第82話 ハルの過去
馬車はエードラム王国のティアライト領に向かって順調に進んでいる。
馬車の中では暇なので、わたしたちのこれまでの話をルシアスに聞かせることにした。
「光魔法の姫さんに、闇魔法、精神魔法、耐性魔法、毒劇魔法ねぇ。そんで姫さんは千年前のとんでもない魔女の生まれ変わりで?クロは異世界からの転生者?随分とまあ色々と詰め込まれて、頭が渋滞引き起こしそうだ」
「信じられないかしら?」
「ここまでぶっ飛んだ話聞かされると、逆に本当なんだなって思っちまうよ。クロの異世界の話はともかく、あんたの転生ってのはこいつらが未知の魔法を使えてるのにも辻褄合うしな」
ルシアスは頭を押さえながらそう言う。
たしかに、異世界から来たなんて話をにわかに信じることはできないかもしれない。
魔法が存在するこの世界にも、異世界と繋がる魔法なんてものは存在しないのだから。
「それで姫さん、俺の使える魔法ってのはどんなのなんだ?」
「それは着いてからのお楽しみってことにしましょう。こんなところで言ってもつまらないわ」
「俺は早く知りたいんだけどなあ」
「ところでルシアス、聞きたいことがあったんですけど」
「ん?なんだクロ」
「あなたの身体能力、とてもじゃありませんが人間に出せる限界を超えているような気がするんですが。どういうからくりなんですか?」
「ああ、それな」
ずっと気になっていた。
今更かもしれないが、魔法を使えない人間がクライマックス・ベアを絶命寸前まで追い込むなんて、はっきり言って常軌を逸している。
「別になんていうことはねえよ。俺は常人と比べて体のつくりがちょっとおかしいってだけだ」
「おかしい?」
「一昨日にも言ったでしょうクロ。超人体質よ」
「そういえばルシアスとノア様が戦っている時にそんなことを言っていたような」
「千年前にも一度だけ見たことがあったんだけどね。まあ要は細胞の突然変異で、筋肉の質量密度が常人と比べて数倍高いのよ。それを支えるために骨なんかも丈夫になっていって、結果的に魔法を使えなくても物理だけで希少魔術師をねじ伏せられるレベルの超人が生まれるってわけ」
「つまりこの平均的な男性の体つきをしているルシアスも、実際はボディービルダーよりもすごい筋肉がついてるってことですか」
「ボディービルダーってのが何かは知らないけど、たぶんそういうことね」
ルシアスの腕をペチペチと叩いてみた。
とてもそんなすごいものには見えないが、十数メートルの巨体を軽々と吹っ飛ばし、クライマックス・ベアの分厚い毛皮を切り裂く膂力があるのはこの目で確認済みだ。
「身体強化魔法とか言われた方がまだ納得がいく強さですよ」
「おっ、もしかして俺の魔法ってそうなのか?」
「違うわよ。そもそも身体強化魔法の使い手は見たことないし」
「あるにはあるんですね」
「まあね。希少魔法は確認されているだけでも百近くあるし。その内私が見たことがあるのは三十くらいかしら」
「お嬢様でもその程度ですの?全部見たことがある、とか言うと思ってましたわ」
「そんなわけないでしょう、千年前は希少魔術師が今ほど少なくなかったとはいえ、それでも数万人に一人の割合だったのよ?私はかつて希少魔術師の国を作ったけど、それにしたって希少魔術師は三十七人しかいなかったわよ」
「いえ、十分だと思いますけど………」
「その十分だったはずの兵をルーチェに蹴散らされて、私も敗けて逃げる羽目になって………ああもう、思い出したら腹立ってきたわあの女!」
顔をしかめて悪態をつくノア様をなだめる。
「しかし、そのルーチェという光魔術師、とんでもないですね。希少魔術師を何十人と相手して最後には一国を一人で攻め落とすなんて」
「まあ、魔力量は当時の私とほぼ互角だったし、全魔法最速の光魔法を使いこなしてたから、ほとんど不意打ちでやられちゃったのよね。仕方ないから私が応戦したんだけど」
「敗けちゃった?」
「そうよ敗けたわよ。七日七晩戦い続けて、最後の一撃でお腹を抉られたあの時の屈辱は今でも忘れられないわ。それまで一度も敗けたことなんてなかったのに!」
「落ち着いてください。というかそもそも、なんでルーチェは一人で攻めるなんてことをしたんですか?ノア様、余程のことをしたのでは?」
「ああ、それね」
ノア様はひとしきり悔しがってから水筒に注いだお茶を飲み、
「あいつ、私のこと好きだったのよ」
「はあ?」
「言ってなかったかしら。私とルーチェって幼馴染だったの。ルーチェがまだハルだった時代の私が生まれた国の王女様で、私が没落寸前の下級貴族の娘だった」
没落寸前の下級貴族の娘と王女様が何故?
