第86話 帝国会議
エードラム王国には、隣接する二つの国がある。
北側に隣接する、四つの小国が併合されて四十年ほど前に誕生した、大陸で最も平和で差別意識も薄い、ルクシア・バレンタインを擁する中立国家フィーラ共和国連邦。
元々の四つの国の中心部に首都クアドラブルがあり、そこにある議会で政治が執り行われている。
また、その平和な国に魅せられてやってきた高名な傭兵や多国の元兵士などが身を寄せており、中立国であるにもかかわらずその防衛力は非常に高い。
そして大陸の大部分を戦争で勝ち取ってきた、数百年の歴史を誇る侵略国家、オトハとオウランの生まれ故郷でもあるディオティリオ帝国。
大陸の半分近くを支配する大国であり、代々野心家によって政治が執られてきたために、十近い国を併合して成長していった最強の武力主義国家である。
実力が重視されるこの国ではエードラム王国以上に劣等髪への差別が強く、貴族に産まれたオトハとオウランすら死産という扱いにされ、公的にはいないものとされたほどにその意識は根深い。
劣等髪を生んだということが知られないように、生まれた子供を『失敗作』と呼んで殺害した親すら珍しくない。
さて、そんな帝国だが。
クロたちがルシアスに無理矢理魔法を覚えさせているのとほぼ同時期、帝国城内部で国の重鎮たちが集まり、その顔を寄せ合って会議を執り行っていた。
帝国は現在、満を持してエードラム王国への侵攻を計画していたのである。
***
「ダメだな」
参謀が提出した数枚の紙をペラペラとめくっていた男がそれを放り投げ、ため息をついた。
「し、しかし。エードラム王国の地形などを考慮した場合、その策が最善かと」
「あの国を今まで戦ってきた弱小国と思うな。こと防衛に関しては我が帝国にも引けを取らないタフさだ。この程度の兵と策では返り討ちに会うのがオチよ」
「うっ………」
赤い髪と髭、体中に刻まれた傷跡と顔のしわが、作戦にダメ出しをする彼が歴戦の戦士であることを告げている。
大きく四つに分けられているディオティリオ帝国の国軍が一つ、紅蓮兵団。
その団長にして、帝国の総団長、フロム・エリュトロン。
帝国最強の炎魔術師であり、皇帝直属の四人の団長格『皇衛四傑』の一人。
「じゃあさ、フロムの爺さん。こっち側から回り込むのはどうよ。まさか王国の連中も、山を越えて進軍してくるとは思わないんじゃね?」
「それは考えたが、兵たちの疲弊を考慮して却下だ」
「ではこっちを………」
「いや、ここを逆に考えて………」
多くの案が飛び交うが、百戦百勝の帝国としては珍しく、その策を決めかねていた。
それというのも、とある人物が王国にいる影響だ。
「じゃあこっちはどうだ?」
「そここそ最悪の愚策だ。進行ルートを見てみろ」
「あん?………なるほど、ティアライト領ね。ノアマリー・ティアライトを警戒してんのか」
この世界で、光魔法とはあまりに重宝される。
世界で唯一認知されている希少魔法であり、全魔法の中で唯一治癒能力を持ち、攻撃力も高い。
極めれば無敵に近いこの魔法の使い手は、歴代で数々の功績を残してきた。
七百年前は、世界を巻き込みかけた戦争の渦をたった一人で止めた。
五百年前は、突然変異的に生まれた天災クラスの魔物を仕留めた。
三百年前は、一国の女王が素晴らしい平和な国を統治した。
百年前は、傭兵組合を作り、世界の魔物問題の一挙解決に尽力した。
そして今代に産まれた金色の髪を持つ者。
しかし帝国にとって運が悪いことに、彼女は敵方にいるのである。
「ノアマリー・ティアライトの光魔法は極めて厄介だ。軽く情報を集めただけでもその強さがうかがえる」
「そもそも、ティアライト家は我が国のギフト家と婚姻関係を結んでいた筈ではないか!」
「仕方が無いだろう、そのギフト家が内乱で潰され、当主と長男が行方不明になったのだから!」
「だったら代わりの者を見繕えばよかったではないか!」
