4 嫉妬と騎士見習い
(軍手があればなぁー)
朝食後は、森で野草を採集することにした。
大嫌いな虫に遭遇する危険はあるが、背に腹は代えられない。
それに小屋から離れれば、落ち着いた波動のいい場所も見つかるかもしれなかった。そうすれば、サイラスオサイリスへの施術がやりやすくなる。
「おい、フラフラするな」
「いや、探してるだけだって。あと、虫を踏みたくないから」
「フン」
一人で落ち着いて探したかったが、サイラスオサイリスの部下が付いてくる。サイ頭の男だ。豆と野草をくれた牛男の先輩で、サイラスオサイリスの腰巾着の印象が強い。
道案内をしてやると偉そうに言った割に、男は野草にも虫にも興味がないように見えた。
そのくせ妙に隙がない。始めは獣を警戒しているのかと思ったが、守生の動きを気にしているふうに思える。
(もしかして、監視されているのか?)
新参者だから、どこかのスパイだと疑われていても仕方ないかもしれない。
サイラスオサイリスは、守生を「召喚者」で「大いなる幸いを運ぶ者」だと言った。つまり、召喚した人間が探しにくる、それを警戒しているのだろうか。
あるいはサイ男は、サイラスオサイリスほど守生のことを知っておらず、ただ遠くから来た異邦人だと思っているのだろうか。
「昨日の晩よぉ、カシラと一緒に寝たのか?」
「ん? 一緒にって? ハンモックを掛けてくれたのは君だよね?」
意味が分からなくて訊き返せば、悔しそうな顔をする。どうにも話が嚙み合わない。
その後も昨夜のことをあれこれ訊かれた。どうやらサイ男は、守生のことよりも上司であるサイラスオサイリスのことが気になるようだった。さすがに呪いや施術の話はプライベートなことだろうと思い、自己紹介をしたのだと話しておく。
思い返せば、サイラスオサイリスについて、名前と妹がいることと、解呪をしたいことしか知らない。彼は何者なのだろうか。
そうこうしているうちに、キノコと野草を見つけた。食べられるか分からないが、ひとまずビニール袋に入れる。未使用のビニール袋をいくつか持っておくのは、出張中になにかと便利だ。汚れた衣服を入れたり、クライアントさんからの頂き物を入れたり、お香やホワイトセージの燃えカスを入れたりするのに役に立つ。
「その魔道具、カシラにもらったんだよな?」
「魔道具? ペンダントのこと?」
「そうだ。ちょっと見せてみろ」
サイ男が無遠慮に手を伸ばす。ペンダントを外したら、言葉が通じなくなる。乱暴に扱われて壊れたら一大事だ。守生が慌てて逃げると、男の方がよろけて転んだ。
「何しやがる!」
採集用のナイフを向けられた。躊躇いのない手馴れた様子だ。一気に危機感が募る。守生とサイ男では、殴られただけでも吹っ飛びそうな体格差だ。
それでも弱気なところを見せるわけにはいかない。肉はほとんど食べないし、争いごとは苦手な草食系男子だが、黙って傷つけられるわけにはいかない。護身術の心得はある。
「やめろ! 冗談じゃすまないぞ!」
守生も相手の顔に向けて、ナイフを構えた。ナイフを自分の体の一部だと考えて間合いを取り、サイ男を睨む。先に攻撃するつもりはないが、相手の気迫がすごい。本当に、殺されるかもしれなかった。
怯みそうになる気持ちを抑え、ナイフの先を相手の顔に向けて構える。ゆっくりと足を動かし、いつでも反応できるようにする。感覚的には、ボクシングのジャブに近い。
「こんなこと、サイラスが許すと思ってるのか?」
「お頭の名前を、気軽に! 口に、するなァー!」
サイ男が突進してくる。守生はそのナイフをさばき、斜め横へ避ける。
サイ男のナイフが地面に落ちた。だがすぐさま拳が飛んでくる。
拳をナイフで弾くが、相手は怯まない。思った以上に皮膚が硬いのだ。
さらに突っ込んでくるのをかわそうとするが、小さな窪みに足を取られた。
そのままわざと地面を転がり、サイ男と距離を取る。手にナイフはない。転んだ時に落としてしまった。
守生が起き上がるとしかし、見知らぬ男が二人いた。
サイ男を羽交い絞めにしているのは、黒いイヌ頭の男だ。よく見かけるイヌよりも耳が大きく長い。鼻も細長い。狩猟犬のような顔立ちだ。
