5 グリフォンと王女
守生がそんなことを考えていると、大きな鳥の羽ばたきがした。
茶色と金の羽のイケメン、サイラスオサイリスだ。小馬鹿にした様子は消え失せ、鋭い目つきで騎士見習いを睨んでいる。
「サイラス!?」
サイラスオサイリスは滑空すると、守生の腰を掴んで肩に担ぎ上げた。そのまま大きく羽ばたいて高度を上げる。
「させるかァ!」
ドムトートが飛びついて、サイラスオサイリスの足を掴む。ガクンと高度が落ちたが、サイラスオサイリスは力強く羽ばたく。高度がゆっくりと増していく。
「やめろサイラス! 降ろせ!」
くの字になった守生がサイラスオサイリスの肩を叩いて叫ぶも、男が聞くはずもない。
「うるせェ、そばでわめくな」
無茶苦茶な軌道で飛ばれて目が回る。
しばらくそれが続いたが、ついにドムトートの体が落ちていく。
「ドム!」
「ドムさぁん!」
守生の叫びと同時に、アベルアヌビスの声が遠くに聞こえた。
ドムトートが落ちて行く。だが途中から、何かの力で落下の勢いを殺しているようだ。
よく見ようとするが、サイラスオサイリスは飛び続ける。木の枝の折れる音がもう遠い。
「風魔法か。あれなら助かるだろ。もっともこの辺は、クソ虫どもの領域だがな」
「風魔法! クソムシって?」
「クソ虫には言葉も通じねぇ。殺される前にさっさと出られたらいいけどな」
嘲るように言い、サイラスオサイリスは飛び続ける。住処に戻るわけでもないが、特に目的地もないようだった。守生が暴れるのを面倒がりながらも、腕にも羽ばたきにも余裕がある。地上からアベルアヌビスがこちらを追いかけて来ているが、「クソムシの領域」であるせいか、迂回して移動しているようだった。
「アベル! 僕よりドムのほうを!」
「うっせぇ、騒ぐな! おっと、何か来たな」
サイラスオサイリスの言葉に首をねじると、軍隊のように統制のとれた集団が見えた。飛んでいるのだ。彼らが乗っているのは、アケクと呼ばれる翼を持つ四つ足動物だった。
ガゼルのような細い脚に、ワシのように大きくかぎ状にまがったくちばしと、羽先がきれいにそろった大きな羽を持つ。ライオンのように細長い尻尾もある。
一番目立つのは、群青色に輝く鎧と兜を被った司令官らしき男と、翼を持った幼い女の子だ。少女は長い金色の髪で前髪が一房赤い。身に纏った布地は光沢があり、身分が高そうだ。年齢は小学校三・四年生くらいだろうか。サイラスオサイリスに負けないくらい、美しい顔立ちだった。
サイラスオサイリスが少女を見て、はっと息を飲む。だが何事もなかったかのように、三十人ほどの騎士たちに対峙する。
「……お前は?」
「わたくしは、アテナイュヌ王国国王カールホルスの娘、エリスイシスと申します。一緒にいるのは騎士団の皆様です」
「そうか。……よく似てやがるな」
「あなたがサイラスオサイリス様ですか? 盗賊の?」
「そうだ」
「盗賊王サイラスオサイリス様、あなたにはいろいろとお話がございます。ですがその前に、【大いなる幸い】様をこちらへお引渡しくださいませ。彼をお呼びしたのは、わたくしの父です」
少女の丁寧な言葉遣いとその内容に、守生は驚いた。
「盗賊だって!?」
「暴れんな、黙ってろ!」
「無理だよ! え? 盗賊? ほんとに?」
柄が悪いと思ったが、盗賊だとは思わなかった。やはり強盗や殺人をするのだろうか。盗賊の住み家だと考えれば、あの大きな小屋に入りたくないと思ったのも理解できる。おそらく、非道なことを行うこともあるのだろう。だから守生が入りたくないと思うほど、波動が悪かったのだ。
「おい、さっさと【大いなる幸いを運ぶ者】を解放して差し上げろ! 何度も言わせるな、【幸い】様を召喚したのは、国王陛下であるぞ!」
王女エリスイシスの傍にいた騎士団団長の野太い声があたりに響く。
