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第75話 ルシアス

「オレンジの髪、あの巨大な武器、クライマックス・ベアを一瞬で倒すその強さ。間違いなさそうですね、まさかこんなに早く見つかるとは」

「え、あの方ですの?あれが人間って信じたくないのですが」


 わたしもそうだが、オレンジ色の髪なんてそうそういないし確定だろう。

 あの男こそが、わたしたちが探し出したかった男。

 劣等髪でありながらもその類い稀な身体能力で、共和国連邦最強の傭兵と呼ばれるまでになった男。


「ルシアス」


 その実力は今、目の前で見せてもらった。

 二十メートル近い巨体を持つあの熊を、たったの二撃。

 わたしとオトハが組んでようやく五分の勝負ができる、というほどの強さを持つこの魔物をだ。

 左腕に違和感を感じてちらりと見ると、故意かどうかはわからないが、オトハがわたしの服の袖を握っていた。

 いくら百合系変態おませ娘といえど、この子はまだ十三歳だ。

 未知の強者に本能的におびえてしまうのは当然だろう。

 ただ、その縋られているわたしも、前世があるとはいえこの世界での年齢はまだ十四歳、少し身震いするのは否めない。

 そうしている間にも彼はこちらに歩を進めてきて、あと数メートルというところで止まった。


「あなたが、ルシアスですか?」

「ああ、そうだ」


 身長は百八十前後。体つきは平凡で、あのムキムキが多い傭兵とは思えない。

 しかし、所々破れている服から見えている体からは、鍛えていることがうかがえる。

 ぼさぼさとまではいわないがセットしてもいなさそうなオレンジ色の髪が存在感を強調する。

 その男は、持っていた巨大な斧を地面に突き刺し、両手を頭に回す。

 そして。


「えっ、まさか俺のファン?」


 ………。


「いえ、そういうわけではないんですが」

「参ったな、二人同時なんて困っちまうよ。まあ確かに?俺は結構優良物件だと思うけど?でもごめんな、俺は今は女の子の相手をしてる余裕がないんだ。そうだ、サインなら書いてあげられるけど色紙とか」

「話聞いてないですね」

「なんで私たちがフラれた感じになってるんですの?何故かすさまじくむかつきますわ」


 オトハの手に力が籠められ痛い痛い痛い!

 わたしは必死にオトハの手を振りほどき、患部をさすりながらルシアスに話しかけた。


「そうじゃありません、ルシアスさん。あなたにお話があってきました」

「お話ねえ。お嬢さんたちは十四歳とかそこらか?まだ子供だな、あと二年したらもう一度来てくれ」

「違いますそういう話じゃないですふざけたことぬかし続けてるとそろそろ初対面でもはっ倒しますよ」


 なんだこいつは、高校生くらいの年齢特有の「俺イケてるだろ」みたいな雰囲気だして。


「わたしはクロ、そっちがオトハです。我々はエードラム王国の伯爵令嬢、ノアマリー・ティアライト様の直属の従者。今回は貴方に、折り入ってお願いがあってきました」


 さすがに貴族の使いだと聞いたからか、ルシアスも顔を引き締めた。


「ティアライト家、ねえ。噂には聞いてるぜ、たしか劣等髪をコレクションするのが好きな、変人なお嬢様がいる家だな。しかもその劣等髪は未知の魔法を操り、並みの魔術師じゃ手に負えないバケモン揃いだって話だったか。なるほど、俺のところに来た理由がなんとなくわかった」