そして白いサル頭の小柄な男が、サイ男を殴りつけている。毛が頭から肩にかけて長くふさふさしている。サルというより、マントヒヒの頭だ。
守生は落としたナイフを拾い、邪魔にならない場所で息を整える。たまに護身術の訓練をする程度の守生より、彼らのほうが戦い慣れているのが分かったからだ。
「アベル! 終いだ!」
ヒヒ男の声に、サイ男を捕えていたイヌ男が一瞬手を放し、その顎を拳で突き上げた。きれいなアッパーカットだ。サイの皮膚が硬くても、あれなら衝撃で脳が揺れる。体から力が抜け、サイ男が地面に倒れる。
ヒヒ男は油断なく、持っていた縄でサイ男を縛る。イヌ男も、サイ男の足を縛っている。いい連携だった。
「ありがとう、助かりました」
「いえ! 迎えが遅れまして、申し訳ありません! 俺はドムトート。こっちはァ」
「アベルアヌビスっす。間に合ってよかったっす!」
二人がキビキビとした動作と言葉で自己紹介してくれた。
白ヒヒ頭のドムトートは、二十代半ばで守生と同じくらいだろうか。守生よりも引き締まった体つきだ。白い毛皮に、顔はピンク色、目つきが少し悪い。
アベルアヌビスは、声の感じから十代後半だろう。男にしては少し高めだ。
アベルアヌビスのほうがドムトートよりもずいぶん背が高いが、二人の様子は部活の先輩と後輩の関係に似ている。二人とも、大きな一枚布を巻き付けて、ピンと腰ひもで留めている。丈は太ももが半分隠れるくらいの短いワンピース姿だ。古代ギリシャの服装に似ている。サイ男たちはシャツにズボンなので、文化が違うのだろう。
「迎え?」
「はい! 俺……私たちは、アテナイュヌ王国の騎士団に所属し、国王陛下から命を受け、受けてェ、えーっとォ」
「あの、普通にしゃべってくれて構わないよ。僕も普通に話すから」
「あー、じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうわァ」
ヒヒ男、ドムトートは頭を掻くと、体の力を抜いて話す。相当緊張していたらしい。
「君たちは、アテナイ……なんとかって国の王様の命令で来たんだ?」
「ああ、アテナイュヌ王国だ。俺たちは騎士団見習いでェ。昨日召喚されたはずの【大いなる幸いを運ぶ者】を探して、騎士と騎士候補生、俺らみたいな見習いが、あっちこっちを探し回ってるところだったんだ」
「こっちは盗賊や獣も多いからヤバいなって話してたんっす。けどギリギリ無事に見つかってよかったっす!」
アベルアヌビスが朗らかに言い、大きく口を開けた。笑ったのだろうか。たくさんの鋭い歯が見えて、守生は顔を強張らせた。
「僕は菅見守生。どうぞよろしく」
「シュガーミッシュウ、様?」
「シュウでいいよ」
「分かった。よろしくなァ、シュー様」
「シュー様!」
「いや、年も近そうだし、呼び捨てか、さん付けでいいよ。僕もドムとアベルって呼ばせてもらうし」
「いや、それはヤバいんじゃないのか? だってアンタが【大いなる幸いを運ぶ者】なんだろォ?」
「確かに僕は召喚されたみたいだけど、仰々しい呼び方をされても……」
「じゃあオレ、シューさんって呼ぶ!」
「あー、じゃあシューって呼ばせてもらうわァ。偉いさんの前でだけ、適当にちゃんとすりゃいいだろォ」
アベルアヌビスは人懐っこく、ドムトートは気だるそうな調子で、呼び方を決める。
その合間にアベルアヌビスは、目を覚ましかけたサイ男を殴り、昏倒させた。油断しないのはいいことだが、その手馴れた様子に生きる世界の違いを守生は感じた。
「んでェ、できたら俺らと一緒に、城へ来てもらいたいんだけどォ」
「王様に会えってこと?」
「できればなァ。どォせここにいても、コイツみたいなやつに殺されそうになるか、人質になるだけだぞ」
「うーん、この人は上司が僕に興味を持ったのが面白くなかったみたいで。いや、どんな事情であれ、腹を立てて暴力を振るうなんてとんでもないことだけど」
「あー、嫉妬かァ。下町の酒場でよくあるやつだなァ」
「あるあるーっ!」
「あるんだ!?」
「あるなァ」
(嫌だなー、異世界。いや、元の世界でもあるのかな。昔好きだった刑事ドラマの犯人の動機みたいだ。現実とは思えないよ)