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2 サイラスオサイリスの山小屋

 サイラスオサイリスたちの住処は、木と石でできた小屋だった。大小の小屋が一つずつと家畜小屋の三つだ。

 一番大きな小屋に案内されるが、守生(しゅう)はなんだか嫌な気配を感じて足を止める。


(ここ、入りたくないな……)


 血生臭い臭いが、ごくかすかにして、何だか危険だという予感がした。中に人の気配がするが、それ以上に「場」の雰囲気に違和感を覚える。たとえるなら、夜に金縛りに遭いそうなホテルのようだ。

 

「どうした?」

「いや、ここはちょっと……」

「ふーん? じゃあ、こっちに来い」


 もう一つの小屋へ案内される。向こうほど嫌な感じはしない。

 サイラスオサイリスが扉を開けると、中には葦毛色の馬の頭をした女性がいた。サイラスオサイリスの顔を見て喜んだが、守生の姿にギロリと目を鋭くさせる。

 文字通り馬の顔だが、薄い布を巻いただけの豊満な体つきの女性だ。守生は慌てて眼を逸らした。


「オラ、あっちに行ってろ」

「ちょっと! 何よもう!」

 

 サイラスオサイリスがその女性を追い出した後しばらくして、共同小屋から手下たちの歓声が聞こえてくる。サイ頭の男とウシ頭の男以外にも、数人いるようだった。

 

「あの人、追い出して良かったのか?」

「勝手に居付いただけだ、放っておけ」

 

 サイラスオサイリスは他人事のように言った。守生があちらの小屋に行くという選択肢はないので、守生も割り切ることにする。

 守生はキャリーケースを小屋の隅、入り口に近い方にひとまず置いてから、許可をもらって椅子に座った。ベージュのジャケットを脱いでほっと息をつく。

 

(山小屋だし土足の生活なのに、綺麗に掃除されてる……)

 

 部屋の奥側に木製のベッド、真ん中あたりの壁際に大きめの机と椅子が一脚ある。机にはインクのしみが残っているが、筆記用具や本はどこかに片付けられていた。

 サイラスオサイリスがここで本を読んだり書類仕事をしたりするのだろうか。初対面の人間に対して失礼だが、守生は違和感を覚えた。

 このサイラスオサイリスという男、顔は端正で体つきも引き締まっているが、武闘派のイメージなのだ。事務仕事は部下にやらせそうだし、実際、ここへ来るまでの指示も大雑把だった。細々したことは、部下が機転を利かせてやっているように見えた。長年の慣れがあるのかもしれない。


 サイラスオサイリスはベッドに横たわって守生の方を向くと、話を促す。

 

「ここは、異世界なのかな?」

「お前にとってはな」

「その割に、サイラスオサイリス……サイラスでいい?」

「好きに呼べ」

「ありがとう。その割にサイラスは、僕が異世界から来たってことに驚かないんだね。こういうことってよくあるのかな」

「俺も初めて見た。だがまぁ、何十年も前から予言されてたことだからな」

「予言?」

「『大いなる幸いを運ぶ者、羽持ちの王によって召喚される』とか何とか言うやつだ。この辺りじゃ有名な話だな。召喚の儀式は年に二回、分点の日に行なわれている」

「えーと、僕は王様に召喚されて……分点の日って何?」

「昼と夜の長さが同じになる日。今日がそうだろう?」

「ああ、春分と秋分か。確かに今日は秋分の日だね」

「この日は神殿に行くヤツらが多い」

「羽の生えた王様がいて、神殿のある国なんだね」

「儀式は成功したはずなのにどこにもいないってんで、王都は大騒ぎらしいぞ。兵士たちの動きが慌ただしい」

「王都って?」

「この山を下りて森と草原を抜けた先にある。カールホルスっていう若い王が治めてる」

「ふぅん」

 

