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第92話 ステアとルシアス

三人称視点、この作品で練習していきたいです。

 クロが会議の場に潜入し、小説を読み終わった頃とほぼ同時刻。

 ティアライト領の領内にあるとある商店で、商品を物色する二人がいた。

 ステアとルシアスである。


「なあステア、こんなことしてていいのか?ここの元締めを調査するのが今回の目的じゃねーのか?」

「慌てても仕方ない。殺すのも、情報を集めるのも、いつでもできる。でも、このお店は今しか開いてない」

「まあ、そりゃそうだけどよ」


 ステアはぬいぐるみコーナーを注意深く見ていたが、やがてしょぼんとして、諦めたように店を出た。


「ここにも、ゴラスケの友達はいない」

「マトモな頭をした商売人なら、その人形は仕入れねえよ」

「ゴラスケ、馬鹿にしないで」

「ああ、悪い悪い。だがどこ探してもないんだから仕方ないだろ」

「………むぅ」


 ステアは、ゴラスケが一人だけでは寂しいのではと考え、随分前からもう一体似たものを探している。

 しかしステアには知る由もないことだが、ゴラスケ、マンドラゴラ人形は、あまりに売れなさ過ぎてとっくの昔に発売中止になっている。

 今では人形マニアがその珍しさに高値で買い取るほど数が減り、一部ではプレミアがついている始末だ。


「で、これからどうするんだ?」

「ゴラスケの友達いないなら、ここに用ない。早く、お嬢に言われた仕事、終わらせる」

「そうか、どうするんだ?」


 ステアはルシアスの質問に答える代わりに、今出た商店とは逆方向に歩き出した。


「おい、どこ行くんだ?目標はここだぞ」

「そこにはいない」

「へ?」

「こっち」


 ルシアスは戸惑いながらもステアについて行く。

 少し歩き、たどり着いたのはこの街の町長の家だった。


「ここにいる」

「まさかお前、あそこにいる間に店員の記憶を読んでたのか?全員分?」

「………?当たり前」


 ステアは、魔力量だけならば既に主人であるノアを超え、最大魔力量に関してはノアの前世であるハルを上回っているほどの力を持つ。

 それに加えて完全記憶と生まれ持った頭脳。

 ボーっとしているように見えても、ステアは五人の側近の中で最もノアに近い存在だ。


「なるほどなあ、姫さんやクロがお前を絶賛するわけだ。マジで天才なんだな」

「ぶい」

「だけどよ、どうやって侵入するんだ?ここの町長は男爵家、下級とは言え貴族だ。門番やら鍵やら、いろいろ面倒だぞ」

「簡単。普通に入ればいい」


 ステアは歩みを止めずにそのままずんずん進んでいった。

 ルシアスも慌ててそれについて行くが、当然、門の前にいる門番に止められる。


「そこで止ま」

「じゃま」


 ステアが手を、虫を払うような仕草で軽く振った。


「開けて」

「かしこまりました」


 するとそれだけで、二人の門番はいとも簡単に門の鍵を開き、ステアとルシアスを通してしまった。


「………こ、これが精神魔法か。なんてこった、なんだかんだ一番やべえのは姫さんかクロだと思ってたが、こっちの方が怖えよ」

「お嬢に比べれば、まだまだ」

「いやいや、人の心と記憶を自在に操るとか、話に聞いていた以上にヤバすぎるだろ。正直、お前とは戦いたくねえ」

「そう?」


 戦闘狂のきらいがあるルシアスが『戦いたくない』と言うというのが、どれほどすさまじいことなのかは考えるまでもないのだが、肝心のステアがその力をイマイチ自覚しきれていない。

 なにせ、彼女の主人はあのノアマリー・ティアライトである。

 


