26 突撃の余波
ページ後半、過去回想にてちょっとだけ残酷シーンがあります。
2021/08/19 オナガザル頭の料理人をシマウマ頭に変更しました。
「アベルアヌビス、ドムトート! そこへ直れッ!」
そろそろ夕飯かという頃、入室の許可を求めたマリアマァト部隊長が、入ってきて早々、命令した。
唖然とする守生を余所に、副官のネイサンネイトが守生を護衛する。
騎士コンビは仁王立ちするマリアマァトの前で姿勢を正し、右拳を左胸に当てて敬礼した。
「警護対象をその日予定していない場所へ、騎士自ら案内するとは! それが護衛騎士のすることかッ! 友達ごっこがしたいなら、今すぐ騎士団を辞めろ! 護衛騎士でなくとも傍に置いてくださるだろう。だが、本当に信頼できる人間とは何か、今一度考えろッ!」
「ハイ!」
「マ、マリーたいちょお……」
ドムトートが真面目な声で返事をしたが、アベルアヌビスはかなり動揺している。
「アベルアヌビスッ! 返事はッ!?」
「はいっす!」
「ドムトート、アベルアヌビス。お前たちは何だ!?」
「騎士ですっ!」
すぐさま、ドムトートとアベルアヌビスが怒鳴るように答えた。その言葉にマリアマァトが大きく頷く。
「僕も提案に乗ったので、同罪です」
「では、シュー様にも反省してもらいましょう」
守生は頷いて、マリアマァトの前で頭を下げた。
「この度は勝手なことをして、申し訳ありませんっ!」
慌てたのはヘレナヘケトだ。騎士コンビも動揺しているが、直立不動の姿勢を崩さない。マリアマァトが睨んでいるので、崩せないのだ。
「そんな、シュー様、頭をお上げください! マリアマァト様、シュー様は【大いなる幸いを運ぶ者】なのですよ!」
「ヘレナヘケト、お前も反省しろ。いいか、事は【幸い】様のお命に関わる。国王陛下と並び立つ【幸い】様だとしても、許して良いことと悪いことがある。今回お前たちはその線引きを間違えた。お前たちは事態を甘く見て、シュー様の希望を通すことを優先させた」
「申し訳、ございません……」
ヘレナヘケトが崩れるように跪き、深く頭を下げる。騎士コンビも敬礼したまま俯いた。ついに心が折れたのだ。
「シュガーミッシュー!」
「はい!」
シュガミじゃなくて菅見ですと訂正できる空気ではない。
「勝手な行動は慎め! 要望があるなら相談しろ! 自分だけの体だと思うな!」
「イエス、マムッ!」
マリアマァトの勢いに飲まれた守生は、気を付けの姿勢で軍隊風に叫ぶ。ただし守生には、某エクササイズ動画の入隊経験すらない。
「よーし、いい返事だ。次、ヘレナヘケト!」
「はぃ……」
「声が小さい! 返事は!?」
「はい!」
「貴人の間違った行動を諌められる強さを持て! 側仕えは主人の右腕であり、頭脳だ! 他の侍女や騎士、主人とよく話せ。連絡を密にして、情報収集を心掛けよ。いかなる時にも報告を怠るな! 分かったか!?」
「か、かしこまりました」
「声が小さい!」
「か、かしこまりましたっ!」
ヘレナヘケトが精いっぱいの声で叫ぶ。だが、声が裏返っている。がんばりましたね、僕ら草食系ですもんね、と守生はヘレナヘケトに心の中で励ました。
「よろしい。私からの話は以上だ。全員、姿勢を楽にしろ!」
「はいっ!」
一同はそっと息をついた。ヘレナヘケトがよろよろと立ち上がる。
叱責の間、ネイサンネイトは微動だにしなかった。
「ああ、そうそう。シュー様」
「イエス、マムッ!」
「いや、それはもういいです」
「あ、はい」
「今度エリスイシス姫殿下のお茶会にご出席なさるとか」
「ええ、そうです。」
「近況をお話する機会があると思いますが、その時に必ず今日の引っ越しについてお話しください」
「つまり、調理場に行ったことや、今の叱責のことも……?」
「いえ、それを言う必要は、まったく、ありません。ただ、部屋を移動したことだけで構いません。ああ、新しい料理の話をするのは喜ばれると思いますが」
「分かりました、話してみます」
マリアマァトとネイサンネイトは守生に挨拶して部屋を出た。
マリアマァトは部隊長として、廊下の警護を任せている部下に声をかける。
「お前たち、引き続き任せたぞ」
「はッ!」
騎士団の詰め所への道すがら、ネイサンネイトが喉の奥だけで笑っていることに気づいた。
「何がおかしい、ネイサンネイト」
マリアマァトは防音の魔道具を発動させてから、ネイサンネイトに声をかけた。
自分より十歳年上の副部隊長をフルネームで呼んだのは、一種の牽制だ。効果がないと分かっていても、してしまうことはある。
「いや、隊長のご高説が素晴らしくて」
