第85話 四人の団長
「宣戦布告?この国にですか」
「ええ、満を持してって感じね。元々にらみ合いは十年以上前から起きていたわけだし」
ディオティリオ帝国は、オトハとオウランの一応の生まれ故郷。
大陸最大にして最凶と呼ばれる武装国家で、実際にいくつもの国を飲み込んで成長している。
確かにここ数年はかつてないほど関係がぴりついていたけど、さすがにもう少し遅いと思っていた。
「いかがなさるんですか、ノア様」
「どうするもなにも、迎え撃つしかないでしょう。私に関しては強制招集がかかるだろうし」
「まあ、国内最強にして唯一の光魔術師ですからね」
とはいえ、わたしたちが動くことになるのは随分先だろう。
こちらは勿論、あちらにも戦争の準備はあるし、人間と同じだけの数の馬を用意できるわけがないから、結局は移動が徒歩になる。
すると必然的に行軍速度は遅くなるし、ましてこのティアライト領は王国の中心近くに位置している。
戦って、疲弊して、休んでの繰り返しをしていては、ここまで来るにはかなりの時間を要するだろう。
そして王国の切り札であるノア様を最初から利用する気は、おそらく王国にはない。
「帝国は兵役を義務付けている国だから、あの広大な地にいる男は全員兵士だと思っていいわ。女性でも魔力が強ければ魔術師として重宝される。ただ、この兵隊に関しては正直私たちの敵じゃないわ。今のあなたたちの実力は一騎当千と言っていいし、ルシアスも物理でそれに匹敵している。ハッキリ言って、私が出なくても雑兵なら簡単に殲滅出来るわよ」
「しかし、お嬢様は何かを懸念されているようですが。なにかが帝国にはあるんですの?」
「ええ、面倒なことにね」
ノア様はホワイトボードを用意して、何かを書き始めた。
帝国についての資料らしい。
「まず、帝国の全兵力は大体百五十万人。これは王国の倍以上だと思っていいわ。これが小隊、中隊、大隊とかに分けられてる」
「ふむ、何人かをまとめる小隊長がいて、その小隊長をまとめる中隊長がいて、さらにそれを、みたいな感じか?」
「そういうこと。この兵たちは大きく分けて四つの兵団に分けられていて、各団にその全兵をまとめる団長がいるわ。この四人の団長が厄介なのよ」
「『皇衛四傑』ですね。有事の際以外は皇帝直属として皇帝を護衛する近衛騎士で、戦争の時は戦場に出て恐ろしいほどの戦果を挙げる、最強の四大魔術師ですか」
「そう。希少魔術に性能で劣る四大魔術だけど、彼らは四大魔術師としては極端に魔力量が多くて、結果的に希少魔術師すら手こずるほどの力を持っているわ」
数百年の歴史を誇るディオティリオ帝国の歴史の中でも指折りの強さを持つと言われる、帝国最強の魔術師。
『紅蓮兵団』団長、フロム・エリュトロン。
『群青兵団』団長、フェリ・ワーテル。
『翡翠兵団』団長、リーフ・リュズギャル。
『赤銅兵団』団長、ランド。
「正直に言えば、この中で皇衛四傑クラスと戦って確実に勝てるのは私だけ。クロとステアが互角かちょっと下ってところかしら。オトハとオウランは二人がかりで挑めば五分五分、ルシアスは無理ね」
「おい、俺には物理攻撃があるって話じゃなかったのか?なんで無理って言いきるんだ」
「単純な話よ、物理でもあっちは強いの。特に四傑の筆頭である炎魔術師のフロム・エリュトロンは、四十年以上を炎魔法と剣に捧げてきた男よ。今のあなたじゃ勝てないし、それ以前にあなたに物理しかないと分かれば近づけさせてくれないわよ」
「うぐっ」
「魔法を使わずに今まで数多の強敵と渡り合ってきたのは素直に称賛に値するけれど、四傑は次元が違うわ。どうしても戦いたいならオウランに耐性を上げてもらったうえで、オトハとオウランと三人がかりで挑みなさい」
「………わかったよ」
しぶしぶだったが、一応ルシアスも納得したようだ。
それと同時に、空間魔法の習得が強くなる一番の近道だとも改めて悟ったようで、魔導書を持つ手に力がこもっている。
