第87話 帝国会議2
「言っとくけどな、俺はまだてめぇなんかを四傑と認めちゃいねえんだよ。戦場にもたった二度しか出たことがないガキがいきなり連れてこられて、意味が分からねえだろうが」
「反論。ウチを四傑として認めたのは皇帝陛下であり、あなたの意思はそこに介入できない。疑問、あなたは陛下の結論に異議を申し立てたいと?」
「………ちっ」
「よしなさいなランド、リーフの活躍ぶりは知っているでしょお?王国とのちょっとした小競り合いとはいえ、たった一人で数千の兵を殺戮した天才魔術師。四傑入りも頷ける腕前だわあ」
「フェリ、てめえどっちの味方だよ」
「私は皇帝陛下の味方よぉ」
ちなみにフェリのこの時の心の声を代弁すると、こうである。
(すました顔しやがって、この小娘が。神童だか何だか知らないけど、あなたがいると私の美しさが引き立たないじゃなあい。なんとか戦争中に事故で死んでもらいたいものねえ)
ノアたちが最大限に警戒していた四傑だが、その内情はもうドロドロであった。
否、ランドとフェリがドロドロにしているという方が正確だろうか。
「喧嘩なら後でやれ、お前たち。それよりも今は王国への侵攻だ」
「賛同。ウチが気に入らないのであれば、王国を吸収した後でならばお相手する」
「ああそうかよ」
「参謀官、何か意見はあるかね」
「はっ。王国兵の練度は、我が国を上回っております。しかしこれは王国が兵役を義務付けておらず、少数に対して集中した訓練を行っているからであり、兵の数では圧倒的に我々が上です。しかし大将クラスになると話は別、加えてやはりイレギュラーとなるのは」
「ノアマリー・ティアライト、か」
「はっ。その通りでございます」
戦争というのは、正直なところ、結局は質より量と言う場合がほとんどだ。
しかしその常識を覆すほどの強さを持つ、恐ろしい存在と言うのがいることも彼らは知っていた。
それこそが帝国にとっての皇衛四傑であり、王国にとってのノアだからだ。
「ヤツを見つけた場合、すぐに最も近くにいる四傑に連絡が行くように兵を使った情報伝達システムを構築しろ。決して戦うな、光魔術師の恐ろしさは想像の数倍と思え、と兵たちに話しておけ」
「御意に」
ここから王国に対する具体的な戦略が練られていく。
朝から始まった会議は、休憩を一度挟んで夕方までかかった。
「では、なにも無ければ今日はここで―――」
フロムが会議を終わらせようとした時だったが。
不意に、リーフが手を挙げた。
「どうしたリーフ?」
「確認。皆さんは王国の最大の脅威はノアマリー・ティアライトただ一人だと、そうかんがえている?」
「はあ?ほかに警戒すべき相手がいるってのかよ」
「王国は大将格でも四傑に及ばない程度の実力しかないし、最大限の警戒はこの女だけでいいでしょお?」
しかしリーフは少しの逡巡の後、数枚の絵を取り出した。
「なんだこりゃ。………んだよこれ、全部劣等髪じゃねえか」
「リーフ様、これは?」
「回答。ノアマリー・ティアライトの四人の従者の似顔絵。警告。彼らには気を付けた方がいい」
「は?おい、正気かお前」
「まあ待てランド。リーフ、どういうことか説明しろ」
ランドとフェリは一笑に付したが、フロムは聞く耳を持った。
自分を超える魔術師、帝国最強の女が警戒を促す存在。
自分も警戒しない方が愚策だという考えだ。
「了承。先日、『カメレオン』を動かして王国内の状況を確認している時、妙なうわさを聞き付けた」
「妙な噂?」
「暴露。曰く、ノアマリー・ティアライトは大陸中から劣等髪を集めて自分の側近として扱う変わり者。確認されている限りでは、その数は四人」
「劣等髪をコレクションって………趣味悪う」
「追言。その劣等髪たちは光魔法によって浄化され、未知の魔法を使うことが出来るという噂が、王国で流れている」
「「「………ぶはっ!!」」」
その場にいる、フロムとリーフを除く全員が吹き出した。
「おいおい、勘弁しろよリーフ!劣等髪が魔法を使える?てめえが四傑としてここにいることより何倍もあり得ねえだろそりゃ!」
「あっはは!ちょっとぉ、臆病も大概にしてくれなぁい?」
実際はこのリーフの警告は大正解なのだが、この場にいるほぼ全員が誰もそれを真に受けなかった。
それほどまでに、帝国での劣等髪に対する差別や軽視は根深いものなのだ。
そもそも劣等髪を同じ人間と思っていない、という人間すら少なくなく、遊びで殺しても罪に問われず、厳重注意で終わることすらかつてはあった。
「はーっ、笑った笑った。まさか帝国二強サマの片割れがそんなに臆病とは思ってなかったわ。ま、その臆病さがあれば戦場から逃げ延びられんじゃねえの?」
「そうねぇ、せいぜい頑張ってほしいわぁ」
