6 王女エリスイシスとの昼食
グリフォンの一種であるアケクに乗せられた守生は、王女エリスイシスと共に、森と草原の上を飛でいく。おちろん騎士との二人乗りで、大勢の騎士団員にまわりを固められている。
草原を抜けた先に、アテナイュヌ王国はあった。
王城は、王都の中央よりも南東寄りにある丘の上にあった。ベージュ色で直線的な造りの城だ。
(あれ、思ってたのと違う……)
守生はアベルアヌビスたちの服装から、古代ギリシャのパルテノン神殿のような優美な建築様式を想像していた。だが実際の城は、優美というより堅牢で武骨な印象だ。
空から王城の広場へ降り立ち、騎士団長の案内で城の中へと入る。
身振り手振りで連れて来られた大広間にて、エリスイシスと共に国王カールホルスと対面した。
サイラスオサイリスは「よく似ている」と言っていたが、カールホルスは王女と似ていなかった。
(誰か別の人と似てるのかな?)
エリスイシスは人頭の羽持ちだが、カールホルスはハヤブサの頭だ。ダークグレーの羽先の近くに手があり、今は邪魔にならないよう、羽先を豪華な布で包んでいる。事務職用のアームカバーのようなものだ。
ハヤブサらしく、目の下にひげのような黒い模様がある。丸い琥珀色の目が油断なく守生を見ている。四角い眼鏡をかけているが、レンズは硝子ではなく油膜のようなものだった。長く見ていると車酔いしたような症状になった。
(頭がぐらぐらする……。通訳のペンダントみたいに、魔道具なのかもしれないな)
カールホルスの身なりは、たっぷりとした鮮やかな織地の布を巻いていて、いかにも王様らしい。
逆にカールホルスから見れば、守生の服装は眉をひそめるような蛮族の服装と似ていた。
サイラスオサイリスたちはズボンにシャツだったが、国王も王城の人たちも体に巻きつけた布をピンや紐で留めて服にしている。男も女も巻きスカートのワンピース姿だ。兵士や力仕事をする男性は丈が短く、革鎧や仕事道具をそれぞれ身に着けている。身分の高い人や侍女らしき女性たちは、丈の長いスカートだ。身分の高さに合わせて、その上に布を斜め掛けしたり、複雑な模様の織物をまとっている。
どちらにせよ全員が、獣や鳥、爬虫類、両生類の頭をしている。人の頭をしているのはエリスイシスだけだが、彼女も大きな羽根を持っていた。
異国の言葉と動物の息遣いの中で、ふいに守生は、銀河と宇宙人についての講義を受けた時のことを思い出した。
その時、講師は言ったのだ。
『宇宙人は人型とは限らない、ゴキブリ型であっても友好的な態度が取れるのか? それともSF映画のように戦争を始めるのか?』
今現在、宇宙人というか異世界人になってしまったのは守生の方だが、どれだけ心を、ハートチャクラを開いて交流することができるのかを問われている気がした。
しかし、カールホルスのハートチャクラは、しっかりと閉じている。言葉の通じない守生を、どうやったら利益に変えられるのかを探る眼つきだ。「ホルスの眼」といえば古代エジプトの有名なシンボルなのだが、俗物的な視線でしかない。
(居心地悪いなぁ……)
言葉が通じないなりに国王と挨拶を交わした後、カエル頭の女性を紹介された。
黄緑色の顔に、ぎょろりとした目と大きな口だ。肌ももちっとしているように見えた。
彼女は、ヘレナヘケトと名乗ったように聞こえた。
守生は前をピョコピョコと歩くヘレナヘケトのあとに従う。
案内されたのは、ローテーブルと長椅子、奥にベッドのある広い続き部屋だった。どの家具にも細かい装飾がついている。ベッドの上の天井は、翠色に光る装飾がされていた。ここは、ゲストルームなのだろう。
(あんな態度だったけど、王様にも一応もてなす気持ちはあったのか。よかったー)
ヘレナヘケトが葡萄酒と水を用意してくれたので、長椅子に座って水だけを銀のカップに入れて飲む。
