化】を受けてからトリンと交代する時だけ、めまいがしなくなった。セシルと交代するとめまいがするから、【活性化】を受けたか受けてないかの違いだな。あと、やつらの声が頭ん中でずっとうるさかったが、その音も少し小さくなったな。ってこれは前にも話したか」
「そういう事情だったのか……」
「あっさり受け入れたな。驚かないのか?」
「驚いてるよ! 目玉が飛び出るかと思ったよ! いや、アイシャさんから少し聞いてはいたけど意味が分からなかったし!」
「言っとくけど、お前やそこの護衛騎士がしゃべったら、お前以外を全員殺すぞ」
サイラスオサイリスの眼力に、守生の背筋がゾワッとする。
「いや、誰もこっちを見てないし。僕はしゃべらないから」
「いいや、あの黒い女騎士には匂いでバレてる。白いほうは聡いからな。女騎士やお前の様子で気づく可能性があるぜ」
「あー……」
「フン、精々気を付けろ」
「分かった。ちゃんと口止めする」
「で? 俺はまだ礼も言われてねぇんだが?」
「あ、悪い! フィリップハピ氏を助けてくれてありがとう!」
「おう。フィルのおっさんは元気か?」
「フィル……」
サイラスオサイリスの愛称呼びに、思わず顔を顰めた。貴族嫌いの義賊だと聞いていたが、何か親しくなる要因があったのだろうかと勘繰ってしまう。
「なんだよ?」
「いや、やけに親しいなと思って」
「あ? ああ、名前か。長ったらしい名前なんて一々覚えてられっかよ。まあ、手下にもフィルがいるから、『フィルのおっさん』とか『クソ虫のおっさん』って言わねぇとだが」
「名前より長い!」
守生が突っ込むと、サイラスオサイリスが豪快に笑った。
「大浴場で失神してたけど、一応元気なんじゃないかな。」
「そうか。解毒剤で戻すのか?」
「いや、解毒剤が手に入らなくて。俺が施術することになった」
「お前が!? できるのか? 虫が横切っただけでビビッてたくせに?」
「うるさいなっ! じゃあ、お前がフィリップハピの屋敷から解毒剤を取ってこいよ! 主人の許可はあるから、強盗じゃないぞ!」
守生はいつになくキツい口調でまくし立てる。一人称も俺になっているが、サイラスオサイリスに対抗しようという気持ちが無意識に表れたせいだった。
「俺が取ってきたほうが確実だろうが……あ? ちょっと待て」
「え? 何?」
守生が待っていると、サイラスオサイリスが電話を終えたように守生を見る。セシルセクメトもサイラスオサイリスに会いたいと言った時にこういうふうになっていたと思い出す。
「トリンから伝言。お前が施術することが大事だとよ」
「うっ」
思わず呻く。
「いや、やりますよ!? やりますけどね!? あ、そうそう! お礼に、何かしてほしいこととかほしい物とかある?」
守生は全力で話を逸らした。フィリップハピへの施術のことを考えると、気が滅入って仕方がないのだ。
「セシルにさっさと【活性化】してくれ。セシルを含め、後三人残ってるからな」
「分かった。それ以外は?」
「美味い葡萄酒」
「それは持ってきた。もらい物だけど、結構いいワインみたいだ。侍女に持ってきてもらってるから、後でトリスタンさんに、いや! 【黒曜の頭脳】に渡しておくよ」
今までトリスタントートが目の前にいない時は二つ名で呼んでいなかったが、サイラスオサイリスとセシルセクメトの前で話すことは、トリスタントートも聞いているのだ。失礼のないようにしたいと、慌てて言い直す。
「楽しみにしとく。話はそれだけか?」
「実はもう一つお願いしたいことがあって……」
「チッ、俺は便利屋じゃねーぞ」
サイラスオサイリスが片足を膝に乗せ、不機嫌を露わにふんぞり返る。
「ごめん。お前にしか頼めない。奴隷を集めてほしいんだ」
「……集めてどうする。お前の奴隷のように解放するのか?」
「ああ、そのつもりだ。集めてほしい奴隷は、無理矢理さらわれた人、奴隷であっても【黒曜の頭脳】とセシルさんから見てもひどい扱いを受けてる人たち」
「俺じゃなく、トリンとセシルが基準っていうのがムカつくが、まぁいい。仕事がキツくても奴隷でいたいヤツもいるしな。ちゃんと確認してから集めてやるよ」
「いいの!?」
「頼んでおいて、何を驚いてるんだ?」
サイラスオサイリスが片眉だけを顰める。
「いや、だってさっき、ごねてたじゃないか」
「ごねてねーわ! 便利屋扱いされてムカついただけだ」
「してないって! でも、犯罪をお願いしているわけだから」
「犯罪がなんだ、こっちは盗賊だぞ? 便利屋じゃねーってことだけ分かればいい」
「悪い! それじゃあ、よろしくお願いします!」
「おう。虐待奴隷に心当たりはある」
「そっか」
「ああ、そうだ。条件を一つ足したい」
「うん、何?」
「俺の手下の奴隷紋も取ってくれや」
「手下? ……あ! 山小屋にいた人たちのことか!」
サイ男は自害してしまったが、牛男や猿男などがいた。
「そうだ。孤児やはぐれ者もいるが、脱走奴隷が一番多いからな」
「分かった。誰を解放するかは【黒曜の頭脳】とセシルさん基準でいい?」
二つの山小屋のうち、最初に入ろうとした小屋は嫌な感じがした。今なら暴力や恐怖が染みついた雰囲気を感じ取ったのだと理解できる。今のサイラスオサイリスには解呪のために、人を傷つけることを禁止している。だが手下たちのことまでは知らないし、脱走した犯罪奴隷が混じっている可能性がある。その取捨選択をトリスタントートたちに任せたいのだ。
「チッ、仕方ねーな」
「あと、どこで施術するかだな。さすがに王城でやるのは難しそうだ」
「場所のことは賢者サマに聞け。頭を使うのはトリンの担当だ」
「分かった」
◆
数年後、守生の【DNAアクティベーション】によって密かに解放された奴隷たちの一部は、国の施策である開拓地に移り住んだ。
開拓村で生まれた子どもに、サイラスやシューと名づける親が多かったという。
微妙にブクマが増えていて、うれしいです。続きを読みたいと思ってくださってありがとうございます。なんで評価は増えないんだろうと考え出すと落ち込むので、そうなる前に瞑想してます。
次は、守生の金玉が縮みあがる回です。21時頃更新予定。