「だが、鍵はどうするんだ?」

「開いてる」

「は?いや、さすがに貴族の家が鍵かけてないわけ」


 ガチャ。

 ステアは普通に、なんでもないことのように、扉を開けて中に入った。


「な、なんでだ?」

「窓から、メイドさん、見えたから。操って、鍵開けてもらった」

「無敵かお前………」


 あまりのステアの用意周到さにルシアスが軽く引いている中、ステアはどんどん人様の家の中を進んでいく。

 当然、中にいる使用人たちに見つかるのだが。


「ねえ聞いた?旦那さまったらまた娼婦と揉め事起こしたらしいわよ」

「聞いた聞いた。また手切れ金でポイ捨てかしらねえ、可哀想に」

「坊ちゃんに悪影響を与えないでほしいわ、まったく………」


 まったく気づかれない。

 見つかる瞬間、声を上げられるより早く、ステアが自分とルシアスを認識できなくなる魔法と直前の記憶を忘却する魔法をかけて進んでいる。


「本当に気付かれてねえのか、これ」

「ん。間違いない」


 ステアは記憶を読んで屋敷の構造を把握しつつ、目標がいる部屋にたどり着いた。

 しかし。


「鍵、かかってる」

「中の奴に開けてもらえねえのか?」

「顔、分からないと無理」

「そういうもんか」


 ステアは悩んだ。

 扉を壊すのはルシアスがいれば簡単だが、出来れば自分たちが潜入したという証拠すら一つも残したくない。

 だが、ステアの精神魔法にも難点があり、視界内の生物か、あるいは一定範囲内にいる、姿を正確に認識している相手でない限り、魔法をかけられないのだ。

 超人的な頭脳をフル回転させて考えようとした、その時。


「おいステア、中が見えりゃいいんだよな?」

「………?そう」

「この部屋、さっき見たけどカーテンかかってなかったよな」


 聡明なステアは、それだけでルシアスが何をしようとしているか悟った。


「なるほど。ルシアス、ないす」

「そりゃどうも。じゃ、ちょいと失礼して」


 ルシアスは一言断り、ステアを腕に抱きかかえた。

 そしてそのまま階段を駆け下りて庭に出て、先ほどの部屋の真下に陣取る。


「誰も見てないな?」

「大丈夫。見られてても、記憶を書き換える」

「さすがだな。いくぞっ、見逃すなよ」


 何とルシアスは、ステアを抱えたまま。

 その場で、ジャンプした。

 超人体質を持つルシアスは、脚のバネが常人のそれと桁違いだ。

 その跳躍は二階を超え、目的の部屋がある窓に辿り着いた。

 突如出来た影に、中にいた三人の人間は慌てて窓の外を見るが、もう遅い。


「《精神寄生(パラサイト)》」


 ルシアスは重力に従って落下するが、その直前に部屋の中を視認したステアが、精神に寄生して他人を操る魔法をかけた。

 地上に降りた二人は、再び三階へと向かい、操った男の一人に鍵を開けさせた。


「ルシアス」

「ん、なんだ?」

「ありがと。たすかった」

「いいってことよ。それよりほら、早いとここいつらの情報を抽出しちまえ」

「ん、わかってる」


 精神を操るステアと、物理の化身ルシアス。

 対照的な特技を持つこの二人だったが、それ故に組んだら無敵に近かった。


 ステアが中にいた三人から記憶を読み取り、その間にルシアスは部屋の中を物色する。


「ステア、あったぜ。こいつらが帝国に送ってた機密文書だ。あとこれ、金庫があったが」

「ん、こっちも終わった。全員、お嬢に貰ったリストにあった顔。全員真っ黒」

「だろうな」

「お嬢には、何人かは操り人形にしておけって、言われた。けど、この三人は、その価値も無し」

「じゃあ殺すか。俺がやろうか?」

「大丈夫。ルシアス、金庫の中身と、文書だけ、もってく」

「だが、暗証番号式で開けられねえぞ」

「42043」

「………お、おう。マジ怖えな精神魔法、盗みとかやりたい放題じゃねえか」

「そんなこと、しない」

「今からやるんだけどな」


 ルシアスが金庫の中身を取り出し、中に入っていた金塊を袋に入れ、ステアが一緒に入っていた資料をすべて暗記して金庫に戻す。

 金庫の中身など持ち主しか知らないので、資料さえ入れておけば何か盗まれたとは思われないだろう。

 部屋なども荒らしていないので、指紋鑑定などないこの世界では、ステアたちがここに来たという証拠は何もない。

 あるとしたら毛髪だが、この世界では髪色はすなわち個人を表すものであるためか、意図しない限り『抜ける』ということがないのである。

 更にステアは部屋を出て行く際、中の三人に扉を閉めさせた。

 そして。


「《精神崩壊(メンタルクラッシュ)》。………これで、終わり」

「何したんだよ、殺さなくてよかったのか?」

「殺した。ううん、違う。心を殺した」


 《精神崩壊》はその名の通り、相手の思考能力を破壊する高位魔法。

 簡単に言えば、抵抗できなかった人間は『脳死状態』になるのだ。

 人体は健康そのものなのですぐに死ぬことは無いため、同じ精神魔法ならば治せるが、この世界に精神魔術師はステアのみ。

 つまり彼らは心を破壊され、餓死を待つだけの身となったわけだ。


「えぐいな。やっぱお前は敵に回したくねえわ」

「ありがと」

「褒めたかは微妙なところだがな。しかし、姫さんが俺をお前に同行させた理由が分かったぜ。この容赦のなさは勉強になるな」


 屋敷を出て少し歩き、一応念のために尾行などがないかも確認したステアは、あの屋敷の人間にかけていた認識操作を解除した。

 これで、時が来ればあの三人の無残な姿が見つかるだろう。

 衰弱死が先か見つかるが先かは分からないが、どの道もう助からない。


 ステアは五人の側近の中で、最も物静かな性格をしている。

 常に平常心を崩さず、物事を冷静に判断できる、術者の精神力に出力が左右される精神魔術師としては最も適していると言えるだろう。

 しかし、それが温厚であるということには結びつかない。

 側近たちのノアに対して抱いている感情はそれぞれだが、偏愛ならばオトハ、忠誠心ならクロが一番なはず。

 だが、狂信という一面から見れば、ステアはクロよりもその気が強い。

 ステアは『正常に狂って』いる。

 いや、もっと言えば。


 五人の側近の中で、一番タガが外れているのはステアだ。


 例を挙げるならば、『街を滅ぼせ』という命令をノアが出したとしよう。

 オウランとルシアスは具体的に理由を聞くだろうし、クロとオトハも間違いなくそうする。

 だが、ステアは理由を聞かない。一度命令されれば、すぐに実行する。

 ノアと自分の仲間、それにノアが気に入ったもの以外の命に対して、オトハ以上に無関心なのだ。


「ルシアス、お仕事したら、お腹空いた」

「ん?そういや、姫さんに小遣い渡されたな。次の街に行く前に何か食うか?」

「ホットケーキ」

「またかよ!」

ステアは、作者が過去に生み出した全キャラクターの中で最高傑作だと思ってます。


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