第71話 オトハ、きみにきめた!
「ゼェ………ゼェ………」
「体力が足りませんよ。もっと運動してください」
「む、無茶言わないでくださいませ………こちとら、二年前まで強制引きこもり生活だったもやしですわよ………」
山の中腹で、早くも息を切らすオトハ。
オトハは瞬発力とかは下手したらわたしより早いんだけど、その分スタミナがない。
その体力はステアにすら劣るほどである。
「同じ境遇だったオウランはいつも縦横無尽に動き回ってるじゃないですか」
「オウランは男の子ですし、それにあの子は耐性魔法で疲労耐性を自分に付けてるではありませんか」
「仕方がありませんね、帰ったらわたしが直々に地獄スパルタ体力トレーニングしてあげますから」
「勘弁してください」
オトハは汗だくになりながらも、辛うじてわたしの速度に食らいつきてきている。
「とりあえず、さっさと頂上に行きましょう。そこで小休憩を挟みますから」
「あ、あとどれくらいですの?」
「六、七百メートルくらいじゃないですかね」
「私もうだめかもしれませんわ」
「早くしないとその分、人生におけるノア様と過ごす時間の割合が減りますよ」
「グズグズしている暇はありませんわよクロさん、さあいざ頂上へ!」
チョロい。
こんな扱いやすい人間は初めてだ。
何はともあれ、わたしたちは何とか山の頂上にたどり着いた。
「フゥ………ゼェ………よ、ようやくですわ」
「お疲れ様です、水どうぞ」
「あ、どうも」
オトハに水筒を渡し、わたしは頂上からの眺めを一望する。
「そういえば、こうやって自分の足で遠出するという体験も、この世界では初めてですね」
「ふぅ、落ち着いてきましたわ。そういえば、クロさんは異世界からの転生者でしたわね。前世ではこんなふうに遠出してたんですの?」
「親が借金踏み倒して夜逃げとかしてたので、しょっちゅう深夜の山の中とか入ってました。今となっては懐かしいですね」
「それは懐かしめるものなんですの!?」
一番酷かったのはあれかなあ、こっちを殺しそうな勢いの外国人が凄いスピードで追いかけてきたとき。
あの時は本当に死んだかと思った。
「ま、まあ過去は過去ですわ」
「ええ。今はノア様に拾われて、誰にでも自慢できる人生を送っていますから。それでいいんですよ」
「まったくですわね。お嬢様に拾われてなければ、今頃どうなっていたことか」
「そこはお互い様ですね」
オトハは苦笑し、わたしも笑った。
オトハは一度伸びをして、気合を入れるように頬を叩いた。
「呼吸も整ったし、そろそろ行きましょうか!」
「もういいんですか?」
「ええ、大丈夫ですわ!さあ今度は降りましょう、登るよりは楽ですし」
「はい。今日中にもう一つくらいは山を越えたいですね」
「そうですわ―――今なんと?」
ん?
