第72話 オトハの能力
ガシャンガシャンと音を立てながら、アンデッドたちはオトハの方に向かっていく。
生者に嫉妬することで知られ、人間程度の大きさの生物には見境なく襲い掛かることで有名なアンデッド系の魔物。
オトハのような強い生命力がありそうな人間に寄るのは必然か。
「ていうか!どうしてクロさんの方にはいかないんですのよおおおお!!」
「わたし、自分の生体反応を消してるんで」
「わたしにもやってくださいなそれ!」
「無理です、わたしの闇魔法は自己以外のものは消すと二度と元に戻らないですから」
泣きながらオトハが訴えかけてくるが、こればかりはどうしようもない。
「もういやああああ!!《強溶解液》!《波状の激毒》!!」
ふむ、しかし叫びながらも的確に魔法を使っている。
オトハの今現在で最も強力な技は、割とシンプル。針の先に付けるだけで致死量になるレベルの猛毒を僅かに生成し、それを限界まで細長くして射出する。
体のどこに当たっても、血管から毒が侵入して即死する。
しかし今この状況では。
「死んでいるアンデッドには、摂取型の毒は通じませんからね。溶解液を使って溶かし殺すという判断がちゃんとできています」
「冷静な分析をしていないで助けてくれませんの!?」
そんなことを言われても。
「クロさんの最強魔法《死》は使えないかもしれませんが!闇魔法は『消去』と『歪み』が真骨頂なのですから、出来ることはあるでしょう!?」
「まあそうなんですが。寿命のような概念を消すならともかく、物質を消すって結構魔力がいるんですよ。この山を越えた先にはまた違う魔物が出ますし、魔力は温存しておきたいんですよね」
「この間、土砂崩れの土砂を全部片づけてたじゃありませんの!」
「あれは味方がたくさんいましたし、魔力も相当使いましたし、何より最低限の土砂しか消さなかったからできた芸当です。
というわけで、わたしの分も頑張ってくださいオトハ」
「いやあああああ!!」
その後、オトハは魔法を撃ち続けた。
アンデッド特有の臭いと、深夜の今見たら並の人間は顔とパンツをびしょびしょにしながら逃げ惑うであろう状況を、辛うじて顔をびしょびしょにするだけにとどめ、必死に魔力を節約しつつ、ゾンビやスケルトンを溶かし続けた。
普通のファンタジーだったら、ここは神官とかが『ターンアンデッド!』とか言って浄化する所なんだろうけど、生憎この世界には光魔法以外にはそんな便利なものないので、容赦なくドロドロに溶かした。
「お嬢様、助けてえええええ!!」
哀れな少女が、ついに自分の愛する主人にすら助けを請い始めた頃。
周辺に見えるアンデッドの量が、目に見えて減り始めた。
「オトハ、もう少しです!頑張ってください!」
「うっさいですわ、ええい離れなさいこの人肉&人骨ども!全員埋葬して差し上げますわ、火葬じゃなくて申し訳ございませんわねええ!!」
とうとうオトハがブチ切れ、辺りを蹂躙し始め。
戦闘開始から一時間ほどで、辺りから何も姿を現さなくなった。
周囲は物が解けるジュクジュクという音と、吐きそうになる異臭が立ち込めていた。
「オロロロロロ」
というか一人吐いてた。
「馬車酔いでも意地でも吐かなかったのに、可哀想に」
「誰のせいですかっ!おぷっ!?」
思わず息を吸ってしまって再び吐き気を催したのか、オトハは口元を抑えて涙目だ。
「というかっ、クロさんは何で普通なんですのっ………!」
「え?いえ、口で息してますし、それに」
「それに?」
「この程度の異臭、前世で夜逃げした先の不法投棄置き場に比べれば別に」
「………なんかすみません」
このまま色々とリバースされて、明日ヘロヘロになられてもまずい。
ここまでオトハがやってくれたし、後始末くらいはしなければ。
「《消臭》。あと、《物質の消失》」
臭いを消し、未だ効果を発揮しているオトハの溶解液を消した。
これで周辺には無害だ。
「水をどうぞ」
「ぐっ、大体この人のせいなのに、優しくされると安心する自分が嫌ですわ………」
「信頼してますよオトハ」
「うっさいですわっ!」
水で口をゆすいだ後、水筒に残っていた分をがぶ飲みし始めたオトハは、その後ふらふらとしりもちをついた。
「あ、あら?」
「魔力を急激に大量に使った影響ですね。大丈夫ですか?」
「も、もう下級魔法すら使える気がしませんわ………」
「今日はお疲れ様でした。早く寝てください」
「うう………もう無理です」
オトハはふらふらしながらわたしが用意しておいた寝袋にもぐりこみ、すぐに寝息を立て始めた。
「ふむ、しかし―――ここまでできるとは」
わたしは周辺を見渡し、オトハに溶解させられた数十のアンデッドを観察する。
実を言えば、この程度のアンデッドならわたしの闇魔法で半分くらいなら消し去れた。
考えてみれば当たり前で、ゾンビはともかくスケルトンなんてスカスカだ。
消す質量自体が少ないので、そこまで魔力を消耗しない。
では何故、力を貸さずに観察していたのかといえば、それは偏にオトハの強さを見極めるためだったのだが。
「………予想以上、だな」
うん、正直驚いた。
私が教えた異世界の毒知識、自分の魔法の魔力消費率、その他諸々を考慮しつつ、最効率かつ最大限の毒で敵を倒していた。
その片鱗は前からあったけど、ついさっき確信した。
オトハは、魔法構築の正確さと速度が―――魔術師として、群を抜いている。
おまけに危機状況での頭の回転が凄まじく早く、周りを観察する能力も非常に高い。
一言で言えば、極めて多対一の戦闘に向いている。
何せさっきの攻防で、鈍いアンデッド系モンスター相手とはいえ、オトハは一度たりとも敵の攻撃を受けていないのだ。
危なくなったらさすがに助けに入るつもりだったけど、それすらなかった。
「まったく、わたしもうかうかしていられない」
ステアといいこの子といい、何故ノア様の周りには希少魔法以外にもこんなおっそろしい力を持つ子たちが集まるのか。
この分だと、オウランも何かありそうで怖い。
わたしは今は多分ノア様の側近の中では最強だが、いつステアに抜かれるかわかったもんじゃない。
オトハも今日でやばいと分かったし、わたしも精進しなければ。
「さて、寝よう」
だけどとにかく、今は寝よう。
疲れは闇魔法で消したが、体の影響まで消したわけじゃない。
こうやって回復できるときに休んでおかないと、さすがに体が持たない。
寝袋に入り、オトハの顔を見る。
(………こうやって見る分には美少女なのに)
本当に、この子は寝ていれば深窓の令嬢といった雰囲気のある、女性として羨ましいくらいの綺麗な顔立ちをしているのだが。
起きだしたらあれだから、本当に帳尻が合わない。
「うへへぇ、お嬢様ぁ………そんな粗末な椅子ではなく、私の上にぃ………え、わたしの方が粗末って………ああん、もっと罵ってくださいですわぁ………」
前言撤回、寝ていても残念美少女には変わらなかったようだ。
この変態娘はどうも最近、新しい扉を開きかけているようで困る。
「………気にしないで寝よ」
わたしはオトハからそっと目を逸らし、満天の星を見上げる。
星の数を数えていると、徐々に眠くなり始め。
間もなくわたしも、重くなった瞼に身を任せ、眠った。