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15 ウナギの洋風蒲焼き風

 守生が白黒警護コンビへのヒーリング施術を終えると、もう陽が沈みかけていた。

 外で待っていた侍女のヘレナヘケトをドムトートに呼び入れてもらうと、夕飯の用意ができているとのことだった。

 急いで護衛コンビにテーブルと寝椅子を元に戻してもらい、侍女たちを中に入れて食事のセッティングをしてもらう。

 その間に守生が椅子二脚を片付けようとすると、ヘレナヘケトに止められてしまった。

 

「シュー様はこちらにお座りになってお待ちください」

 

 ヘレナヘケトが金色の椅子を窓辺に置き、守生に座るよう促す。

 ガラスではない何か膜のようなものが窓に嵌っていて、それ越しに夕暮れの王都の建物とその明かり。遠くには沈みかけの夕日が海を照らし、ガレオン船の小さな影がいくつも見える。

 部屋には魚醤とオリーブオイル、ハーブやスパイスの香りがふんわりと香っている。

 

(ほんと、異国だよなぁ。いや、パラレル地球なんだろうけど)

 

 十何万とある、地球の可能性のうちのひとつ。守生が生まれた地球と違う発展の仕方で、でも同じように存在している。

 

 ヘレナヘケトの許可が出てから、ローテーブルに移動して、寝椅子に座った。

 前菜なのか、一番手前にはみじん切りにされた白キャベツのサラダが、カトラリーと一緒に置かれている。

 

「こちらのサラダは当然、すべての食材に浄化の魔法をかけ、すべての皿の毒見を終えております」

「あ、はい」

 

 毒見という言葉にドキッとしつつ、前菜の皿を見る。

 スプーンで掬って食べると、ほんのり甘くてさっぱりした味つけだ。ハニービネガーと塩、数種類のハーブとスパイスで和えているらしい。振りかけられた粉チーズも、風味がいい。

 

「生のキャベツって二日酔いの薬じゃねェんだァ?」

 

 後ろで護衛するドムトートの呟きに、そういう商品名の胃腸薬があったことを思い出す。


「そうなんすか? オレは魔獣の好物だから、罠に使うって習ったけど。炒めたやつは、食堂でも時々出るし」

「へー。キャベツの炒め物も美味しいよねぇ」

 

 斜め右のドア近くで警護するアベルアヌビスに守生がのほほんと相槌を打つと、テーブルの端に立つヘレナヘケトがアベルアヌビスを睨んでいる。

 アベルアヌビスはきょとんとした雰囲気で、分かっていない。守生も分からなくてヘレナヘケトを見遣る。


「えーっと?」

「……確かに、下級騎士の食堂でもキャベツの炒め物は出ますが! シュー様にお出ししたものとは品質が違いますので!」

「ああ、そういう……。別に気にしてませんよ。豆だってこちらでは家畜の餌なんでしょう? 僕の要望に応えてくださって、ありがとうございます」

「いえ、恐縮です」

 

 肉は不要だ、豆や野菜が食べたいと言ったせいで、肉食主義の城の人々をを困惑させている。けれど要望が通って守生はウキウキしていた。

 茹でたアスパラガスやブロッコリー、ニンジンが盛られた銀の鉢。そのまわりには色鮮やかなピュレ―が小さな陶器の小皿ごとに分けて置かれている。それぞれ、セロリと玉ねぎのピュレー、リーキ(西洋ネギ)のピュレー、紫ニンジンのピュレー、洋梨のピュレーだとヘレナヘケトが説明する。ドレッシングとして使うらしい。

 そして、レンズ豆のポタージュスープ、ロールパン、ワイン、シトラスを添えた水。

 守生は酒を飲まないがいちいち断ると下働きの者にも影響があるので、存在を無視している。城へ来た日、水の香りづけに使った感じでは、日本で売っているワインよりもどろっとしていて濃かった。

