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第81話 帰宅準備

「ノア様、お忘れ物はございませんか?」

「無いわよ、心配しすぎよあなたは」

「そうですか。じゃあベッドの上に放ってあるあの服は要らないものなんですね」

「………気づいてるなら最初から言いなさい」


 ノア様の一方的な勝利に終わったルシアスとの決闘から二日経ち、わたしたちは荷造りをしていた。

 長い滞在の弊害でついつい(主にノア様が)汚してしまった部屋を掃除して、完璧にきれいな状態に戻す。


「別に汚したままでもよかったんですけどね~、ワタシたちが片づけますのに」

「そうはいきませんルクシア様、うちのだらしない主があの綺麗だった部屋を汚部屋にして帰ったとなれば、双方にデメリットしかありませんので」

「聞こえてるわよクロ、誰がだらしない主よ」

「言われたくないのならば生活態度をもう少し改めてください」

「絶対にイヤ」

「ふふふっ」

「ルクシア様、笑い事じゃないです」


 とてもじゃないが、この御方があの凛々しくて強く、最強クラスの傭兵を一蹴した天才魔術師と同一人物とは思えない。


「ほら、行きますよ」

「二日前の疲れが取れないわ、おんぶして」

「余裕綽々で勝っておいて何を言いますか」


 ノア様は芋虫のようにベッドでもぞもぞと動き、やがて諦めたように立ち上がった。


「あなたたちにはあれが余裕に見えたかもしれないけど、結構ギリギリの勝負だったのよ。本当に早かったし、私の動体視力が劣っていれば間違いなく数発当たってたわ。そうなれば私が負けてたわよ」

「なるほど。それは失言をお詫びいたします」

「ふっ、分かればいいのよ」

「しかしそのうえでお言葉を返させていただくなら、傷も疲れも痛みも、病気じゃなければ治癒できるノア様が何故疲れが溜まるんですか?」

「………ちっ」


 舌打ちしおった。

 そんな言葉でごまかされるとでも思っていたのだろうか、自分の従者を舐めないでほしい。

 今ので騙されるのなんて、ノア様全肯定ガチ勢のオトハだけだ。


「寝ぼけたこと言ってないで早く行きますよ、荷物はすでに積んでありますから」

「はいはい、わかったわよ」


 だるそうなノア様の手を引きつつ、玄関に向かう。

 そこにはすでに馬車が止まっていて、オトハとオウラン、ステアはもういつでも出発できる体制。

 そしてもう一人。


「おーう、クロに姫さん!早くしろよ!」


 二日前にノア様に惨敗し、その軍門に下った男。


「ルシアス、あなたそんな軽装でいいんですか?武器しかないじゃないですか」

「いいんだよ、どうせ色々と中にあるんだろ?」

「まあありますけど」


 オレンジ色の髪を持った近接戦の天才、ルシアス。

 あの後、ノア様に傷を治してもらったこの男はすぐにノア様に頭を下げた。


『俺の負けだ、自分の弱さを痛感したぜ。だがこのままでいるつもりはねえ。俺には魔法の才能があるって言ったよな?だったらそれを教えてくれ。いつかあんたを超える日まで、俺はあんたの武器になってやる』


 聞くだけなら随分と身勝手なその宣言を、ノア様は何を気に入ったのか声をあげて笑いながら了承した。

 ノア様の五人目の従者。魔法がなくても魔術師より強い怪物。

 既にわたしたちを超えているかもしれない男が、魔法を覚えたら。

 それでもノア様は、ルシアスに勝てるのだろうか。


「ルシアス、言っておきますけどむやみやたらにノア様に試合吹っ掛けるような真似は許しませんからね」

「分かってるよ。姫さんとの戦いもいいが、それ以上にあの人が世界を統べる様を見たいってのも本音なんだぜ。姫さんが世界の女王に昇格した辺りで、もう一度挑んでみるつもりだよ」

