2.5 悪意を光に変えて相手に返すワーク
見回り役のサル男のぼやき声を背を向けて小屋に入れば、入り口近くにハンモックが掛けられていた。サイラスオサイリスはベッドに腰かけているので、これが守生用の寝具なのだろう。
「話の続き、する?」
「いや、もう休め」
守生はハーフアップにしていた少し癖のある髪をほどき、キャリーケースに入れていたヘアブラシでざっと梳かす。風呂に入りたいが、こんな山の中にあるのだろうか。
(それに、こんなにザワザワした空間の中で眠れるかなぁ)
守生はヘアブラシを片付け、サイラスオサイリスから見えないように壁を向いた。そして一度だけ防御の陣を静かに行う。黒いオックスフォード・シューズを脱いで、ハンモックに乗った。
(うわー、映画の世界だ)
守生はわくわくしながら、ゆっくりと横になる。
反対側に転げ落ちた。
「痛い……」
「何やってんだ?」
心底呆れた声がして、守生はぶつけた痛みと驚きを堪えて立ち上がる。
「いや、横になろうとしたんだけど……バランス取るの難しいね?」
「ちゃんと布を広げたのか?」
「ちゃんと?」
「使ったことないのか?」
「うん。使ってるのを見たことがあるだけ。映画か何かで」
「ったく、どんなお坊ちゃんだよ。まぁ、貴人なら仕方ないか」
その後サイラスオサイリスに使い方を教わって、横になることができた。
森の小屋は静かで、サイラスオサイリスの小さな呼気と、見張りの男の歩く音、聞きなれない虫の音が聞こえるくらいだ。
だが突然放り込まれた異世界に、守生は神経が高ぶって眠れない。
もぞもぞと寝返りを打っていると、なぁ、と呼びかけるサイラスオサイリスの声がした。
「んー?」
「お前は何ができるんだ?」
漠然とした質問だ。だが、まさか腹筋や腕立て伏せができる回数を訊いているわけでもないだろう。
守生は起き上がった。落ちないようにバランスを取り、ハンモックに腰かける。ハンモックは守生の重さでビヨンと伸びたが、切れる様子はない。クラウン(冠)チャクラを天に向け、腹下の丹田と、股下のルートチャクラを意識して声を出す。
「僕が得意なのは【DNAアクティベーション】。水晶のついた小杖を使って、その人のオーラや肉体にアクセスし、その人の本質を活性化させるんだ」
「オーラ?」
「一人ひとりの体のまわりを包んでるんだけど、もしかしてサイラスには見えたりする?」
「お前のまわりを包んで光ってたやつか? 今はあんまり光ってねぇけど」
「あー、それかも? 今は光ってないんだ、はは」
「ちょっとは光ってるぞ? さっき何かやってたしな」
さっき、とは防御の陣を張った時を指すのかと、守生はヒヤリとした。人に見せたり見られたりするものではないからだ。
「で! そうすることで、その人がその時に必要とすることが起こりやすくなるんだ。肉体的、あるいは精神的な癒しだったり、溜まってた感情を吐き出しやすくなったり、必要な人との縁を引き寄せたり、直感力や発想力を増したり」
「必要なことが起こる?」
感情を抑えた静かな声で、サイラスオサイリスが確認する。
「うん」
「本質ってのは?」
「んー、人って、生きてるとまわりの影響を受けるだろ? 親だったり、教育だったり、職場環境だったり。その影響が強いと、苦しくなることがある。自分の本来決めてきた生き方とちがうから。【DNAアクティベーション】は、それを元に戻すって言われてる。自分が本当に生きるべき道に気づきやすくなったり、自分の好きなこと、やりたいことを思い出したり。まわりの影響より、自分の影響を強めるっていうのかな」
「……呪いは?」
「呪い? どういうものかによって対処が変わるよ。話せる?」
サイラスオサイリスは黙っている。
「えーっと、【DNAアクティベーション】を受けて、呪いが減らないかもしれないけど、増すことはないよ。詳しくは言えないけど。あと、悪意を光に変えて相手に返したり、光で浄化をしたりもできるから、それも【DNAアクティベーション】と一緒に受けたほうがいいかもね」
サイラスオサイリスが起き上がる。
「お前ができるのか?」
「もちろん。あ、でも目に見える変化を感じるのは個人差があるよ。三回受けて今までと違うのが分かってきたっていう人も多いし」
「分かった。その、ディーエヌ……、活性? ってやつ、俺にやれや」
「今? ここで?」
「ああ」
「やるのはいいけど、せめて、もうちょっと波動のいい所ってないかな?」
空間の波動を良くすることはできるが、なんだかここは夜の都心のネオン街のようなザワザワした感じがある。ここでもやろうと思えばできるだろうが、なんだか波動を上げるのに時間がかかりそうであるし、ヒーリングしている間、集中力がもたない気がした。ヒーリングの間は、クライアントの状態と施術に集中したいのだ。
本来ならば呪いなんて言葉が出た時点で、同じミステリースクールの先輩やそういったことに特化した講師を紹介するのだが。
サイラスオサイリスの目の前に、ミステリースクールの人間は守生しかいないのだ。自分がやれる範囲で、最善を尽くすしかない。守生はそう決意する。
「ハドー? 魔力がよく流れる場所か?」
「いや、そうじゃなくて、もうちょっと落ち着いた場所っていうか……」
「俺たちのねぐらは他にもあるが、だいたい似たようなもんだな」
「そっか。じゃあ今夜はひとまず【悪意を光に変えて相手に返す】のだけ、やろう。それ以外は明日だ」
「……どういう呪いか、聞かないのか?」
「話せるんなら、聞くよ?」
「俺だけじゃ、判断できねぇ」
ワンマン社長のような態度のサイラスオサイリスにしては、歯切れの悪い言い方だった。
「そう。ともかく呪いだって言うんなら、悪意があるんだろうし、試してみよう」
「簡単に言うんだな」
立ち上がって見てみれば、サイラスオサイリスは怯えていた。呪いが解けるかもしれないという期待以上に、恐れがある。諦めることに慣れていると、期待することに怖くなる。そういう恐れだろうかと守生は思案する。
「つーかお前、性格っつーか雰囲気っつーか、なんか変わってねーか?」
「そうかな?」
仕事モードに入ると、体の中心に背骨とはまたちがう、軸ができたような感覚になる。
全身のチャクラが開いて、波動にさらに敏感になる。そういう体感が、相手にも何かしら伝わるのだろうか。守生はそう考えて、言った。
「光の存在たちのサポートを、信じてるからね」
だがあくまでサポートだ。まずは守生から行動しなければならない。
サイラスオサイリスには、壁を向いて寝ていてもらうことにした。
場の設定を見られることは、その人の思念が入るということだ。それは避けたい。
ニ十分ほどで準備を済ませ、サイラスオサイリスに声を掛けた。
部屋の中央でサイラスオサイリスと向き合う。
ランプの明かりの中で、サイラスオサイリスの琥珀色の目が迷子の子どものように揺れている。
指でサイラスの額を指しながら、守生は腹からゆっくりと声を出した。それは、守生の所属するミステリースクール(神秘学校)の霊統による、力の言葉だった。
力の言葉を続けるごとに重たいものが現れ、ある臨界点を超えると光となって抜けていく。
守生はそれを見届けると、サポートしてくれた光の存在たちに感謝を述べて、ワークを終わらせた。




