第79話 一騎打ち
「彼が、ルシアスかしら?」
「はい、見つけてきました」
「すごく強いって話だったけど、あなたの目から見てどう?」
「想像以上です。身体能力だけなら人類最高峰かと」
「へえ」
目を向けられたルシアスは、軽い脚運びでノア様のものを踏まないようにこちらに近づいてきた。
「お初にお目にかかります、ノアマリー・ティアライト様。自分は」
「あ、堅苦しくしなくていいわよ。そうやって行儀良くされて、話をまかれても嫌だわ」
「いえ、しかし」
「身分の違いなんか関係ないわ。どうせ人間なんて死ねば同じ死体じゃない」
「ノア様、その言い分はどうかと」
「………まあ、いいっていうなら言葉は崩すけどよ。それで?そこの毒娘と黒髪ちゃんが言うには、俺をスカウトしたいんだっけ?」
「ちょっと、毒娘って言い方辞めてもらえます?私に何か危ないところがあるみたいではないですか」
「自覚がない異常者が一番やばいっていうよな」
「危険の擬人化みたいな変態がなに言ってるんですか」
「胸を張りなさい、あなたは立派なポンコツよ」
「ん、オトハは変人」
「私をズタズタにしてそんなに楽しいですか!?」
涙目のオトハが抗議してくるが、努めて無視する。
「ノアさん使用人たちを連れてきました~」
「丁度良かったわルクシア、オトハを早くお風呂まで連れていってちょうだい。クロ、あなたは?」
「わたしは昨日シャワーを浴びたので」
「そう。じゃあオトハだけで、よろしく」
「じゃあよろしくお願いしますね」
「「「はっ!」」」
「イヤですわ、私はもっとお嬢様と………お嬢様ああああ!!」
オトハがルクシアさんたちに捕縛されて風呂まで連行されていき、ノア様がルシアスに向き直る。
「あいつはいつもあんな感じなのか?」
「あれでも大分マシな方ね、疲れてるみたい」
「酷い時はノア様をホテルに連れ込もうとしてましたね」
「それは従者として大丈夫なのか?」
「まあ、慣れればあれはあれで可愛げがあるわよ。いじめ甲斐があるしね」
「今の、オトハの前で言っちゃだめですよ。死にかねません」
「そうね。で、本題に戻りましょうか」
ノア様はわたしがパパっと入れた紅茶を受け取って啜りながら、ルシアスをまじまじと見つめた。
「オレンジ色の髪、それに鍛え抜かれた身体、一国で最強と呼ばれるほどの戦闘センス。文句なしで私の従者にふさわしいわ」
「おいおい、勝手な言い方だな。俺はまだ頷いてないんだぜ?」
「あらごめんなさい。ただ、私に見つかったからには是が非でも私のものになってもらうわよ」
「強欲だな」
「私にとってそれは誉め言葉ね」
ルシアスはノア様の言い分を聞いて、ガシガシと頭を掻く。
「あんたからは、ここのお嬢様とあった時にも感じた妙な引力を感じる。正直に言えば、それはあんたの配下に入ってもいいんじゃないかと思えるほどのもんだ。生まれるべくして生まれた絶対の存在って感じだな」
「それを感じられるのは、あなたがその特殊な髪色を持って生まれたからよ。道すがらクロから聞いたかもしれないけど、劣等髪と揶揄される者たちは、魔法を使えないわけじゃない。
希少魔法と呼ばれる特殊な魔法を扱えるのに、その使い方を知らないから魔法が使えないだけ。そして私は、そういった子たちを惹きつける体質を持ってる」
「そうみたいだな。見ればわかるぜ、ここにいる連中が、あんたのためなら命すら投げうちそうな奴らだってことはな」
わたしをちらりと見てからルシアスはそう言い、ノア様は心底楽しそうな笑顔でそれに応対している。
「じゃあ、あなたもそうなるかしら?」
「いや、悪いが俺は自由が好きなんだ。いかにあんたがすげぇカリスマを持ってても、俺は今の人生に満足してる。今更生き方を変えようとは思わねえよ」
「あらあら、困ったわねぇ」
………?