もしかして知らないのか。
「目的地はまだまだ先ですよ。これから山をあと四つほど超えた先です」
今度こそ、オトハの目が死んだ。
***
「し、死ぬ………」
「よく歩きましたね、予定通り二つ目まで降り切りましたよ」
オトハはノア様に対する執着の効果か、想像以上の健脚を見せ、見事目標地点までたどり着いた。
「今日はここで野営しましょうか。わたしが準備するので、オトハは休んでいていいですよ」
「いえそんな、疲れてるとはいえクロさんに任せきりにするわけにはいきませんわ………おぷっ」
「大丈夫です、わたし疲れてませんから」
「そういえば、いくらなんでも息切れ一つしていないというのはおかしいのでは?」
「自分の『疲労』を闇魔法で消しながらここまで来たので」
「この人も紛うことなき化け物だって忘れてましたわ………」
失礼なことを言うオトハだった。
今のヘロヘロな彼女は使いものにならないので、近くにあった丸太に座らせ、わたしはテントの用意をした。
次に炎魔法が込められた魔法石で火をおこし、鍋と小さめのフライパンを取り出し、持参した食材を使って調理開始。
「どうぞ。疲労回復に効くスープです」
「………………」
「どうかしましたか?」
「いえ、その。改めてクロさんって嫁度が高いなあ、と」
「なんですかそれ」
「私とお嬢様が結婚したら、メイドになりません?」
「すっとぼけたこと言ってないでさっさと食べてください」
オトハがスープを啜り始め、わたしもスプーンを口に運ぶ。
「相変わらず美味しいですわね」
「それはどうも」
「正妻の座は譲れませんが、お嬢様の側室があなたなら許せるレベルですわ」
「わたし、そろそろあなたの中身を根本からステアに書き換えてもらった方がいいんじゃないかって思い始めてます」
オトハにとっては最大限の賛辞なのだろうが、「何様だお前は」と言ってやりたい。
「ごちそうさまでした。さて、もう寝ますか?」
「いえ、まだ眠れませんよ」
「そうですか?私は疲れでぐっすり眠れそうですが」
「いえ、そうではなく」
わたしは耳を澄まし、夜風の音に妙なものが混ざっていることを確認した。
「実は、わたしがステアではなくてあなたを連れてきたのは、ちゃんとした理由があります」
「はい?お嬢様とステアを引き離すのが忍びなかったからではなく?」
「それもあるんですが。ほら、言った傍から来ましたよ」
「………?」
―――ガシャン。
「なんですの今の音?」
「連中が近づいてくる音でしょう」
「連中?」
「はい、実際見た方が早いと思います」
―――ガシャン。ガシャン。
「鉄と、何か別の堅いものがぶつかるような音ですわね………?」
「数はそうでもなさそうです」
「あの、クロさん、もったいぶらずに教えていただけませんこと?怖いんですが」
―――ガシャンガシャンガシャンガシャン!!
「ひうっ!?」
「実はこの山と山の間の麓付近はですね」
音はだんだん大きくなり、その速度も増していく。
そして暗闇の中から現れたのは。
人間の頭蓋骨だった。
「きゃああああああああああ!?」
オトハが反射的に素晴らしい速度で強酸を飛ばし、頭蓋骨はドロドロに溶けた。
しかし、それに伴って現れた身体が、頭を無くしたままこっちに襲い掛かってきた。
「《腐敗射撃》!《腐蝕の槍》!《水素爆発》!!」
どうやら人並みに怖がりだったらしいオトハは、パニックになりかけながらも的確に骸骨をオーバーキルした。
「な、な、なななななななんですの、なんなんですの!?」
「おお、スケルトンが跡形もない。さすがです、オトハを連れてきて正解でした」
「それどういうっ」
「あ、また後ろに」
わたしが指さした先には、さっきの骸骨がニ十体くらいいた。
格好は十人十色だが、ほぼ全員武器と申し訳程度の防具を装備している。
「クロさん、説明してください!」
「ここ、アンデッド系の魔物の大量発生地なんです」
「なんですって!?」
「昔はここは密かな墓地だったそうで、山と山の間に瘴気が溜まり、死者が魔物として復活してしまうのだとか。もっとも、ゴーストのような精神体は出没せず、来るのは軒並みスケルトンやゾンビといった実態を持つアンデッドだそうです」
「ま、まさか私を連れてきた理由というのは………」
恐る恐るという風にわたしの方を振り向くオトハ。
わたしはオトハの疑問に答える。
「既に魂がない彼らは、ゴーストやレイスのような精神系アンデッドと違い意思がないので、ステアの精神魔法が効きません。その点オトハの毒劇魔法は、対処に最適かと思いまして」
「冗談でしょう!?一人でこの気色悪い化け物たちをなんとかしろと!?」
「一人で」と言う辺り、オトハも察してくれたようだ。
そう、既に死んでいる彼らは、わたしの闇魔法と相性が悪いのである。
「オトハ」
「なんですの」
「ガンバ」
「鬼畜!最低!こんなのを女の子一人になんとかさせようなんてえええあああこっちこないでええええ!!」