 素焼きの陶器に入れてワインを保存しているため、水分が抜けるせいだった。それを好みの量の水で割るのが、ここでの飲み方だ。だから必ず、ワインと水はセットで供される。

 

 そして皿の上に敷かれたパピルスの上に盛り付けられた、オリーブオイルで揚げたサトイモ。塩と白コショウで味付けされている。その食べなれた食材と味に、思わず声が出た。

 

「これ、普通に美味しい!」

「……普通に、でございますか?」


 ヘレナヘケトが困惑気味に繰り返す。


「いや、えーっと、自分の家でも食べたい、日常的な美味しさと言いますか!」

「……お客様にお出しするものとしては、不合格ということですね」

「違いますっ! 普通の、食べなれた食材や慣れ親しんだ調理方法が、一番安心を作るんですっ。塩と黒コショウは使いやすくてよく使ってたので!」

「安心……。塩と黒コショウをよく使っておられる……」

「いつも凝ったご馳走だと疲れるでしょう? いや、いつもフライ料理だと胃が疲れますけどね!?」

 

 言い訳がましいと思いつつ、守生は誤解されないように付け加える。この城で出される食事は、セロリ味のスパイスとハチミツが曲者だと守生は考えていた。肉は食べられないが、セロリ味とハチミツの入った甘めの味付けは、個人の好みによる。だからとやかく言うつもりはないが、その分、好きな味付けや食べなれた味付けには、目に見えて嬉しくなってしまうのだった。

 ヘレナヘケトは頷いて、理解を示す。だがそれはそれとして、塩は大量の魔力や燃料、人員を使って精製するし、スパイスは貿易品で高価だ。それを守生が日常的に使っていたと聞き、内心驚いていた。


「あの、シュー様。魚はお召し上がりになりますか? 今夜はウナギとタイをご用意いたしました」

「へー! 魚ですか!」 


 普段は豆類中心で魚は積極的に食べないが、懐かしい食材に顔がほころぶ。

 アテナイュヌ王国中部の湖で獲れたというウナギは、王都の美食家に大変人気らしい。ワインビネガー、胡椒、ミント、セロリのような味のハーブに、ハチミツ入りワインの甘い香りが全体をまとめている。洋風蒲焼きと言えなくもない。


(うん、言えなくもない、よな?)


 少しだけ頂こうと、守生がウナギをナイフで切り分ける。

 

 その時、部屋の外にいる騎士が、国王の使いが来たとヘレナヘケトに報告した。

 

「【大いなる幸いを運ぶ者】シュガミッシュー様に、今すぐ執務室までお越しくださいとのことです。また、王国騎士団第五分隊騎士ドムトート及び第五分隊騎士候補生アベルアヌビスも必ず随行するように、との命令です」

 

 夕食をまだ数口しか食べていないのに席を立つことになり、守生は思わずため息をついた。

 肉の臭さもソーセージが紛れてもいない食事はストレスもなく、食事を楽しめるようになっていただけに残念だった。

 

 

 身だしなみを確認してもらってから、ヘレナヘケトの先導で部屋を出る。守生のすぐそばをドムトートが、後ろをアベルアヌビスが警護する。

 廊下には、いろいろな動物の頭をした騎士や侍女たちがいた。昼間に騎士団の訓練場でも見たが、ドムトートやアベルアヌビスのようなサル科やイヌ科の動物の頭をした者もいれば、キツネ、ライオン、カピバラ、シマウマ、アリクイ、キリン、ゾウの頭をした者もいる。

 そして彼らは一様に、守生の姿を見ると跪く。そんなことをしなくていいと言いたいのを我慢して、守生はヘレナヘケトについて行く。

 守生は分かっていなかったが、ここでの王はハヤブサの頭をしており、翼を持つ者は全員貴人だ。貴族の中でも特に貴い。

 そして守生は、護衛コンビの言う「光魔法」と同じように、光の羽を持っていた。オーラと似た構造でできているその羽は、守生の世界の人間には見えないが、この世界の人間にはよく見えていた。彼らの宗教的価値観からすると、跪くのは当然の礼儀だった。

