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幕間 ルシアスの回想

 うちの姫さんは、気分屋で面倒くさがりだ。

 出会ってからまだ二年も経ってねーが、痛いほどそれは実感してる。

 まず、俺に魔法を覚えさせた方法がおかしいよな。

 そりゃあ俺だって元傭兵って立場だし、戦場や魔物との戦いで死ぬほど痛い目にあったことはそこそこあったが、あの時ステアに記憶を注入された痛みは今でも忘れられねえ。

 俺が今まで生きてきたことをちょっと後悔しかけたほどの激痛だったな。脳みその中を棘付きの鞭でひっぱたかれまくったんじゃねえかと思った。

 そんな感じで目的のためには手段を選ばない姫さんだが、その姫さんは今、少数の傭兵と私兵、それに俺を含めた五人の側近と一緒に、帝国の連中にガンガン目を付けられてる状態だ。

 王国最強にして世界唯一の光魔術師ってんだから、そうなるのも当たり前っちゃ当たり前だろうな。


「ったく、あの人といると退屈しないねえ」

「ええい、さっさと行くぞ!」

「離しなさいなオウラン、ちょ、お嬢様ー!私と接吻をばー!」

「あん?」


 姫さんのいる天幕の方を振り向くと、同僚のオトハとオウランが何やらアホなことをしてた。

 大方、オトハがまた何か馬鹿を言ったんだろ。

 さすがにあの二人じゃあオウランの膂力に分があったみたいで、オトハはズルズルと引きずられてこっちに来た。


「お前ら何してんだよ」

「ルシアス、丁度良いところに!ちょっとお嬢様に私と唇を合わせる気があるかどうか聞いてきてくださらないかしら!」

「無理だろ」

「断言!?」

「で、オウラン。お前らどっか行くのか?」

「ああ、ちょっと正面から来ている陽動部隊の殲滅にね。すぐ戻ってくる」

「まあ、オトハがいりゃ楽勝だろ」

「そうそう、ノアマリー様があんたのこと呼んでたぞ」

「姫さんが?何の用かねえ」


 姫さんの呼び出しねえ、碌なことだといいんだが。

 オトハとオウランを見送ってから、俺は姫さんの天幕の中に入った。

 中には戦場のど真ん中にいるとは思えねえレベルで寛いでる、俺の主人の姿があった。


「早かったわね」

「何か用か、姫さん?」

「用ってほどでもないんだけどね。あなた以外に側近がいなくなったから、周囲の警戒と私の護衛を頑張ってってだけよ」

「ん?ステアとクロはどこに行ったんだ?」

「あの子たちは別動隊の殲滅に向かってもらったわ」

「おいおい、こっちに来るまで待ってやって一気に叩き潰す作戦じゃなかったのかよ。相変わらずの気分屋だなおい」


 だが、姫さんがそうした方がいいって思ったんなら、それが正しいんだろうな。

 生活能力が皆無で、日常生活のほとんどの場面でクロをこき使ってる姫さんだが、頭の回転と強さだけは本物だ。

 この俺が魅せられちまうほどにな。


「そうそう、新しくあげた武器は手になじむかしら?」

「ああ、この大剣か。控えめに言って最高だな。もう一本ほしいくらいだ」

「普通両手で使うものだから、二刀流なんて重量的に不可能なはずなんだけどねえ」

「俺は余裕だけどな」

「でしょうね。でも残念、それ以上のスペックの大剣は書庫の中にもないわ」

「そりゃ残念だ」


 まあ期待はしてなかった。

 この大剣すら、この世界にゃ国宝級の逸品だからな。


「ところでルシアス。気づいてるかしら?」

「ん?ああ、やっぱりそれについてか」

「ええ」


 剣についてもっと聞いてみようかと思ったが、姫さんはそれどころじゃなさそうだ。

 そりゃそうだろう、俺だって気づいてる。

 この天幕を、見張っている奴らがいる。

 空間把握に引っかかる限りじゃ、数は三人だな。


「目障りね。私、行動を監視されるとか大嫌いなの」

「あんたは自由奔放を擬人化したような人だからな、そうだろうよ」

「だからルシアス」

「おう」

「殺してきなさい」

「まかせな」


 姫さんは俺に期待を寄せてくれてる。

 自分を最強だと信じ込み、どこか増長していた俺を一蹴した、たった一人の女。

 いつか超える。だが今は、姫さんに期待されてるってのが、俺の原動力になってやがる。

 くそっ、オトハやクロみてえな狂信者じみた思考は持っていないはずなんだがな。


「おい、そこに隠れてる三人。出てこいよ」


 一応呼び掛けてみたが、返事は無い。


「んじゃあいっちょ、一人くらい殺して様子を見ますかね」


 俺はこの二年で得た新しい力を使うことにした。


「っしゃあ行くぜ、《部分転移(パーツテレポータル)》!」