「ずっと気になってたんですが、なんですか姫さんって」

「あん?逆に聞くが、俺が『お嬢様』とか呼ぶ柄だと思うか?」

「思いませんけど」

「だからだよ」


 なるほど。

 わからん。


「はあ、また問題児っぽいのが増えた………。まあそこそこマトモな感性を持っているだけ、オトハよりはましでしょうか」

「聞こえていますわよ!」

「諦めろ、オトハ、お前は問題児だ」

「ん、手遅れ」

「ステア、手遅れはやめませんこと!?」

「はっはっは!やっぱ面白いなお前ら!」

「笑ってないでさっさとあなたも馬車に乗ってください」


 ルシアスを馬車に押し込み、荷を確認し、御者さんに異常がないか確認して、すべて完璧になったところでノア様に声をかける。


「ノア様、そろそろ行きますよ!」

「はいはい、わかったわ。じゃあルクシア、そろそろ………。あの、ちょっと、手を離してくれないかしら?」

「いえいえ、お構いなく~」

「構うわよ、ちょ、握力強いわね!ルシアス、手伝いなさい!」

「あいよー」


 ルシアスが想像以上にノア様が帰るのを寂しく思っていたらしいルクシアさんの手をひっぺはがした。


「ううっ、寂しいです………」

「変なところで強情な人ね。仮にとはいえ私の許嫁なんだから、もっとシャキッとしなさい。今度はあなたたちが遊びに来なさいな」

「………ふふっ。はい、そうします」

「仕方ないから手紙も書いてあげるわ。クロが」


 おい。


「じゃあ、私もいっぱい送りますね!」

「ええ。じゃあ、また会いましょう」

「はい!」


 いいのかそれで。


「そろそろ出ないと目標の場所まで行けないので、本当にもう出発しますよノア様」

「ええ。じゃあ行きましょうか」

「エードラム王国かあ。行ったことなかったなそういや」

「ここよりは酷い国です」

「マジかよ」


 ルシアスが再び馬車に乗り、ノア様が乗った後でわたしも乗車した。

 そして御者に合図を送り、馬車が発車する。

 窓の外には、一生懸命に手を振るルクシアさんの姿があった。


「ふふっ、ルクシアとなら本当に結婚することになってもいいかもしれないわね」

「んなああっ!?お嬢様、騙されてはいけませんわ!あの女、どこか危険な雰囲気を感じましたわよっ!」

「どういう根拠でだよ」

「女の勘ですわ!」

「じゃあわたしとノア様とステアが気づかないのはおかしいでしょう」


 相変わらず馬鹿なことを大声で言いだすオトハを諌め、わたしは窓の外を眺めた。

 傭兵組合の前を通ると、ルシアスのことを教えてくれたローガーと思しき男が通るのが見えた。


「そういえばクロ、あなた例の傭兵たちにトドメ刺してこなくてよかったの?」

「いえ、だからわたしは彼らをそこまで恨んでませんから」

「今からでも私が殺してきましょうか?」

「やめてください。そもそも嫌な思い出であることには変わりないので、もう会いたくないっていうのが本音です。帰るからって挨拶するような間柄じゃありませんよ」

「まあ、そうでしょうね」

「ん?何の話だ?」


 唯一話が分からないルシアスに、わたしは事の顛末をかいつまんで語った。


「はーん、ローガーの仲間連中はそんなことやらかしてたのかよ。まあ過ぎたことだし、本人が気にしてないっていうならいいじゃねえか」


 やはりこの男、大まかな性格は意外とマトモなようだ。


「そういえばルシアス、あなたは傭兵組合に挨拶などしてこなくてよかったんですか」

「ああ、俺はソロだったし、何より街の英雄だからな。いなくなると知られりゃ、必死に止められるだろ。それじゃあ姫さんにも迷惑がかかるかと思って、黙ってきた」


 街の英雄とか自分でいうのはともかく、ちゃんと先を見据えることが出来るところには好感が持てる。


「ということは、誰もこの街に憂いは無いようですね」

「ええ。早く帰りましょう、ルシアスに魔法を覚えさせないと」

「勉強は苦手なんだがなあ。ま、やれるだけやってみるさ」


 わたしたちの馬車はクアドラブルの街を抜け、エードラム王国の国境へと進んでいった。

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