58 ハグと、感情コードのカッティング
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守生が午前中に使った水薬の代金を聞くと、トリスタントートが手を振った。腕に付いた白い羽が一緒に揺れる。
「ああ! 【ホーリーウォーター】をいただいたので、不要ですよ! もう一瓶いただけるなら、以前使った分も不要です!」
「え!? ダメですって! 別にあれは売り物じゃないので!」
「……そうなのですか? 質も良く、かなり貴重なものだと思いますが」
「いや、それはそうですけど! 品質が悪いから売れないとかそういうことではなくて、僕の所属するミステリースクールはヒーリングには絶対にお金をもらうんですよ。等価交換でないと、エネルギーが動きませんから」
「つまり効果がないと?」
「そうですね。なんていうのかな、自分が変化することを受け入れるための儀式、その供物が施術代なんです。自分には変化変容するだけの価値があるって、無意識に認めるというか」
「なるほど? それと【ホーリーウォーター】が無料なのとどう繋がるんですか?」
おもむろにトリスタントートは防音の魔道具を発動させた。
「サイラスにも、無料でやってくれましたよね? 【悪意を跳ね返す】とか【感情のコードを切る】とか」
「ええ。ヒーリングは、相手の許可がないとやりません。そのための許可証としてお金をいただきます。でも【ホーリーウォーター】や他のヒーリングではないワークに関しては、必要があれば相手の同意なしで行ないます。まあ、よほどのことがない限り、普通は声をかけてから行ないますけど」
「ほう。あなたの中では明確な境界線があるのですね?」
「ええ、そうです。僕というか、僕が所属するミステリースクールが決めたことですけどね」
「なるほど」
トリスタントートがこめかみを抑えながら頷く。なんだか頭が痛そうに見える。
「あの、大丈夫ですか?」
「ええ、問題ありません。いつものこと……というか、あなたとこういう話をしていると『彼』が饒舌になるのでね! 仕方ないのですよ!」
「……彼?」
「呪いの仲間と言いましょうか。もう長い付き合いになりますねぇ……。いつかきっと、全員に会わせますからね! たとえあなたが嫌がったとしても!」
「分かりました。段取りはお任せします」
嫌がっても会わせるという表現が気になるが、守生は話を進めた。そろそろ施術に入りたい。
「えーと、【ホーリーウォーター】に関しては、希望されるお客さんに渡したりしていますから。自分にスプレーしたり、拭き掃除に使われたりする方もいらっしゃいますよ」
「霧吹き! あれもおもしろいものでしたね!」
「ええと、スプレー瓶は貴重なので……」
「ああ、何でも欲しがったりしませんよ! 私はどこかの国王とは違いますからね! ですが、構造は気になります。私は【黒曜の頭脳】ですから!」
「それはまた、後でもいいですか?」
「ええ、もちろんです! 私も多少は緊張しているようで、饒舌になっていますね」
ははははは! とトリスタントートが笑う。いつもと同じではないかと思ったが、守生は黙って頷いた。施術前に緊張することは、誰にでもある。変化が怖いと無意識に怯える人もいるくらいだ。
「では施術を始めていきますが……。サイラスのように思い出してモヤモヤしてしまう人や、悪意を感じる相手がいれば」
「お願いします! 【DNAアクティベーション】もですが、その二つにも大いに興味があるのです!」
「そうですか、分かりました。じゃあ、順番にやっていきますね」
すでに光と繋がっている守生は、トリスタントートの勢いを受け止めて微笑む。
まず椅子から立ち上がり、お互いに向かい合う。守生は力の言葉を唱えて、トリスタントートに【悪意を光に変えて相手に返すワーク】を施した。
「どうですか?」
「ええ! ええ! サイラスが言っていた意味が分かりましたよ! なんですかこの爽快感は! 何かが抜けていきましたよ!?」
「よかったですね。じゃあ、【感情コードのカッティング】はいらないかな……」
「いや! 一応やってください!」
「一応って。またいつでも受けられますよ? ……でもまぁ、切ることで悪いことにはならないはずだし、僕が拒否する必要はないな。よし、やりましょう!」
「ええ!」
守生はお香に火を点け、手に持った。それからトリスタントートに指示を出す。
「もう会わないけれど、心のうちにモヤモヤと残っている人を一人、思い浮かべてください……」
「……はい」
「思い浮かべたら……」
ワークを終えると、トリスタントートはほうっとため息を吐いた。
「どうですか?」
「ええ……、サイラスが言っていた意味が分かりましたよ……」
「えーと、ハグしましょうか」
悪縁とは言え、縁を切ったのだ。ハグをすれば繋がる。
守生はトリスタントートと軽くハグをすると、ぎゅっと力を込められた。同じだけぎゅっと力を込める。黒トキの頭をしたトリスタントートの背は高く、腕は白い羽だ。守生はしばし、大きなもふもふを楽しんだ。いや、これも施術の一環である。
二分ほどハグをして、トリスタントートは守生を放した。
「【稀有なる光】、ありがとうございます」
「いえいえ」
トリスタントートの穏やかな声音に、守生は微笑んだ。