 俺は勢いよく剣を振りかぶり、その場で素振りした。

 すると、俺の頭の上でスパンッて感じの音がして、全身真っ黒な服をまとった男の首が落ちてきた。

 続いて胴体がドサリと落ちてくる。


「おーい、その位置からなら二人とも見えてんだろ?こうなりたくなきゃさっさと出て来いよ」


『パーツテレポータル』は空間魔法の割と低位の魔法だ。

 だが俺のお気に入り。きっと今後も使うことになるだろうな。

 俺は手とか脚とか目とか、そういう体の部位だけを違う座標に移動させられる。

 今のは空間把握で奴の居場所を正確に掴み、俺の武器だけを一瞬だけ転移させた。

 つまりこの魔法がある限り、俺が振るった斬撃は、どこに繋がっているかわからねえ。

 遥か先で振ったはずの俺の剣が、実は自分の首を落としていたなんて考えてみりゃ、我ながらおっそろしい技だぜ。

 まあもっとも、有効範囲は半径十メートルくらいだけどな。

 とか俺が自分にちょっと酔いしれてると、残りの二人も出てきやがった。


「やっと出てきやがったか。待ちくたびれたじゃねえか」

「………ノアマリー・ティアライトの五人の側近の一人。『巨王』ルシアスか」

「なあ、そのあだ名誰が考えたんだ?俺は別にどう呼ばれようが構わねえが、『死神』なんて呼ばれてるうちの筆頭が死ぬほど恥ずかしそうにしてたからやめてやってくれよ」

「任務を遂行する」


 俺の言葉には耳も貸してくれねえのかい。

 二人の黒い影は一人が俺に向かってきて、もう一人が天幕の方に向かった。

 一人が俺を止めている間に、もう一人が姫さんを仕留める作戦か。

 自分の命を投げ打ってでも任務を優先するこの姿勢。

 まさかとは思うが、こいつら。


「チッ!」


 天幕に奴が短剣をぶっ刺すまで五秒もかからないだろうな。

 姫さんがあんな雑魚に殺されるとは絶対思えねえが、億が一もあり得る。

 三秒でこっちを仕留めて、一秒であっちを殺す!


「任務を遂行する」

「さっきも聞いたよそのセリフはよっ!」


 空間魔法の存在を知らない帝国の人間だが、俺が遠距離攻撃をできることは察知したらしい。

 奴はジグザグに動き、俺を攪乱しようとした。

 そして実際、正しい行動ではある。

 俺の空間魔法はまだまだ未熟で、座標を設定するのに、たとえ視界内でも僅かに時間を要する。

 だから俺に転移の座標をセットさせないように立ち回るのは間違っちゃいねえ。

 ただ、唯一こいつの誤算があった。


「おせえよ」

「………!?」


 俺は空間魔法を使わずとも、シンプルに速えんだよ。

 一瞬で黒装束との間合いを詰め、奴が反応するより早く首を撥ねた。

 さて、残るはあっちだが。


「おるあああ!!」


 俺は力任せに、手に持っていた大剣を奴に向かってぶん投げた。

 外しそうになる―――が、空間魔法でちょちょいと軌道を操ってやれば、真っ直ぐに狙った場所に進んでいく。


「がっ………!」

「おっし、命中」


 勢いづいた剣は、寸分違わず残った一人の心臓を穿った。

 さすがにあのデカさの穴を体にあけられりゃ、執念深さで有名なコイツらでも動けねえだろ。


「魔法の腕は側近の中で最下位だけどな。物理なら最強なんだわ、俺」


 そう自慢してみたが、既にどっちもこと切れていた。

 俺は大剣を心臓部から引き抜き、勢いよく剣を振って血を払う。


「なんか敵の手がかりになりそうなもんはっと。………そりゃねえわな」


 二人とも身ぐるみを剥がしてみたが、目ぼしいものはなんも無かった。

 ただ、首の付け根に彫られた、木の枝に掴まる爬虫類を模した刺青。

 この動物はそのままこいつらの組織名にもなってんだよな。


「ガチで『カメレオン』まで動いてんのかよ。あちらさんも本気で姫さんを殺る気なんだな」


 帝国最大戦力の『皇衛四傑』に次いで恐れられる、帝国最悪の隠密部隊『カメレオン』。

 こいつらは下っ端だろうが、それでもなかなかの練度だった。

 やっぱ侮れねえな。


「とりあえず戻るか。姫さんに報告して、今後の作戦に支障がねえか色々考えてもらわなきゃな」


 俺は二人の死体を念のために出来るだけ天幕から離してから、姫さんの待つ天幕へと戻った。


「あら、おかえりなさいルシアス」

「ん、おかえり」

「あなたが持ち場を離れているので何事かと思いましたが、心配なさそうですね」


 いつの間にかステアとクロは戻ってて、何故か三人でジェンガに興じてやがった。

 ここ戦場のど真ん中だっつの。

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