 勝手に召喚するなんて傍迷惑な話だと思いながら、守生は頷いた。

 儀式で召喚されたのなら、何か頼み事をされるのだろうか。それをクリアしないと帰してもらえないのかもしれない。そもそも【大いなる幸いを運ぶ者】という表現も曖昧だ。【勇者】と呼ばれるよりは平和的だが。

 守生が考えこんでいると、気分を変えるようにサイラスオサイリスが言った。

 

「腹、減ってるだろ。さっきの獲物は明日になるが、美味い飯を食わせてやるよ」


 部下が持ってきた食事を入り口でサイラスオサイリスが受け取り、守生に差し出す。

 木の皿には、焼いた肉のかたまりがどんと載っていた。ひさしぶりに目の前で嗅いだ焼いた肉の臭いに、守生の胃がむかつく。

 座ったまま体を引き、パンッと両手を合わせて、サイラスオサイリスに謝る。

 

「ごめん! せっかく用意してくれたのに、本っ当にごめん! 肉は食べられない」

「ハァ!?」

 

 怒鳴るように訊き返すサイラスオサイリスに、肉を食べるとお腹を壊すと説明する。

 守生が肉を食べないのは、職業上の理由だ。まず半年間、牛肉を食べずにいたら焼いた臭いに嫌悪感を持つようになった。そのうち豚肉を食べると胃腸の調子がおかしくなり、以降食べないまま数年が経つ。ただし魚や鶏肉、コンソメスープは時々食べる。食べなくても大丈夫だと思っていたら、それはそれで体調がおかしくなったのだ。守生にとって、鶏肉は薬に近い。

 

「考えらんねぇ話だな。じゃあ、何なら喰えるんだよ」

「えーと、豆、野菜、果物、チーズ、米とかパンとかの穀物類かな」

「豆? 野菜ってなんだ。草か? 葉っぱか? どっちも家畜の餌じゃねーか。コメは知らねぇな。まあ、パンはあるな。チーズはちょっと待ってろ、取ってきてやるから先に喰え」

「ありがとう。いただきます」

 

 ひとまず、キャリーケースに入れていた潰れた梨を取り出す。少しだけ茶色く変色しているが問題なく食べられる。

 戻って来たサイラスオサイリスにも傷の少ない方の梨を勧め、丸かじりする。持ってきてくれたチーズはやわらかく、パンは平べったく膨らんでいないので、無発酵のようだった。

 守生が食べなかった肉は、サイラスオサイリスが食べてくれた。他の人が肉を食べていても、守生は気にしない。

 話がややこしくなるので、たまに魚や鶏肉を食べることは言わないでおいた。こちらの事情を丁寧に説明しても、相手の好意を無下にしたことには変わりないし、場合によってはさらに機嫌を損ねる場合があるからだ。

 

 合掌してご馳走様でしたと言えば、サイラスオサイリスが鼻で嗤った。彼にとってのご馳走は肉で、それを食べない守生はおかしいらしい。

 日本の肉好きの友人にも似た反応をされたことがあるので、守生は苦笑いするしかない。

 

 その後、守生は虫の気配に怯えつつ、外の水場で歯磨きをした。

 その間にサイ頭の男がハンモックを持ってサイラスオサイリスの小屋へ入っていき、出ていった。大きな小屋の方では、いつの間にか騒がしさが落ち着いている。代わりに声をひそめてごそごそと何かしているようだった。時々艶っぽい声が聞こえてくるので、守生はそっと離れた。

 

 もう夕暮れだ。ランプに似たものはあるようだが、陽が落ちる前に(とこ)に就くのだろう。

 守生は高台の小屋の前から、森に沈む夕日を見つめる。


(あっちが西か。とすれば、北は)

 

「おい、何やってる。さっさと中に入れ」


 見回りをしていたサル頭の男に咎められた。大きな獣も出たことだし、外は危険なのかもしれない。


「あー、うん。おやすみなさい」

「……ったく、こんな日に見張りなんてツイてねーぜ」

 

 男はそう言って、大きな小屋を恨めし気に眺めた。

 

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