「ふん、当然だろう。十数年前の護衛騎士の言葉を真似たからな」
「当時の護衛騎士が聞いたなら、その成長したお姿に泣いて喜んだだろう」
「そうか、お前は泣いて喜んでいるわけか」
「ぶふっ」
マリアマァトの切り替えしに、ネイサンネイトが噴き出した。
マリアマァトが王妃に成り立ての頃、自分は騎士であるという気持ちを抑えきれずに鬱憤を溜めては、よく護衛騎士を撒いて部屋を抜け出した。それを諫めたのが王妃付きの護衛騎士だったネイサンネイトだ。
『勝手な行動は慎みなさい! 要望があるなら相談しなさい! 自分だけの体だと思ってはいけません!』
『騎士であればこそ、護衛騎士の大変さが分かるはずです! 分からぬなら、同僚を困らせる騎士など不要だ!』
「懐かしいな、ネイサン」
「ええ、あなたにはあちこち連れまわされましたからね。調理場にだって……ぷくくっ」
「……お前、笑いすぎだぞ?」
「すみません。まぁ、それを考えればシュー様は大変におとなしい。だからこそ今回のことは、少し驚きましたが」
「釘は刺した。問題なかろう」
◆調理場にて
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料理人 紹介
〇セベーロセベク:守生専属料理長。茜色(暗い赤色)のワニ頭。対象の動きを制限する魔法を使える。言葉が少ない。
〇クリスクヌム :副料理長。水色の上毛のヒツジ頭 ベージュ色の渦巻型の角持ち。白いスカーフ。よくしゃべる。
〇その下の料理人:シマウマ、ロバ、ヒグマ頭の男たち。(他、下働きの者が十数名いる)
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深夜、城の調理場でバタンバタンと音がしている。水色の毛のヒツジ頭の男クリスクヌムが小麦粉を捏ねてうどんを作っているのた。
その隣の台では、暗い赤色のワニ頭のセベーロセベクがピザ生地を作っていた。
作業を続けながら、副料理長クリスクヌムがセベールセベクに話しかける。もちろん口元は首元のスカーフとは別の物を巻いて、衛生面には気を付けている。
「【大いなる幸い】様はどうして料理にお詳しいんだろなー?」
「知らん。本人に聞け」
「あのなー、雑談だよ雑談。一応の予想をしてみるんだよ!」
「料理に集中しろ」
「俺、もう腕が動かねーもん。きゅうけーい!」
袋に入れて足で踏むと聞いたが、貴人が食べるものを足で踏むわけにはいかない。試作なので量は少なかったが、塩や水加減をいろいろ試していたら、腕が疲れてしまっていた。だがおかげで、大体の目途はついた。
「クリスさん、お疲れ様。ウ・ドンのスープができたから、味見してもらってもいい?」
「おう、いいぜ。いい匂いしてんなー」
ロバ頭のおっとりした料理人に呼び止められて、クリスクヌムは腕を揉み解しながら鍋へと向かう。
「【大いなる幸い】様が魚醤をベースにと仰ってたので、魚醤にシトロンの果汁を入れてみたよ」
「へー、さっぱりしたいい味だな。俺ならこれにハーブを加えたいねー。アレンジしてもいいかー?」
「ええ、もちろん」
ロバ男は嫌がることなく承諾する。クリスクヌムの腕と熱意は本物だ。任せた方がいい物ができるのは確かだと、ロバ男は経験と信頼から知っていた。
「ただ、スープも黄色で麺も白、というか黄色っぽいだろ?」
「そうだね」
クリスクヌムの言葉に、ロバ男が小首を傾げた。
「スープの具に、にんじんや葉野菜を入れるとしても、もうちょっと彩りがほしいんだよなー」
「麺に色を付けてみる? イカ墨で黒くするとか? 赤も食欲を誘うよね。緑が一番手軽かな?」
「いーな、それ! よーし、全部試してみるか!」
「全部!?」
「ああ、さすがにイカ墨の用意はないが、赤と緑なら今できるだろー?」
「小麦粉を、使いすぎじゃないかな?」
ロバ男の指差す方を見れば、クリスクヌムが打った麺が調理台に積みあがっている。アテナイス王国の小麦は大半が輸入品で、高価だ。だから白いパンを食べられるのは、貴人や貴族だけだった。その貴重な小麦を、試作のために大量に使用している。
「やべ。まーた食料担当の人に怒られっかなー」
「あの試作品、バレる前に処分したほうがいいと思うな」
「うーん、明日の賄い料理に出すかー?」
「それにしては大量すぎるし、何日もかかるよ。見つかったら横領だと思われない?」
「騎士食堂の調理場に移動させたらどうだ? 【幸い】様の恩恵だと言えば、喜んで消費してくれるだろう。市場調査とやらも兼ねればいい」
ヒグマ男が横から口を出すと、クリスクヌムとロバ男は目を輝かせた。