「それでノア様、今後の方針は?」
「私たちに声がかかるのは、早くて半年、長くて一年後といったところよ。それまでに今まで以上に各自で魔法を究めなさい。特にクロ、ステア。あなたたちの魔法なら不意を打てば一撃で四傑を殺せる可能性すらあるわ。どっちも即死系の魔法を重点的にね」
「わかった」
「かしこまりました」
「同じことがオトハにも言えるわ。高位魔法に手が届きそうなら習得してしまいなさい」
「承知ですわ!」
「オウラン、あなたの耐性魔法は物理攻撃が主な攻撃手段として役立ってくるわ。自分に合った武器の使い方をルシアスに教わって」
「はい」
「ルシアス、あなたはとにかく一刻も早く空間魔法を習得しなさい。ちょっと荒療治を使ってでも、最短と判断したならやりなさい」
「おう」
ノア様から各自に指令が送られていく。
わたしはとにかく、集団に対して死の魔力をふりまけるようにしなければ。
「ああ、それから。ステア、あなたはフロムと戦っちゃだめよ」
「なんで?」
「集めた情報から推察すると、あの男は帝国に深い忠誠心を持っている。そういう輩には精神魔法が効きづらいわ。相性が悪すぎる」
「わかった」
「クロはリーフと戦ってはだめ」
「何故でしょうか?」
「彼女は四傑の中で一番魔力量が高いから、必然的に魔力抵抗も高いの。あなたの即死攻撃に抵抗してくる可能性があるからよ」
「なるほど。把握しました」
風魔術師リーフ、歴代最年少で近衛クラスまで上り詰めた天才魔術師だったか。
あらゆる元素からは隔絶した闇魔法の魔力なら彼女の風魔法にも干渉可能だと思うけど、そういう問題じゃないんだろう。
まあそれ以前に四傑と戦うことすらいまだ確定したわけじゃないんだけど。
わたしがそんな風に状況を整理しつつ、闇魔法の魔導書を捲っていると。
「なあ、ステア」
「………?なに」
ルシアスがステアに緊張気味に話しかけていた。
「あー、その。さっきは断っちまったんだが、状況もやばそうだしよ。このままだと俺は足手まといだ。だから………」
「魔力の、感覚?」
「ああ」
「知りたいの?」
「そうだ」
「多分、すごく痛い」
「あ、ああ」
ルシアスが信じられないことをステアに頼んでいた。
なんと、魔法を使う時間を短縮するために再びステアの記憶注入を受けたいらしい。
「ルシアス、どえむ、なの?」
「ちげえよ!」
「ちょっと誰ですか、ステアに変な言葉教えたの」
オトハがそっと目を逸らした。
オウランが手に持っていた耐性魔法の魔導書でオトハをひっぱたく。
「姫さん、さっき言っただろ。ちょっと荒療治でも、それが最短ならやれって」
「言ったわね」
「正直、俺もやりたくねえけどよ。だが俺だけ魔法が使えないんじゃあ、こっからついていけなくなる。だからやることにした」
「………へぇ」
ノア様が感心したようにルシアスを見る。
わたしもちょっと見直した。
「意外です。あなたはノア様を倒すために力を欲しているんですから、帝国との戦争とかは興味がないものかと」
「そんなことはねえよ、帝国に負けたらこの場所も使えなくなるだろうし、姫さんも殺されるかもしれないんだろ?俺との再戦の前に、姫さんが死ぬのだけは我慢できねえからな」
なるほど。
「というわけでステア、頼めるか。お前がやってる魔力の使い方ってやつを、俺に注入してくれ」
「………」
ステアは少し考えた後、不意にノア様の方を向いた。
「お嬢、お嬢の記憶、ちょっと貸して」
「どうして?」
「私より、お嬢の方が、魔力の使い方、うまい」
「たしかにそうね。いいわよ、抵抗しないからコピーしなさい」
ステアはこくりと頷いてノア様に魔法をかけ、ノア様が魔法を使っている時の魔力の動きなどをコピーした。
「じゃあ、いくよ」
「お、おう!来いやあ!」
その後、痛みのあまり気絶したルシアスだったが。
目が覚めると、本当に低位であれば空間魔法を使えるようになったのだから、ステアは恐ろしい。