「当時の私が七歳だった頃に、近くに視察に来ていたルーチェが私を見つけてね。黒髪の闇魔術師に目を付けて、家を立て直しするのを条件に私を自分の部下にしたの」
「え、じゃあお嬢様、元々はルーチェの配下だったんですの!?」
「そうよ。まあ歳も同い年だったし、彼女自身が望んでいたこともあって、その時は一緒に遊んだり砕けた口調でしゃべったり、普通の親友って感じだったわ。
だけど、ルーチェが私を見る目がだんだん変わってきたのよ。そりゃもう、身の危険を感じるほどに」
いつの間にか全員かぶりつきで聞いている中、ノア様はどうでもいいことのように話を続けていく。
「で、十五歳の時、いきなりルーチェが『ハルと結婚します』とか言い出したの」
「お、おお………積極的ですね」
「もちろん父親である国王やその他の親族は大反対よ。終いにはルーチェのおかげで持ち直した私の家が潰されて、一家処刑されちゃった」
「なんっ………!?」
「嘘でしょう!?」
「本当よ。まあぶっちゃけ、娘の給料に寄生しているような一家だったから特に悲しくなかったんだけど。問題はその後」
「その後?」
「しびれを切らしたルーチェが、一家全員皆殺しにして女王になっちゃった」
「「「はいい!?」」」
どういうこと!?
「ルーチェは物腰こそ柔らかかったけど、目的のためには手段を選ばないタイプのクレイジー女だったのよね。女王になれば何のしがらみも無く私と結婚できると思ったらしくて、殺ってしまったみたい。さすがに身の危険を感じて逃げたんだけど、王国からいろんな刺客が差し向けられて、あの時は本当に苦労したわ」
「よ、よく逃げる気になりましたね、そんなクレイジーな人から………」
「『ワタシは一生かけてハルちゃんを愛します。手始めにこれを付けてください♡』って言われて笑顔で首輪と手錠を取り出されたらそりゃ逃げるわよ」
「こわっ!?」
「不幸中の幸いだったのは、当時は闇魔法の希少性が知られていたからどこの国でも亡命できたことね。でもそれでもルーチェは追ってきた。もうムカついたから亡命先の国で戦争を煽ってルーチェの王国を滅ぼしたんだけど、彼女は逃げのびて行方が分からなくなって。仕方がないから私は亡命先の国を乗っ取って、希少魔術師を各地から集め、そこを自分の国にしたわ。いつルーチェが来てもいいようにね」
「あ、安全のために国を乗っ取るまでやったんですか」
「なまじルーチェ自身が普通に最強だったから、それくらいしないとダメだったのよ。それでいろんな国に戦争仕掛けて、勝って、併合していって。そしたら色々人が集まってきて、『あれ?私ってもしかしてすごい?』って思っちゃって。どうせならここから世界を手中に収めてみるのも悪くないかな、と思ってね」
つまり、別にノア様―――いやハルは、最初から世界征服を目論んだのではなく。
ルーチェから身を守るために国を作り、防衛を固めてたらいつの間にか最強の国が出来ていたのか。
「でも、滅ぼされたんですね………」
「目の前に来られた時はさすがに背筋が凍ったわ。正直、転生して一番最初に思ったのは『やっとあの女がいなくなった』だったわよ」
「怖すぎる」
「私以上のサディストでしかもヤンデレ。オトハの方が数倍マトモに思えるレベルのヤバイ女だったわよ」
「自分でいうのもなんですけど、私ですらドン引きですわ」
クレイジーサイコレズという言葉が脳裏に浮かび、必死に頭から振り払った。
壮絶なノア様の話を聞いている間も、馬車は進んでいる。
王国の国境まで、もうすぐだ。