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第70話 二人旅

 ルクシアさんの承諾を受け、わたしたちは滞在期間を延ばし、ルシアスという男を待ったのだが。


「一向に帰ってこないじゃない」

「どうしたんでしょうかね」


 ノア様はここ数日、よく言えば英気を養うように、悪く言えばダメ人間のようにだらけていた。

 ダメ人間なのはいつものことなんだけど、いつもに輪をかけてというか。


「今日も組合にいなかったのー?」

「いなかったですね。職員に聞いてみましたが、あちらも状況を測りかねているようです」

「おかしいな。一週間で帰ってくるって話だったんだろ?魔物に返り討ちにされたとか?」

「クロさんが集めてくださった情報を見る限り、この男シンプルに化け物ですわよ。そんな簡単に敗北するとは思えませんが」


 一週間前と違い、ちゃんと解放されているオトハとオウランが交互にそう言うが、わたしはオトハと同意見だ。


「ルシアスという男が向かった先、どこなの?遠いとは聞いたけど」

「ここから南の山を超えた先、スイッタの街のようです。一日半あればたどり着けると思いますが、向かいますか?」

「イヤよ、めんどくさい」

「でしょうね」


 ノア様はステアを胸に抱きながら小説を広げている。

 ステアは満足そうにゴラスケをギュッとして、オトハがそれをハンカチを噛み締めながら見ていた。


「仕方がありません。わたしがちょっと行ってきます」

「クロが、行くの?」

「はい、このまま待っていてもすぐに来るとは限りませんし、それならば行動した方が生産的です」


 こうなってはこうするのがベストだ。

 昔だったらノア様の元を離れるなんて論外だったが、今は違う。

 わたしが別行動しても、まだノア様を守る力がある者たちがいる。


「名案だけど、一人で行く気じゃないわよね?」

「一人でもいいのですが、許可を頂けるのならばもう一人くらい連れて行きたいと考えています」

「じゃあ、好きな子選んでいきなさい」


 ……ふむ、難題だ。


 生物の精神に干渉し、自在に操るというチートに近い能力を持つステア。

 生物に有害な物質を生み出し、その致死能力はわたしにも劣らないオトハ。

 二人に比べて攻撃力は劣るものの、あらゆる現象に対する耐性を司り、防御力は随一のオウラン。


 まずオウランは除外だ。

 力不足というわけではなく、ノア様が万一襲われた場合、最もノア様を守り切れる能力があるのがオウランだからだ。

 彼は護衛に残すべきだし、それ以前にわたしと同じくマトモな部類の人間なので、わたしと一緒にすると帰って来る時が怖すぎる。

 ということはステアかオトハだが。


「んぅ~~」


 この幸せそうにノア様にすり寄る童女を引きはがすことが、わたしに出来るだろうか。

 無理だ。

 ということは、消去法で―――。


「じゃあ、オトハを借りていきます」

「いってらっしゃい」

「え?ちょ、ちょっと待ってくださいませ!?何故私なんですの!?」

「道中で説明するので、さっさと来てください」

「嫌ですわ!私はお嬢様の半径百メートル以内にいないと死ぬんです!」

「じゃあもう十回くらい死んでますね」


 オトハしかいないのか。

 頼むからもう少し、精神的に大人な人材が欲しい。


「お、お嬢様も、私がいないと不安ですわよね!そうですわよね!?」

「まあ、クロとあなたが一時的にいなくなるのは、たしかに戦力が薄まるけど」

「でしょう!?」

「オウランがいれば死ぬことは無いでしょう。気を付けていくのよ」

「お嬢様あああ!?」


 涙を流して尚も抵抗しようとするオトハの首根っこを掴んで引きずり、わたしはノア様の部屋を後にした。


 バレンタイン邸を出て検問を通り、久しぶりに街の外に踏み出す。


「うっうっ、お嬢様に見捨てられましたわ………」