ノア様、断られたというのになんでこんなに楽しそうなんだろう?
「だが、俺は昔から決めてたことがあるんだ」
「なにかしら?」
「もし、俺の力を欲したやつがいた場合―――」
「いた場合?」
「そいつが俺より強ければ、そいつに仕えてもいいってな」
「んなっ………!」
「道すがらでそこのクロってやつに聞いたぜ。ノアマリー・ティアライト、あんた強いんだろ。世界唯一の光魔術師、世界最強の魔法の使い手。あんたが俺に勝てるほどに強いなら、俺はあんたに忠を尽くそう」
「お、おい何勝手なこと言ってるんだ!」
オウランの言う通りだ、なんてこと提案してるんだこの男。
「俺と一騎打ちしてくれよ。俺が勝ったら、俺のことは諦めてくれ」
「ちょっ、ならせめてわたしが相手しますから」
「ダメだ。部下じゃ主人の強さは図れない。俺を従えようって言うなら、俺に圧倒的な強さを見せてくれるくらいしてもらわないとな」
ルシアスは獰猛な笑みを隠そうともせずに浮かべ、ノア様もまた、不敵な笑みを絶やさない。
「ノア様、そんな面倒なことしませんよね?彼は他の方法で説得を」
「いいわよ」
「よっしゃ」
「うっそだろ!?」
「………お嬢が、働くの?」
「あの怠惰を絵にかいたようなノア様が………って問題はそこじゃありませんステア!正気ですかノア様、何故ご自身で挑む必要が」
「だって彼が私をご指名なんだもの。私が勝てば私のものになってくれるなら、そんなに簡単なことないでしょう?」
「いや、確かにノア様が負けるとは思いませんが、ルシアスも相当の強者です!あなたに傷一つでもついたら我々はっ」
「あらクロ」
まるでこうなることを予測していたかのようにとんとん拍子で話を進めていくノア様は、その笑顔を私に向けて。
「この私が、かすり傷すら負うと思う?」
「―――っ!」
「主人を信用できないの?この私を誰だと思っているのかしら?」
そうだ、この人は。
千年前、世界をその手中に収めかけたほどの才能と頭脳を併せ持った天才魔術師、黒染の魔女ハルの生まれ変わり。
わたしなど、足元にも及ばない経験と戦争を味わってきた、最強の魔術師だ。
「―――不敬な言葉でした。お許しください」
「分かればいいのよ。じゃあクロ、庭を荒らしちゃったら一緒にルクシアに怒られてちょうだいね?」
「かしこまりました」
「お、おいクロさん、まさかやらせるつもりか!?」
「ええ。すべてはノア様のご意向のままに、です。ノア様が戦うと望むのであれば、わたしは最大限のサポートをするまで」
「ぐっ、普段はマトモだから、この人がオトハ以上のノアマリー様絶対至上主義なことを忘れてた!なあステア、お前はどうだ?主人が傷つくのなんて見たくないだろ!?」
「………?何言ってるの、オウラン」
「へ?」
「お嬢が負けるなんて、ありえない」
まだ何か言いたそうなオウランだったが、やがて諦めたようにため息をついた。
「こっちの子たちも全員同意してくれたみたいだし、早速始めましょうか?」
「今からでいいのか?」
「ええ。ルールはそうねえ。過度な傷害行為は禁止、勿論相手を殺すのもダメ。それ以外はなんでもあり。相手に負けを認めさせるのが勝利条件ってところでどう?」
「それでいい。じゃあ行くか」
ルシアスは部屋の窓から飛び降り、下の庭に着地した。
ノア様もそれに続き、仕方がないのでわたしたちも後を追う。
「ノア様、いくらなんでもはしたなすぎです。貴族としての自覚くらい持ってください」
「いいのよ、どうせ近い将来には私がやることが貴族の振る舞いになるんだから」
暗に『自分が王になる』と宣言したノア様は、しかし一切油断がない目つきでルシアスを見据えた。