 

 十五分ほどかけて移動して執務室へ入ると、国王カールホルスは仕事中だった。細かい彫刻がされた大きな木の机に向かって、パピルスを見てる。

 カールホルスは立ち上がると挨拶もそこそこに、ドムトートとアベルアヌビスを不躾に見る。

 カールホルスの身長は百八十五センチある。小さな眼鏡越しに、白と黒の警護コンビをじろじろと見た後、守生を詰問する。

 

「シュー殿。なぜ、国王である私より先にそこの騎士たちに光の魔法を?」

「……ゴホン、カールホルス陛下。あなたは部屋に入る時、一番最初に入りますか?」

「いいえ? 侍従か騎士が先に……。そういうことですか」

「はい、そういうことです。こちらの世界でも問題なく施術できることが確認できたので、陛下のご都合のいい時に施術を受けていただければと思います」

「いいでしょう、いいでしょう。日時は追って連絡させます」

「はい、お待ちしております」


「ああ、そうだ。派閥の貴族たちも呼んで、施術を見学させましょう。国王と【大いなる幸いを運ぶ者】の協力関係をアピールできて丁度いい」

 

 段々、守生はイライラして来た。自分が一番大事にしているヒーリングを、見世物にされようとしている。

 確かに商業施設での催事やイベント参加する際、行き交う人に見てもらいながら体験版の施術をすることはある。

 その施術を見て気になったからと、足を止めて説明を聞いてくれたり、実際に施術を受けてくれる人もいる。

 他者の思念は、ヒーリングの邪魔だ。それでもイベントに参加したり催事を主催することで、守生が提供しているヒーリングや占術を知ってもらいたいと思っているのだ。

 だが、始めから施術を見学させ、しかもその理由は自分の箔付けのため。理解しがたいし、理解したくない。

 

(エゴまみれじゃないか! いやいやいや、説明が足りてないんだ。落ち着け、話せば分かる。ちゃんと上と繋がって話せば……)

 

 守生は静かに深呼吸すると、自分の中心と繋がり、高次の自己≪ハイヤーセルフ≫や光の存在たちと繋がった。

 守生以外の人間にはそれが貴人の象徴である羽として視覚化された。薄っすらと白く光る守生の羽がさらに光り、大きく一度羽ばたく。

 

「僕のヒー……光魔法DNAアクティベーションは、その方の本質を輝かせ、進化成長を促すものです。陛下のいまだ隠された才能を、何度か施術することで開花させていくものです。なので、最低限の人数で行う、神聖な儀式のようなものだと思って頂ければ」

「なるほどなるほど、神殿の大神官も興味を持ちそうですね。見学者に加えましょう」

 

 断り方が遠回しだったのか、守生の羽に魅せられたのか、カールホルスには通じない。

 

「いえ、警護の方々はともかく、見学者はお断りしたいのですが」

「……そうですか。では、代わりに、食事会を開きましょう。今は少し忙しいのですが、もう数日したら時間が取れます」


「あー……、僕は肉が食べられなくて」

「あなただけ別メニューで構いませんよ。賢者トリスタントート殿とは、初日に夕食をとりましたよね?」


(いやー、集団で肉料理並べられるとか、臭いがキツいんですけど……)

 

 そう思うが、言いづらい。守生はすでに国王の要望を断っているからだ。

 守生が困っていると、カールホルスが畳みかける。

 

「あと、部屋を変えていただけませんか? 今いる部屋の二階で、多少狭くなりますが」

 

 守生の後ろにいるヘレナヘケトたち三人が息を飲むのが分かった。

 与えられた部屋なのだし引越しするのは構わないと思ったが、事はそう簡単なものではないらしい。

 