「フン」
多勢に無勢だと思ったのか、サイラスオサイリスは騎士団から距離を取りつつ、守生を地上に降ろした。
守生としては、捕まる相手が替わっただけではないかと思わなくもない。
国王の代理だろうがなんだろうが、守生の都合を考えずに召喚して所有権を主張しているのだ。安心はできない。ドムトートたちは多少の誘導はあったものの、守生の意向を尋ねてくれたのだが。
「あぁ、でもな。このペンダントは俺のモンだ。返してもらうぜ」
通訳のペンダントを引きちぎるようにして奪われる。壊れなかったのは良かったが、ひもが引っかかり擦れた首や顔が痛んだ。
「これは、とある学者センセイが作ったモンだ。シュー、これがないと困んだろ? だったら、俺と一緒に来い」
ペンダントを外され、ガヤガヤと異国の言葉が飛び交う中、サイラスオサイリスの言葉だけが理解できる。
けれど、言葉が通じていたサイ男には殺されそうになった。だったら言葉が通じなくても、環境を変えるべきだ。守生はそう決意した。
「僕は、サイラスとは行かない」
「チッ。だが、約束は忘れんなよ」
呪いが解けるかどうか、DNAアクティベーションの施術を試すという話だろう。
DNAアクティベーションは、その人を本来の状態へ戻すエネルギーワークだ。
癒しだけではないが、分類できないから便宜上ヒーリングと呼んでいる。呪いにも何かしらの効果があると守生は思うが、故意に悪事を働く人間の本質に、光がどれだけ届くのだろうか。
「いいけど。盗賊なんて聞いてなかったからね。変化変容に時間がかかっても、文句言うなよ」
「うっせぇ」
できないとは思わないが、サイラスオサイリスの努力も必要だろうと守生は考える。
DNAアクティベーションは、呪文を唱えたら変化する魔法ではない。本人の可能性の幅を広げ、その選択を後押しする手段なのだ。
「これ以上、人を傷つけたりするなよ。その分、施術の回数が増えても知らないぞ」
「俺様に指図すんな!」
サイラスオサイリスが至近距離で怒鳴られるが、守生はどうしてもこの男を恐ろしいとは思えなかった。守生の施術に期待しているだけなのかもしれないが、サイ男のような殺意を感じないのだ。
「あ!」
「なんだ! まだ何かあるのか!?」
「僕の荷物! あの中にワンド、えーと水晶の小杖が入ってるんだ。あれがないと施術できない。他にもいろいろ、使うものが入ってる! あと、人を傷つけることに慣れた人に触ってほしくない」
「チッ、注文が多い! 誰かに届けさせる。それまでおとなしくしてろ」
そう言うと、サイラスオサイリスは驚くほどあっさりと飛び去って行った。
「プリンギュィーリッサ! エリスイシス!」
追いついたアベルアヌビスが上空の騎士団に向けて叫ぶ。プリンギュィーリッサとは、プリンセスと同じ意味だろうかと守生は見当を付ける。
ドムトートが落ちた方角を大きく示しながら、必死で叫んでいる。これだけ騎士がいるのだ。助けられるものなら助けてやりたい。守生も、降りて来た王女たちに身振り手振りで救出を頼んだ。
王女エリスイシスは騎士団団長と少し相談すると、騎士団の数名をアベルアヌビスと共にドムトートへの救助へ差し向けた。
もっと人数を増やしてほしいが、王女の護衛が最優先なのだ。守生は思い浮かなかったが、召喚者である守生の護衛が、彼らの本来の仕事だ。騎士見習い一人が行方不明でも、その捜索の優先順位は一番低い。
他の騎士たちがアケクに乗って飛んでいく中、ひとり地上を走るアベルアヌビスは、それでも嬉しいようで軽快な動きだ。空から見るとそうでもない距離だが、徒歩だとかなり遠いように思えた。
だがアベルアヌビスの体力を心配する間もなく、守生はアケクに乗せられる。そして騎士団の大部分に守られながら、王城へと移動するのだった。