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71 フィリップハピの冷たいお茶会3

修正版の3です。前回の続きではないのでご注意ください。ややこしいことをしてすみません。

「あなたのお屋敷には、高価な調度品が多いのですね」

 

 【大いなる幸いを運ぶ者】の言葉に、フィリップハピは飛びついた。散々脅されたというのに、いやだからこそ、人の命が何よりも高価だという皮肉には気づかなかった。

 

「ええ、ええ! 私が長い時間をかけて少しずつ誂えたものなのです。もしよろしければ何か差し上げましょうか?」


「では、昆虫族化した元人間を素材にしたものと、昆虫族の素材を使った調度品のすべてを」

「すべて!?」

「それらをすべて埋葬し、今後そのようなことを行なわない、関わらないとお約束していただけるのならば、魔力操作の講習に招待しますよ」

「そんな、そんな……」

 

 【大いなる幸いを運ぶ者】は、侍女に合図して白いパピルス紙を見せてきた。侍従を介して手に取れば、一般的なパピルスよりもはるかに目が細かい。

 パピルス紙は、パピルスの茎を薄く切って縦横に並べ、上に重石を置いて作られる。だから必ず細い線が残るのだが、この紙にそんなものはない。そして驚くばかりに白いのだ。黄色味がかったパピルス紙とは明らかに違う。

 

 そしてそこには法律案として、昆虫族化した素材と昆虫族の素材の加工を一切禁止する旨と、使用・所持を今後五年間のみ許す旨が書かれていた。末尾には国王と宰相、そして賢者の署名がある。

 不老の賢者トリスタントートに権力はないが、古くから懇意にしている貴族が多い。彼の水薬や魔道具作りの腕は確かなのだ。病気の家族を救われた貴族もいる。この法律案は、確実に通るだろう。

 騎士の鎧にも使われているが、今や騎士団は【大いなる幸いを運ぶ者】に忠誠を誓っている。反論することは許されないだろうし、魔力量と魔力操作が向上すれば解決できる問題だ。

  

 つまり今日を乗り切ったとしても無駄なのだ。フィリップハピはめまいを覚えた。

 この屋敷を飾る調度品は、六十代のフィリップハピが三十年以上かけて誂えさせた調度品だ。傭兵を雇って昆虫族を捕まえ、専門の加工所でその硬い上翅をむしり、薄く透き通る下翅を丁寧に取り外すのだ。

 そうするための人件費、そして高額な若い奴隷を買って、さらに健康的な肌にするためにかけた金銭と時間。彼らを昆虫族化させた後に、加工所の者を呼び寄せ、秘密裏に加工させるための金銭。

 それらをこの男は理解しているのかと、ありえない思いでまじまじと見つめる。

 

 【大いなる幸いを運ぶ者】は、侍女に白いパピルス紙を収納させると、代わりに蛮族の服を広げさせた。

 いや、蛮族の服に形は似ているが、生地の厚みや縫製の仕方など、蛮族にはできない品質だ。そして靴! 飴色の革靴は、アテナイュヌや近隣の国では見かけないものだった。パトリックハピは法律案のことを一瞬忘れて、そのフォルムに魅入る。

 

「僕が着ていた服を含めて、これら私物のいくつかを競売にかけるつもりです」

「……競売、とはなんでしょうか?」

「購入希望者を集めて、一番良い値段を付けてくださった方にお譲りする会、ですね。僕が信頼している方だけの集まりですが」

「なんと!?」

 

 派閥の者だけの、特別な集まり。そこで特別な品を買い求めることができる。

 フィリップハピは身を乗り出した。着道楽である彼にとって、絶対に手に入れたいものだった。サイズが合わなくても、これを参考に新しいものを作らせればいい。

 なにより競売へ参加することができれば、対外的にも【大いなる幸いを運ぶ者】の傘下に入ったと知らしめることができる。そして何かあった時に力を貸してもらえるだろうと計算する。何しろ彼は、奴隷すら慈しむのだから。

 

「参加させてください! 調度品はすべて破棄しますので!」

「破棄?」

 

 守生が無表情で訊き返した。その顔を見たフィリップハピは自分の失言を悟った。

 

「いえ! きちんと埋葬いたします! 今生きている奴隷にもすぐに解毒薬を飲ませますので!」

 

 フィリップハピの言葉に、【大いなる幸いを運ぶ者】は嫌悪感を露わにする。そして言った。

 

「法律の施行を待つことなく、今後一切そのような行為は」

「致しません!」

「では、誓約をお願いします」

 

 【大いなる幸いを運ぶ者】の侍女が、誓約機能のついた羊皮紙をフィリップハピの侍従へ差し出す。

 誓約書には昆虫族や昆虫族化の件だけでなく、【大いなる幸いを運ぶ者】とその関係者へフィリップハピとその関係者が悪意ある行動をしないこと、たとえ競売で希望の品が手に入らなくても悪意のある行動を一切しないこと。

 そしてその対価に、競売への参加と魔力操作の講習会――チドー講習会への参加を許可する旨が書かれている。

 その手回しの良さをフィリップハピは苦々しく思う。青二才にしてやられている。

 

「……あの、私の兄も『私の関係者』となるのでしょうか?」

 

 もしも兄がまた悪事を働けば、誓約をたがえたことになるかもしれない。とんだ巻き添えだと恐る恐る尋ねると、【大いなる幸いを運ぶ者】は満面の笑顔で言った。

 

「今後一切、関わり合いにならなければ、関係者ではありませんね」

「……分かりました。そのようにいたします」

「賢明なご判断です。最後に土産や手紙を送るくらいは、なさっても結構ですよ」

 

 それはまるで、フィリップハピに兄を懐柔させる機会を一度だけ与えてやると言っているようなものだ。

 だが兄パトリックハピは誰にも従わない。先々代の国王とは戦争で稼ぐという目的が同じだったから足並みを揃えていたにすぎないのに。

 

(【大いなる幸いを運ぶ者】? 【災いを運ぶ者】の間違いだ……!)

 

 フィリップハピはそう思いつつも、目の前の貴人に頭を垂れるのだった。

 


ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした! ちょっとでも楽しい方向に書き直せていたらいいのですが。

初めてざまぁを書きましたが難しく、大変勉強になりました。次からは守生視点に戻ります。

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