「部屋の引っ越しは構いませんが、ひとつお願いがあります」

「なんですか」

「先ほどの食事会ですが、僕の体調や都合になるべく配慮してください」

「いいでしょう。ヘレナヘケトを通して、打ち合わせしましょう」

「よろしくお願いいたします」

 

 退室の許可が出て、またヘレナヘケトに先導されて部屋へ帰る。空腹感と疲労感でいっぱいだが、守生はドムトートとアベルアヌビスに頭を下げた。

 二人が驚いているが、守生はそのまま詫びる。

  

「ドム、アベル、ごめん。王様の前で嫌な言い方をした。ちゃんと施術できるって自信があったから、二人に施術を受けてもらったんだけど」

「いや、大丈夫だ。気にしてねェ。足も完全に治ったしな」

「オレも! 光の魔法もだけど、話を聞いてもらえて気持ちがすっごく楽になったし!」

 

(それにしても、このタイミングで王様から呼び出されるってことは……)

 

 チラリとヘレナヘケトを見ると、恭しくお辞儀をしている。そうすることで目を逸らされたのだと守生は思った。

 守生は、ヒーリングしたことを誰かに報告する必要はないと思っていた。プライバシーの問題だからだ。

 だがまわりは、ドムトートとアベルアヌビスの様子から、守生が何をしたのか分かったのだろう。ヒーリングは一時間ずつ三回施術したから、その合間に国王に報告する時間は十分あった。

 

「あのさ、僕の施術を受けたら、見て分かるものかな?」

「体のまわりにキラキラしたもんが見えるっつーかァ。アベルもだし、自分の腕とか体とか」

「あと、すげー体が軽い! 目も良く見えるっ!」

「ああ、それも思ったァ。いっつもダリィ感じがなんか楽っつーかァ。あと、魔法も使いやすい気がするしィ」

 

 ドムトートは体が軽いと言いつつも気だるげに話すので、守生は笑いそうになった。


(エンソフィック・レイキでダメならエーテル体(エーテリック)手術(サージェリー)が必要かなと思ってたけど、レイキが効いてよかった。僕、あれはまだできないんだよね)


 アベルアヌビスの方を見れば、灰色と水色のオッドアイになっている。さっき部屋を出る直前は魔眼を発動させて灰色になっていた。今、ヘレナヘケトから見える目の色は灰色だから気づかれていないのか、アベルアヌビスがもう気にしていないのか。ともかく今、アベルアヌビスの表情は明るい。

 

「そのキラキラって、仕事の邪魔になったりしない?」

「大丈夫っす!」

「遠くまでくっきりはっきり見える方が便利っつーかァ」

「なら良かった」

 

(元の世界でも、目が見えやすくなったって言う人はいたもんな。僕もそう思う時があったし。キラキラしてるって言うのは、施術後に印象が違って見えることもあったし、写真を撮ったら明るく写ったりしたから、それのことかな)

  

 理解できる範疇の話だと、守生は頷く。たまに、それはブラシーボ効果じゃないかと思うようなことを言う人がいるのだ。好意的に受け取ってくれるのはうれしいが、誤解させたくはない。

 それから、部屋の隅で控えるヘレナヘケトを見遣った。

 

「えーっと、ヘレナさんもヒーリング受けてみますか?」

「国王陛下やその他重鎮の方の後でしたら、喜んで」

「そ、そうですか。じゃあ、その時に」

  

 序列のややこしさやプライバシーの問題は気になるが、ヒーリングに対して好意的なのは良いことだと、守生は割り切ることにしたのだった。


 

 すっかり冷めてしまったと思っていた食事は、スープを温め直して、元々後から出す予定だったらしい熱々のタイのチーズ焼きのおかげで、美味しく食べられた。

 頭を落とした小ぶりのタイのまわりを、チーズがパリパリした皮のように覆っている。そのタイのまわりにはオリーブオイルが散らされ、その金色が美しい。

 気を利かせてくれた侍女と料理人たちに感謝を伝えてほしいと頼み、守生は夕食を終えたのだった。

 


 

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