50 グリフォンの羽根
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入浴後、騎士団副部隊長であるネイサンネイトから厳重注意を受けた後のこと。
「それと、シュー様。ソリーソプドが改めて感謝を述べたいそうです。お時間を取っていただけますか?」
ソリーソプドことソロモンソプドは、騎士候補生だ。昨日アベルアヌビスと共に幻覚を見る毒の罠にかかり、魔法を打ち合った。
ソロモンソプドという本名を知り、守生は興奮した覚えがある。国王カールホルスと同じはやぶさの頭を持つ羽持ちだが、体つきは若い。温和で誠実そうな印象だった。
「改めて感謝? ええ、もちろんです」
入室したソロモンソプドは守生の前で跪き、拳を胸に当てて騎士の礼を示す。
「シュー様、解毒の手配だけでなく、腹痛を和らげる光魔法を使ってくださりありがとうございます。本日は改めてお礼を述べると共に、ささやかですがこちらをお贈りしたく存じます」
侍女ヘレナヘケトを介して、鳥の羽根が手渡された。二、三十センチほどのものと、五十センチほどのものが合わせて五本。
「すごい。よほど大きな鳥なんですね」
「これはアケクという羽つき動物の羽根です。私が世話している子たちのもので、もちろん自然に抜けたものです。担当の上官にお願いして、いただいて参りました」
アケクとは、守生が王城へ来る時に乗ったグリフォンの一種である。ガゼルのような細い脚に、ワシのように大きくかぎ状にまがったくちばしと大きな羽、ライオンのように細長い尻尾を持った生き物だ。
羽根をよく見れば確かに、白い軸が付け根まできれいに残っている。自然に抜けた証拠だ。羽根も綺麗に整っており、つややかで美しい。
「そうなんですね。貴重なものをありがとうございます。担当の上官の方……マリア隊長さんではないんですよね? そちらの方にもお礼を言っておいてください」
「はい! 部屋の飾りにしていただければ幸いです!」
「騎士団のみなさんは全員、アケクの世話をするのですか?」
「人によります。私はアケクに慣れておりますので、騎士候補生の身でありながら世話しております」
「へえ、そうなんですか」
「シュー様は王城にお越しになる際、アケクに乗ったそうですね」
「ええ。いろいろ混乱していたのであまり覚えていないのですが、騎士の皆さんが隊列を組んでアケクに乗る姿は見事なものでしたよ」
「そうでしたか! ちなみにアケクの乗り心地はいかがでしたか?」
「そうですねぇ、ノーヘルでバイクに乗る感じの割に、風の抵抗もなくて不思議でしたね。空を車で進んでるみたいな」
「のーへる? ばいく?」
「あ、いや、その、快適でした」
「そうですか! ではアケクの」
「ごほん!」
熱心に質問してくるソロモンソプドを、ヘレナヘケトが咳払いひとつで止めた。ネイサンネイトは直立不動だが、不機嫌そうだ。ヘレナヘケトが止めなければ、彼が止めていただろう。
騎士コンビもそろって、あちゃーと言いたげな顔をしている。
ソロモンソプドにアケクの話を振ってはいけない。これは第五部隊のみならず、アケクに乗ることの多い上級騎士の間でも有名な話だった。
「えーと?」
「た、大変失礼いたしました! 初めてアケクに騎乗した時の喜びを、シュー様と分かち合えそうだったのでつい……」
慌てて謝罪するもまだ話し足りない様子のソロモンソプドに、ヘレナヘケトがその大きな目でギロリと睨む。
「ソロモンソプド様、シュー様の貴重なお時間を頂戴しているのです。ご用件がお済みでしたらお引き取りください」
「はいっ! いえっ! 本題は別にございます。シュー様。治癒魔法のお金が銀貨三百枚だとお伺いたのですが……。それに貴重な光魔法まで。すっかり失念しており、申し訳ございません」
「ああ、三百枚というのはアベルと二人分ですよ。僕が出しますから気にしないでください。遠隔で行なった【エンソフィックレイキ】についても同様で、労災……労働災害補償の一環です」
「ローサイ。労働、災害、補償……そうなのですか。ありがとうございます。あの、大変失礼ですが国王陛下に請求するとかはありませんよね……?」
「え?」
質問の意味が分からなくて、守生はヘレナヘケトを見遣る。
「シュー様が国王陛下にお願いすることで、陛下が『では親に払わせればいい』と仰らないかと、ソロモンソプド様は心配しているのでございます」
「ああ、それはありません。もし王様にお願いするとしても、僕がその分の対価を支払いますから」
「そうですか。ありがとうございます。恥を忍んで申し上げますと、家出同然で騎士団に入団いたしました。このようなことで実家へ連絡が行くと、連れ戻される可能性がありまして」
「そうだったんですね。ご事情よく分かりました。ご心配には及びませんよ」
「ありがとうございます!」
ソロモンソプドとネイサンネイトが出て行った後、守生はホワイトセージに火を点けた。その煙にアケクの羽根をぐぐらせ、丁寧に浄化する。
ボディバッグの隅にあった輪ゴムで羽根を留め、祭壇に置く。
「シュー様、羽根は飾らないでよろしゅうございますか?」
「ああ、飾るものなんですよね。じゃあ、この大きな羽根だけ飾ってください」
五十センチほどの大きな羽根を二本抜いて、ヘレナヘケトに渡す。ヘレナヘケトはそっと受け取ると、他の侍女に額縁を持ってくるように指示した。羽根は傷がつかないように収納の指輪に保管する。