飲みなれない味だったので、少しだけ葡萄酒を入れて香りを付ける。
ヘレナヘケトは守生の視界から外れて斜め後ろで待機している。彼女は、守生付きの侍女のようだった。
そのままぼんやりと移動に疲れた体を休めていると、肉の臭いがした。思わず身構える。
数人の侍女たちがやってきて、目の前のローテーブル昼食を用意される。
なぜか二人分で、そのほとんどが肉だ。子羊のロースト、うさぎ肉のシチュー、カエル肉の串焼き、魔獣の肉のソテー。
あとはワインと水、ロールパン、チーズ、そしてマスカットとイチジクがあった。
付け合わせに野菜や豆類が出てこないのが、守生には不思議で仕方がない。
(もしかして、ここでも野菜は家畜の餌だーって言われるのかな)
守生が苦笑いしていると、甲高い声でやさしくシューと名前を呼ばれた。ヘレナヘケトの案内で部屋に入って来たのは、王女エリスイシスだった。
その後ろに従う侍女たちが、大きな壺と華奢で優美な作りの台座をそれぞれ持っている。エリスイシスは侍女にエスコートされて席に座ると、侍女はその脇に台座を置き、その上に壺を置いた。
(なんで壺!?)
訊きたいが、守生には言葉が分からない。食事時のインテリアということだろうか。壺は黒地に、赤味がかった金色でたくさんの花と波が描かれている。どういう意匠か分からないが、海と花畑が一緒に見える場所があるのだろう。今も、部屋の窓からかすかに見える城下町の先に、海が広がっている。グリフォンから見た港には、両側にたくさんの櫂が突き出たガレー船や帆船が停泊していた。
「ええと、食べようか」
エリスイシスと直接話したことはないが、サイラスオサイリスと話すのを聞いていた。理知的な印象の少女だが、こうしてにっこりと笑う姿は年相応で可愛らしい。
(見た目も性格も、父親とは似ていないよなぁ)
「さて。いただきます」
守生が両手を合わせてそうと言うと、エリスイシスも両手を合わせ、片言で真似をしてくれた。異邦人である守生に寄り添う態度に、癒される。ヘヴィな体験が続いていたので、余計にうれしい。
それから守生はロールパンにイチジクを挟んで食べ、マスカットとチーズを食べた。肉料理のそばに置かれていたシトロンを刃先の鋭いナイフで半分に切ると、レモンよりも強い香りが広がった。それを水の入ったカップに絞ってシトロン水を作って飲む。
向いに座るエリスイシスが、肉を食べないのかと目で問うてきたが、守生は首を振る。
エリスイシスが侍女たちに何か言うと、侍女はフルーツとパン、チーズを追加で持ってきた。
マスカットとイチジクの他に、違う品種のブドウ、リンゴ、洋ナシ、ザクロ、スモモ、干しデーツ、生のデーツ、そしてはちみつに漬けたオリーブの実。
「エリスイシス姫、ありがとうございます」
守生がゆっくりとした口調で礼を言うと、エリスイシスははにかむように笑った。
フレッシュデーツは守生も初めて食べたが、熟した柿のような甘みがした。旬ではないフルーツもある気がしたが、温室栽培のようなことをしているのだろうか。
雑談できないので、黙々と食べる。フルーツはあっても野菜はない。エリスイシスは侍女に切り分けてもらった大きな肉を食べている。
追加してもらったチーズは酸味のきつすぎるものがあり、守生はそれらの皿をそっと遠くに置いた。
(あのチーズ、なんでゲロの臭いなの!?)
守生にとってチーズといえば牛乳から作られるが、アテナイュヌではヤギやヒツジの乳のほうが一般的だった。酸味が強いと感じる程度のものもあれば、臭いが強いものもあった。
最初に供されたのは魔獣のチーズで、珍しさもあって高級品だ。
守生が食べなかった大量の高級肉やチーズ、ワインは、このあと侍女や下働きの者の腹に収まったのだった。