嘲笑しながら出て行くランドとフェリ。
それにその他の会議に参加していた者たちも続き、会議室に残ったのはリーフとフロムだけになった。
「………不明。何故誰も『未知』を警戒しないのか」
「そう言うな。誰もがお前のように、あらゆるものを平等に見ることが出来るわけではないのだ」
フロムは再び席に着き、似顔絵をリーフから受け取った。
「不吉の象徴である黒髪に加えて、水色、ピンク、それに黄緑か。すまないがリーフ、ワシもこの者たちが警戒に値するとは思えん。カメレオンの連中はどういう報告をしてきたのだ?」
「伝達。彼らは全員、ノアマリー・ティアライトに忠義を捧げている。特に黒髪の少女、クロという名の彼女は、ノアマリー・ティアライトが幼少の頃から従者として仕えている。そして、確認されている中でも数件、明らかに魔法としか思えない現象を起こしている」
「ほう。どのようなものだ」
「推定。彼女に近づいた者は魔力を奪われる」
「魔力を奪うだと?」
「追言。彼女に近づいた魔物が、一瞬のうちに息の根を止められたという報告が入っている」
「………ふむ」
本来ならばフロムも気にしない眉唾な話。
しかし、この話を持ってきたのがカメレオンであり、さらに無駄な話をしないリーフがそれを大勢の前で明かしたという事実が、フロムの気をとめた。
「他の三人はどうだ」
「不明。確認できた限りでは魔法と思しき力を発揮したのはクロのみ。しかし、この三人も何らかの力を持っている片鱗を見せていたと、カメレオンが」
ノアたちにとって幸運だったのは、希少魔法について僅かにでも情報が漏れたのがクロだけだった、ということだ。
死や消去といった物理的に影響しやすいクロの魔法と違い、他の三人が操るのは精神、毒、耐性。
希少魔法についての知識がない帝国の人間では、『よくわからないけど魔法的な何かが起きた』程度に考えるのが精いっぱいだったのである。
「それでリーフ、お前はどう思うのだ。実際、この劣等髪たちが魔法を使えると思うのか?」
「肯定。ノアマリー・ティアライトの側近は、彼女自身と同程度に警戒すべきと思考する」
「何故そう思うのだ」
「説明。かつて一度、彼女を見たことがある」
「ああ、一度王国に偵察に行ったときに偶然見たと言っていたな」
「断言。彼女は用心深く、決して人を見下さない。けれど非常に傲慢で、そして強欲」
「傲慢と見下さないというのは矛盾するのではないか?」
「否定。彼女はいかなるものも敵と判別すれば容赦をしないだけ。そして何より、弱者が弱者に甘んじていることを嫌う」
「何故そうわかる?」
「簡易。ウチも同じだから」
「なるほどな」
「続言。彼女は弱者に甘んじている最たる存在であるはずの劣等髪たちに対して、最も親しげな表情を向けていたという報告があった。これが意味することは一つと推定」
「つまり、光魔術師であるあの少女が強者だと認めている存在であると」
「肯定。その通り」
フロムはリーフの話を聞き、考えた。
これがリーフ以外が話したことであれば笑い飛ばしていたところだ。
しかし、この帝国最強が警戒を促すほどの相手だと言うならば話は別。
そうでなくとも、帝国で四傑に次いで恐れられている隠密・暗殺に秀でた特殊部隊、『カメレオン』からもたらされた情報は恐ろしく正確だ。
彼らが実際に集めた情報ならば、少なくともクロという少女が魔法、あるいはそれに似た力を使うことが出来るのはおそらく事実。
―――だが。
「しかし、これを兵たちに話しても信じる者はいないであろうな」
「同意。劣等髪への民たちの嘲りは大きい。だけど、フロム様だけでも頭にとどめてほしかった」
「リーフ、感謝する。ワシも警戒しておこう。しかしすまんが、兵たちにこの話をすることはできない。余計な混乱を招くかもしれんし、なにより劣等髪を警戒するなんて、とワシが糾弾されるやもしれん。この立場を追われれば、お前を守ってやれなくなる」
「承知。ウチを拾って下さったフロム様には感謝しかない。ありがとう」
「はっはっは、いいんだ。この件はしっかり内にとどめておこう。リーフ、お前は出陣の日まで休んでおけよ」
「了承。わかった」
この日のこのことを、後にフロムは後悔することとなる。
あの日、自分の立場を気にせず、四人―――いや五人の劣等髪に対しての警告を兵たちにしておけば、最悪の事態だけは回避できたかもしれないと。
この会議が行われた日、つまりはクロたちが共和国連邦から帰ってきたその日から、ちょうど一年半後。
王国領にあるゼラッツェ平野にて。
赤銅兵団とティアライト家率いる王国軍との戦いで、帝国は震えあがることになる。
ノアマリー・ティアライトとその五人の側近の本当の恐ろしさに。