「いつまで大袈裟なこと言ってるんですか、ちょっとの間離れるだけです。さっと行ってさっと帰れば済む話でしょう。三日か四日あればまた会えますよ」

「その三日四日すら、私にとっては死活問題ですのよっ!よ、よよよ四日もお嬢様に会えないなんて、気がおかしくなりそうですわ………」

「幻覚剤でも自分で作ればいんじゃないですかね」

「………さすがにそれはちょっと、人間としてどうかと思うのでやめますわ」


 この子にもまだ理性というものが存在していたようで何よりだ。


「まったく、クロさんも人使いが荒いですわ。勿論あなたのことは先輩として尊敬してますけれど、もう少し後輩を労わってくれませんの?」

「その言葉をそっくりそのまま返します、あなたの奇行のおかげでどれだけわたしが被害被ったと思ってるんですか」

「はて、覚えていませ思い出しましたわご迷惑おかけしました、謝るので闇魔法はしまってくださいな」


 魔力を集中させて作った黒球を消し、再び歩を進める。


「ふう、まったく危なっかしいですわね。クロさんは私やお嬢様ばかりを槍玉にあげますが、私からしてみればクロさんも十二分に危険人物ですわよ」

「失礼な。私のどこが危険だと言うのですか」

「まあマジの話をすれば、異様なほどの忠誠心ですわね」

「忠誠心?」

「クロさん、お嬢様が目の前に子供を連れてきたとします。とても可愛らしい、純粋無垢に見える子です」

「はあ」

「お嬢様がその子を『殺せ』とクロさんに命じられたらどうします?」

「殺しますが」

「そういうところですわよ」


 ………?なにかおかしいんだろうか。


「普通、まずそのような命令をする理由を聞きませんこと?」

「ノア様は怠惰ですが、それ故に意味のない行動をしません。何かを命じる時は必ずそこに意図があるのだから、わたしは迷わず命じられたことを遂行しますよ」


 そもそもノア様がわたしもついていけないような最悪の人間なら、あの時差し伸べられた手を掴むことすらなかったかもしれない。

 ノア様の命令には必ずそれ相応の理由があると知っているからこそ、わたしはあの御方の命令を絶対に実行するのだ。


「その子供が隙あらばノア様を殺そうとしている暗殺者だったら?わたしと会話している時に隙が生まれてしまったら?ノア様の命の危険が1%でもあるなら、わたしは迷わず殺します。殺すことと消すことしか能のないこの不便な魔法では、それくらいしかできないではないですか」

(クロさんのお嬢様に対する執着、忠誠、過保護は、傍から見てかなりヤバイですわよ………しかもそれが半分は無自覚だからなおヤバイですわ)


 オトハは何か言いたそうな顔をしたけどそれを崩し、


「ま、私はクロさんが味方なら、それでも構わないのでいいんですが」


 と、ため息をこぼしながら言った。


「そういえば今気づきましたけど、オトハと二人だけというのは初めての経験ですね」

「そうでしたかしら?まあ私がお嬢様の元を離れること自体、ほぼ初めてですから」

「これを機に、ノア様離れする気は」

「ないです」

「でしょうね」


 オトハに限らず、わたしはノア様以外の従者と長期間にわたって二人きりという経験がなかった。


「はあ、早くお嬢様に会いたいですわ………」

「まだ離れてから二十分も経ってませんよ」

「既に死にそうですわ。というか、クロさんは不安じゃありませんの?」

「不安ですよ。だからこうして早足で向かっているんじゃありませんか」


 超えるのが山でなければ、馬車を借りたというのに。


「登山グッズとか持ってきてるんですの?山って舐めると痛い目見るってよく言いますわよ」

「すべて用意してあります。ほら」


 わたしは腰に下げた千年前に作られた魔道具の一つ、見かけよりも量が入ってしかも重くないという便利なバッグをポンポンと叩いた。

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