第69話 最強の傭兵
わたしは急いで屋敷に戻り、ルクシアさんに話を聞いた。
「ルシアス?確かに彼のことは知ってますよ」
バレンタイン家から専属傭兵の声をかけられた傭兵だと聞いていたからもしやと思ったけど。
「彼をスカウトしたのはワタシです。まあ、あっさり断られちゃったんですけどね」
「やはりですか」
「ええ。むしろ何故クロさんが彼の話を知っているんですか?」
わたしは事の顛末をルクシアさんに説明した。
「なるほど、そういうことでしたか」
「わたしからも質問を。何故、劣等髪の所在を知っていることを黙っていたんですか?」
「うっ………やはりそこが引っ掛かりますか」
苦笑を浮かべたルクシアさん。
この人は嘘をつかない。本当のことを隠して何かを偽装するタイプで、わたしからすればもっともやりにくいタイプだ。
じゃあステアに任せよう、ということになるんだけど、ステア曰く、何故かルクシアさんの記憶は読めないらしい。
凄まじく強固な精神力を持っている可能性があるとステアは話していた。
「困りましたね、何と言ったらいいのか………」
「ノア様を騙そうとしたんですか?」
「ご、誤解ですっ!これに関しては、わたしの個人的な願望なんです!」
「個人的な願望?」
ルクシアさんはもじもじしだしたかと思うと、少し顔を赤らめて、口を開いては閉じ。
「その、ノアさんには言わないで頂けますか?」
「内容によります」
ルクシアさんは意を決したようにわたしに寄ってきて、耳打ちのように声を絞り。
「………言ってしまったら、劣等髪を探しに来ているノアさんはすぐに帰ってしまうんじゃないかと不安になってしまって」
そんな可愛らしいことを言い始めた。
「え、あ、はい、なるほど」
「その、すみません。ワタシ、こんなに同年代の子たちが来ると言うのが初めてで、ちょっと舞い上がってしまって。ごめんなさい」
「い、いえ!そういうことでしたら大丈夫です。わたしが偶然情報を入手した傭兵ということでノア様にはご報告しますので」
「ほ、本当ですか?」
瞳を潤ませた上目遣いとか、この人わざとやってるんだろうか。
どっちにしろ、その贔屓目無しで見ればノア様に比肩する美貌で迫られると、いくら同性でもこう、クるものがあるというか。
「本当です。ではわたしはこれで!」
「あっ」
わたしは超速で扉に向かい、最低限の作法は忘れずにお辞儀をして扉を閉めて、廊下を早歩きで進む。
「まったく、あの美形とカリスマ性持ちで、あんな風に迫らないでほしい………」
ルクシア・バレンタインもまた、ノア様と同じく類い稀な『どうしようもなく人を惹きつける』才能を持つ女性。
わたしの心はとっくにノア様にくっついてるけど、『惹きつけられる』側のこっちとしては、ノア様と同等に近いカリスマ性を持つあの人には敵わない。
なんにせよ、早くノア様に報告はしておかなければ。
途中、どこかの部屋から発作的な叫び声とそれに対する悲鳴が聞こえて来たけど務めて無視して、わたしはノア様の部屋の扉をノックした。
「ノア様、クロです。入ります」
「はーい」
扉を開けるとそこには、綺麗な鼻歌を歌いながらステアの髪を手入れしているノア様と、手入れされて満足そうな顔をしているステアがいた。
「普通、立場が逆でしょうに」
「快適」
「あなたが快適になってどうするんですか、一応従者でしょうあなた」
「いいじゃない、ステアは可愛いもの。ねー」
「ん」
「はあ、まあそれはわたしも同意見ではあるんですが」
ステアが可愛いのは認めるけど、従者が主人に尽くしてもらうというのはいかがなものか。
「で、何か用があったんじゃなかったの?」
「そうでした。ノア様、希少魔術師候補の所在を掴みました」
「なんですって?」
ノア様は目を見開き、ステアも眠そうな顔をこっちに向けた。
わたしは事の顛末を説明する。
「ふぅん、そのローガーという男に感謝ね。お手柄よ、クロ」
「ん、さすが」
「ありがとうございます」
「で、どんな男なの?」
「そうおっしゃると思い、情報を集めてきました」
わたしは、傭兵組合で集めた情報を書き留めた紙を取り出す。
「名前はルシアス。オレンジ色の髪をした傭兵で、歳は十六歳。劣等髪と揶揄されて来たであろうにも関わらず、この周辺では最強の傭兵として名を馳せている男です」
「へえ、ということは近接戦が強いの?」
「体は平均的な男性に見えるそうですが、その肉体は一種の完成系。超重量級の武器を軽々と振り回し、魔法に重点を置いた相手すら完封する実力があるそうです。こと魔法が使えずとも、十二分に天才の領域にいる存在かと」
話を聞いた限り、ルシアスという男は凄まじかった。
わたしが闇魔法のリミッター解除でようやく殺せたあのキリング・サーペントをたった一人で刻み殺すなんてのは可愛い方で、あれより上位の魔物すら屠る実力を持つ。
それも、魔法を使わずにだ。
ローガーもあまり魔法を使わないタイプだそうだけど、それでもその実力はルシアスの足元にも及ばないという。
「まだ未熟とはいえ、オトハとオウランを相手に互角に立ち回った男が手も足も出ない傭兵ねえ。そんな男が魔法を使えるようになったらどうなるのかしら」
「データが正確ならば、現在の魔法を使えない状態ですら、下手をすればわたしやステアに匹敵する強さかと思われます。そんな男が希少魔法を使えるようになったらと思うと、少しぞっとしますね」
「ん、やばい」
「クロとオウランは多少の武術はできるけど、それでもその辺の兵士よりは強いという程度、ステアに至っては近接戦の才能が全くないものねえ。オウランはそこそこできるけど、それでも本職には及ばないでしょう」
ただでさえ物理戦最強クラスの男が、魔法を用いて戦ってくる。
鬼に金棒というのはこういう場合に使う言葉なのだろう。
「しかもオレンジ色とは凄いわね。そのルシアスという男、戦の神にでも愛されているんじゃないの?」
「オレンジ色ってどんな魔法なんですか?」
「それをここで言ってしまっては面白くないでしょう?」
ノア様の数多い悪いところの一つ。
変にもったいぶる。
「まあとりあえず、わたしも傭兵組合に行ってみましょうか」
「あ、ルシアスなら今はいないようです。数日前から山を四つ超えた先にある街の近くに出没した大型の魔物の討伐に出ていた、あと一週間は帰ってこないとか」
「タイミング悪いわねぇ」
ノア様は不服そうな顔をしたけど、諦めたように椅子に座った。
「仕方ないわ、一週間待ちましょう。幸いここは居心地がいいし、ルクシアも良くしてくれるわ」
「ルクシア様に話は通しておきます。あの方なら快諾してくださるでしょう」
あの人はノア様大好きオーラ全開だし。
オトハのような積極性は無いものの、あの人がノア様を好いているのは分かる。
「では、話をしてきます」
「ええ、よろしくねー」
ノア様の部屋を出て、ルクシアさんの部屋に再び向かうと。
―――チクッ。
「………?まただ」
ルクシアさんとノア様の関係のことを考えると、時々こうなる。
胸を針で刺されたような、初めてじゃ無いようで初めてなこの感覚。
(なんなんだろう、これ)
その正体が分からないまま、わたしはルクシアさんの元へと向かった。