「そうしたわ!しかしことごとく無視され、終いには共和国連邦のバレンタイン家に先を越されたのだ!」
「なんと不甲斐ない、たかだか十四そこらの女すら手に入れられんのか!」
「なんだとっ………」
「ええいっ、しずまれぇい!」
フロムの一喝で、言い合いをし始めた貴族たちが我に返る。
「………過ぎたことをぐちぐちと言うな」
「も、申し訳ございません、フロム殿………」
「はっはあ、相変わらず爺さんは怖いねえ」
しかし空気を読まずにチャラチャラした雰囲気で発言をする男が一人いた。
ランド。
赤銅兵団の団長にして『皇衛四傑』の一人。
元々はスラム街出身にも拘らず、強さだけで現在の位置に上り詰めた、帝国最強の土魔術師。
「ランド、口が過ぎるぞ。公の場だということをわきまえろ」
「へいへーい」
「話を戻すぞ。王国を攻略するにあたって、最も危険な存在がこのノアマリー・ティアライトだ。帝国に吸収できぬものかと尽力したが、不可能だった」
「ねぇ、フロム殿?」
「フェリか、なんだ」
フロムの説明を遮り、立ち上がったのは、蠱惑的な雰囲気を醸し出す露出度の高い女性だった。
歳は二十代後半から三十代前半ほど。青色の髪をウェーブにしており、体には多数の貴金属が目に留まる。
フェリ・ワーテル。
この女も『皇衛四傑』の一人、帝国最高の水魔術師である。
「このノアマリーなんだけど、どうする気なのかしらぁ?我が国にスカウトする?それとも」
「殺す。どんな手を使ってでもな」
「………あらぁ、物騒ねぇ」
「王国から奪うことが出来れば良かったが、出来なかったからな。価値が大きすぎるものは打っておいてしかるべきだろう」
「同意見よぉ」
フェリの顔には、醜い欲望が見え隠れしていた。
フェリ・ワーテルは自分に絶対的な自信がある傲慢な性格であり、それゆえに自分と同等以上に美しいものを嫌うのだ。
ノアの美貌は、彼女にとって何よりも潰したいものだった。
「だが、マトモにぶつかっては兵を無駄にするだけかもしれん」
「考えすぎなんじゃねーの、爺さん?いくら光魔術師って言っても、俺らより強いとは思えねーし。なんなら俺が行ってぶっ殺してきてやろうか?」
「やめろ。お前ではおそらく勝てん。勝てる可能性があるのはワシと、それに―――」
フロムは一度言葉を切り、隣の席で無言で座る一人の女性を見た。
「リーフだけであろうな」
「………ふん」
「………ちっ」
腰の近くまで伸びた緑色の髪。
まだ幼さを残しているが、非常に整った顔立ち。
帝国の歴史の中で最も速く、最も若く、軍人として最高の地位にのし上がった女性。
帝国最強の風魔術師。
リーフ・リュズギャル。
着ているのは軍服だが、『美人にはなんでも似合う』を体現しているようだった。
「リーフよ、お前ならばノアマリー・ティアライトに勝てるか?」
「否定。確実に勝つと断言することはできない」
「はっ!おいおい、フロム爺さんと互角の実力者が聞いて呆れるじゃねえか。小娘一人殺せねえのか?」
「疑問。ランド、ウチに負けたあなたがノアマリーを殺せるとは思えない、にもかかわらずウチを挑発できるのは何故?」
「んだとっ………」
「やめろランド、リーフには悪気があるわけではない。ではリーフよ、足止めはどうだ?」
「回答。足止めだけならば、ウチの実力とノアマリー・ティアライトの情報から、最低半日は戦闘可能」
「半日だけぇ?もう少し引き延ばせないの?」
「否定。最低半日。長ければ一日以上は持つと推測」
リーフに揺さぶりをかけるフェリとランドだったが、リーフは淡々と質問に答えるだけだった。
結果的にランドを煽るような発言をしていたが、本人には一切悪気はない。
ランドは強さ的に、フェリは美しさ的に、リーフを嫌っている。
皇衛四傑の中で、リーフを認めているのは最古参のフロムのみ。
そして、これは他の四傑にすら秘匿されている、フロムとリーフだけの秘密なのだが。
リーフは、帝国最強と思われているフロムよりも、強い。
続きます。