「いい考えだ!」
「じゃあ、乾燥しないようにして、移動させましょう」
「おうよー!」
「分かった」
三人はいそいそと作業に移る。他部署を巻き込むことが多いので、この料理人チームは扱い辛いと、城でも有名であった。
だが異世界料理ウ・ドンは、アテナイス王国の人々に少しずつ認知されていくことになる。
「セベーロ、何を笑っている?」
シマウマ頭の料理人が、黙って生地のガス抜きをしているを料理長へ声を掛けた。ささいな変化に気づけるのが、このシマウマ男の得意技だった。
ちなみに五人の料理人の筆頭はセベーロセベクだが、本人が礼儀に無頓着なこともあり、五人とも敬語を使わない。セベーロセベクとクリスクヌムの意見が割れることもあるので、その時はあとの三人がまとめ役になることもあった。
「貴人が調理場にやって来るのは二回目だ」
「確かに。前は王妃、いや前王妃のマリアマァトだったな」
「ああ。普通は側仕えを通すか、呼びつける」
元王妃のマリーマァトは結婚後に単独で調理場へ来て、出された料理を絶賛したことがあった。
「あれには肝が冷えたな」
シマウマ男が淡々と言った。彼はいつも冷静沈着だ。当時本当に驚いたとしても、表情には出さなかっただろう。
セベーロセベクは濡らした布をガス抜きし終えた生地に掛ける。それからシマウマ男がクリスクヌムの指示で用意したソースと具材の検分を始めた。
「王妃は俺の肉の焼き方と焼き加減に感心していた」
セベーロセベクも淡々と話すが、その声に誇らしさが隠せていない。そこへシマウマ男が反論する。
「クリスは、自分の味付けが良かったからだと主張していたな」
「確かにその後やってきた国王は、味付けがよかったと言っていた。あの言葉のおかげで俺はさらに腕を磨いた」
「ふん、負けず嫌いだなセベーロ。だがクリスはそれで調子に乗ったかな。【幸い】様はラヴィッジを好まない」
「ああ。あれは王妃の好みだった」
ラヴィッジは、セロリの味に近い。重たい苦味というか、使えば奥行きのあるものだが、慣れない者には苦味を強く感じさせてしまう。
セベーロセベクはソースの味を確認し終えて、椅子に座る。シマウマ男が残ったハーブを使ってお茶を淹れた。
【大いなる幸いを運ぶ者】シューは前王夫婦に似てると、セベーロセベクは感じていた。
前国王パウルプタハは身分に拘らないというよりも、身分が高い者が孤立することを嘆いていたように思う。
立場が上の者が、熱意をもって正しいことを行なうならいい。だが間違ったことをした時、身分の高い者は謝れないし、臣下も忠告しづらい。
それは恐らく、苛烈な政を行なった自分の父親や祖父の時代のことを思い返していたのだろう。ひどい時代が長く続いた。セベーロセベクたちは連れてこられた技能奴隷だからそこまでの恨みはない。だが、恐ろしい場所へ来たと思ったものだった。王城でもよくちょく人が消えた。
父親であるその国王を弑逆して、侵略戦争からうまく撤退させたのは二十代半ばのパウルプタハだ。
王弟であるカールホルスとマリアマァトは未成年で、戦争に行くことはなかった。それから王城の雰囲気はずいぶん明るくなった。
「パウルプタハ陛下が愛人に殴り殺されなければ、セベーロは約束通り研究職に移れていたかな?」
「ふん、今更だな。だが【幸い】様とパウル国王は、気が合っただろうな」
セベーロセベクにとって国王とは、長く仕えてきたパウルプタハだ。弟のカールホルスは、今でも「国王の弟」と呼んでいる。
「戻ったぜー!」
「うまくいったのか?」
「ああ! 明日の朝食に出してみるってよ。上級騎士食堂はもうメニューの告知が済んでるとかで、下級騎士食堂に持ってった」
「そうか。下級騎士は多いからな。喜んでもらえただろう」
「おう!」
クリスクヌムがシマウマ男と話すのを、セベーロセベクは黙って聞いている。
「セベーロ、ピッツァはどうなってる?」
「ガスを抜いてみた。あともう少しだけ寝かせてから具材を載せる」
「楽しみだなー」
「あ、食料庫担当の方を呼んできてもいいかな」
「お、賄賂かー? 別にいいんじゃねー?」
ロバ男がセベーロセベクに訊き、クリスクヌムが答える。ここではよくあることだ。
「ええ。せっかくなので」
「もう帰ったんじゃないか?」
シマウマ男が言うが、ロバ男は声だけ掛けてみると言って出て行った。
二次発酵が終わったピッツァが焼きあがった頃、食料庫担当の下級文官が調理場にやってきた。
バジルソースのピッツァは美味しく焼きあがったので、充分賄賂になったのだった。
誤字脱字報告、感謝ですー!