「そう言えばヘレナさん。ホワイトセージはないんでしたっけ?」
「はい。貿易商人にも探すように申し付けておりますが、いい返事はございません。申し訳ございません」
「いえいえ。謝らないでください」
(うーん。となると、あとは聖水で凌ぐしかないなぁ。こっちに住む同朋たちはどうやって浄化しているんだろう。ミステリースクールは七つあるはずだから、ホワイトセージが手に入らないところもあると思うんだけどな)
「とりあえず今は、やれることをしましょう」
「はい、シュー様」
展望は大きく、そして「今」やれることをやろう。過去は記憶で、未来は想像だ。想像しすぎれば不安に変わってしまう。だが今だけは確かにある。
できないと嘆いたり悩んだりするのは、今、暇な時間があるからなのだ。
計画してひとつひとつ片付けて行くんだ、と守生は自分を鼓舞するのだった。
◆
「今も毒に侵されている人の治療費と今までの補償金の工面をします」
「はい、シュー様」
「ヒーリングを広めていくのは王様の都合待ちなので、売れるものを売ります」
「売れるもの? 奴隷でございますか?」
「いやいや! 人の売り買いは嫌いです。今考えているのは僕の私物です。たとえば紙幣。紙のお金ですけど、技術的、芸術的な価値を認めてもらえたらいいな、と」
ともかく見てもらおうと、守生はボディバッグから羊皮紙を取り出し、収納されたキャリーケースを出す。中の財布から紙幣を数枚出して、ヘレナヘケトたちに見せる。
クレジットカードや交通系ICカードも、素材が珍しいので興味を持つかもしれない。だが紙幣に比べると数が少なすぎる。
「これがシューさんの国の紙ですか!? すごーっ!」
「落ち着いた色合いに精密な肖像画……。しかも両面に描かれているのですか!? 何枚も同じものが……複製の魔道具を使ったのでしょうか。細かいところにまで模様があって、大変美しいですね」
「……ん? この真ん中のトコ、人が隠れてねェかァ?」
「ドム、よく気づいたね。偽造されないための工夫なんだって」
「へェ」
「ほえー」
「なんと不思議な……」
「ですよねー。ま、国家機密なので僕も詳しくは知りませんが」
国王にまた無茶なお願い事をされないようにヘレナヘケトに釘を刺しておく。
「このような芸術品でしたら、陛下もご興味を持ってくださると存じます。いかほどで販売されるのですか?」
「いえ、王様には売りません」
「えっ!」
ヘレナヘケトが大きな声を上げ、慌てて口元を押さえて頭を下げた。
「オークションで売ります。その方が高値が付く可能性がありますし、話題になりますから」
「競売、でございますか?」
ヘレナヘケトが戸惑っているので、守生は詳しく説明した。出品物とその情報を告知した上で希望者を集め、その中で一番高値を付けた人に、二番目に高い価格で販売するという、セカンドプライス・オークションという形態だ。
他にも、主催者と入札者の共謀、入札者同士の談合、高額になりすぎないように注意したいこと。転売や盗難に遭うリスクが減るように、紙幣の数字は隠して出品し、数字を控えてあることを告知することを話した。
「高額になってはいけないのですか?」
「まぁ、この国での価値は分かりませんが、極端な話、ただの上質な紙です。すでに書いてあるので、アケクの羽根のように飾るか、研究するかの二択でしょう」
「はぁ……」
ヘレナヘケトはため息とも呆れともつかないような返事をした。国王も貴族も目の色を変えて参加しそうな催しを提案しておいて、ただの紙だと言い切る守生に付いて行けないのだ。
「第一の目的は資金稼ぎですが、第二にこういう物があることを多くの人に知ってもらって、紙づくりや芸術の向上の助けになればと思って」
「向上……、シュー様がご教授なさるのですか?」
「いえ、僕は大した知識を持っていませんし、料理ほど興味がないので」
「そんなっ!」
「いや、知っていることは伝えますけどね。でもこの国の人たちの中で、もっと良い紙を作りたいとか、素晴らしい絵を描きたいって人がいるはずなんです。その人たちにお任せした方が、絶対に楽しい」
「……楽しい?」
「これを作れと命令されるよりも、こういう物ができるんじゃないかと思考錯誤する方が絶対に楽しいはずです。魔法も魔道具もあることですし」
「ですが短期間でよい物を作れば、他国に比べて優位な立場に……」
「戦争を回避するためですか? でも僕はそういう考え方はちょっと……」
「……申し訳ございません」
「王様が僕にしたように、無理矢理やらせたいなら止めませんけどね。でもきっと頭打ちになると思います。言われたことしかやらない職人って言うか……。創造する力は強制されてできるものではありませんから」
「つまりシュー様が料理人たちになさったように、自由にやらせるのですね?」
「まぁ、そうですね。王様が欲しがるほど上手くいったのは、セベーロさんたちの努力が大きいんですが」
「で、自由に創造してもらうために、高額で買って知り合いに見せびらかす人よりも、研究したい人に買ってもらいたいんです。まずは知ってもらうことからですね」
「なるほど……ですが、そのような人間がいるのでしょうか。技術者は大抵奴隷ですし」
「えっ!」
ヘレナヘケトの言葉に、守生は絶句するのだった。