 やはりわたしたちの話は、少なくとも傭兵の間では噂になっていたようだ。


「理解が早くて何よりです。我々は貴方をスカウトに来ました」

「なるほどな。まあ詳しい話はあとにしよう。今はまず―――」


 ルシアスはそこで言葉をいったん切り、真剣なまなざしで後ろを向く。

 そこにはさっき、ルシアスが倒したはずのクライマックス・ベアが―――、


「こいつにとどめ刺さなくちゃな」

「グルルルゥ………」

「え?」

「ま、まさかまだ生きてますの!?」

「クライマックス・ベアは脳に損傷を受けても、体に巡る魔力で思考能力を補い、魔力が尽きるまではしばらく行動できる魔物だ。あの程度じゃ死なねえよ」


 起き上がった熊は、その赤い目をはっきりとルシアスに見据えている。


「観念したみたいだな。ここまで追っかけて来た甲斐があったってもんだぜ」

「なるほど。あなたがスイッタの街を出てもクアドラブルに戻ってこなかったのは、クライマックス・ベアの討伐のためですか」

「おう、どうしてもあいつの胆が必要でな。頑張ってここまで追い詰めたんだが、三日三晩かかった」


 ルシアスは成し遂げたような顔でそんなことを―――。

 ん?


「すみません、もしかして数日前からずっとこの熊と戦ってたんですか?」

「そりゃそうだろ、そうやって体力を消耗させてきたからこそ、さっき脳天にようやく一撃を加えられたんだ」


 よく見れば、あっちの熊もルシアス同様体のあちこちに生傷がある。


「この熊、どこにいたんですか?」

「もう山の奥も奥で、マーダービーの巣を蜂蜜ごとバクバク食ってた」

「そこから三日三晩の戦闘を?」

「それがな、途中から俺に勝てないって悟ったのか、逃げ一辺倒になっちまってな。歩幅広いから無駄に速くて、ここまで捕まえるのに苦労したぜ、いやー長かった」

「………つまり、街にこの熊が出てきたの、あなたのせいですの?」

「ん?………お、本当だ!街まで戻ってきてる!いやー、帰るの面倒だったからラッキーへぶっ!?」


 わたしとオトハは無言でルシアスを蹴り飛ばした。


「さ、帰りましょうかクロさん」

「ルシアスさんは死んでましたとノア様には伝えましょう」

「おい、なにすんだっ!」


 クライマックス・ベアなんて超大物が街に接近したことによって、現在街はもぬけの殻だ。

 その間、あの街で行われているあらゆる仕事がストップしている。

 そんな迷惑かけたこの男が何の罰も受けないなんて割に合わない。

 熊に食べられるくらいやってもらわなければ。


「グルルルル!!」

「うおおお!?」


 クライマックス・ベアがその樹齢数百年の大木のような両手を、地面に向かって振り下ろした。


「っと、あぶ、なあっ!」


 しかし、何とルシアスはそれを意地と根気の全回避。

 衝撃波によるダメージまで織り込んだ完璧な動きで、回避中に体勢を立て直してまで見せた。


「あの方、本当に人間ですの?」

「人間として極限に近いレベルであることは確かですね」


 とりあえず、街の危機を誘い寄せたことに関してはあの命の危険で帳尻を合わせたことにしておこう。


「オトハ、あの傷口から毒を打ち込めますか?」

「完全にあの男しか見ていないようですので、いくらでも打ち込めると思いますわ」

「じゃあ可能な限り強力なのをお願いします」


 ルシアスがヘイトを受けているおかげで、こっちがやりやすい。

 オトハがピンポイントでルシアスが付けた傷口に強毒を発射し、それが熊に吸収されていく。

 この巨体だ、毒が効くのは時間がかかるが、そうして寿命を縮めてくれれば十分。


「クロさん、終わりましたわ!」

「《強制経年劣化(マイナスライフ)》」


 オトハの作業が終わった瞬間、わたしは寿命を急速に劣化させる闇魔法を発動。

 《(デス)》は瞬時に寿命を消し去る魔法だが、効果が成功か失敗かしかないため、こういう有り得ないくらい生命力が強い生物には効果が薄い。

 だから、少しずつ削れるこっちの魔法にした。

 クライマックス・ベアは一秒もしないうちに残りの寿命を消し去られ、その瞳の目の色を失った。


「なんっ!?」


 そのまま熊は前のめりになって倒れた。


「「あっ」」


 ルシアスを下敷きにして。

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