第67話 お説教
「本当に申し訳ない」
わたしはオウランの後頭部を掴んで頭を下げさせ、わたしも同じ角度で下げた。
ステアとオウランのコンボで気絶しているオトハはあとで折檻するとして、まずは謝罪だろう。
「いだだだ、だからクロさん、僕は巻き込まれただけなんだってば!」
「オトハの暴走を止めるのだって立派な仕事だというのに、それに取り込まれて挙句に『巻き込まれた』ですか。わたしに次いでマトモだというのは勘違いだったようですね」
「痛い痛い痛い痛い!」
ルクシアさんの屋敷にオトハとオウランがいないと気づき、まさかあの傭兵の所に向かったのではないかと、生体感知を用いて探していたら案の定だ。
あろうことか宿の住民全員を眠らせ、残った傭兵と思しき男と死闘を繰り広げていたのだ。
「あなたたち、あの御方の配下だという自覚あるんですか?あなた方の行動があの御方の評価に直結するんですよ?もっと考えて行動しなさい、頭どうなってるんですか!」
「ごめんなさあああああ痛い痛い!」
わたしの内心を案じてくれたのは嬉しい。
だけどやり方がダメだ。
そもそもわたしは気にしていないと言ったはずなのに、なんで勝手な行動をする。
やるなといったことをやる子供かこの姉弟。
「本当に申し訳ございません、上官として謝罪いたします」
「まあだれも傷ついてないし、俺も事を荒立てるつもりはないが。上官というならちゃんと監督してくれないか」
「おっしゃる通りです、もっとしっかり見ておくべきでした」
この傭兵が話の分かる人でよかったが、荒くれ傭兵だったら金銭を要求されるかもしれないというのに、何てことしてくれたんだこの二人は。
「まあいいさ、幸い宿の連中も眠らされただけのようだし、公言するようなこともしない。そっちにも事情がありそうだしな」
「そう言って頂けると幸いです。そこの大馬鹿が仕掛けたガスは数十分程度で消えるはずですので、それまで宿を離れるか、あるいはこちらが責任を持って別の宿をご用意いたしますが」
「いやいいさ、この宿には仲間もいるしな。しかし、これほどの力を劣等髪が使うというのはどういうからくりなんだ?」
「申し訳ございません、それにはお答えできません。ご理解ください」
暗視能力があるわたしの目には彼が不満そうな顔をするのが目に見えたが、つとめて見ないようにして阿呆を抱きかかえる。
重い。胸に無駄についた贅肉のせいか。
「では、これにて失礼いたします。ステア、オウランの手を離さないように。このままあの御方の部屋に連れて行きますから」
「ん、わかった」
「くそぅ!もっと全力でオトハを止めるべきだった!」
わたしがぺこりと頭を下げて、その場を去ろうとする。
「ん?まさか、君は―――」
「え?なんでしょうか?」
しかし男は、わたしのことを止めた。
「失礼。君、もしかして黒髪か?」
「そうですが」
「………そうか。君が、か」
「あの、なにか?」
「ちょっと話したいことがある。明日、またここに来てくれないか」
速攻で断りたいところだが、バカ双子がやらかしてくれたせいで無碍にするわけにもいかない。
「………わかりました。時間は?」
「そちらに合わせる」
「では午前十時ごろに伺います」
それだけ話し、わたしたちはその場を後にした。
話したいことってなんだろうか。暗視で見た限り、知らない顔だった。
二十代半ばといった感じの風貌に、ありふれた緑色の髪。
だけどその歳にしてはかなり鍛え抜かれた肉体、オトハとオウランを圧倒した実力。
オトハとオウランはかなり強い。希少魔法の存在を知ったのが二年前、それだけの時間しか習得に費やせていないにも関わらず、既に中級の魔法を使える。
わたしやノア様、ステアには及ばないものの、十二分に凄まじい力を秘める希少魔術師だ。
それを二対一で一歩も引かないとは、おそらく傭兵の中でも指折りの実力者。
「ステア、あの男傭兵を見てどう思いましたか?」
「強かった」
「勝てると思いますか?」
「多分」
「多分ということは、絶対に勝てるとは断定できないと」
「近づかれたら、魔法が効く前にやられちゃうかも」
「なるほど。わたしも同意見です」
ステアはわたしたち五人の中で最も接近戦に弱い。
というのも、この子にはあの膨大な魔力の反動なのか、武術や鍛錬の才能がまるでないのだ。
そもそも筋肉どころか肉そのものが付かない体質らしい。
どんなに鍛えてもその労力に身体が応えてくれないので、早々にこの子の魔法以外での戦闘は諦めた。
運動神経が悪いわけじゃないし、それどころかちょこまかしたアクロバティックな動きを時折見せてくれるんだけど、それを用いて人を攻撃する才能がない。
そんなステアだ、近づかれたらかなり不利になる。
あの傭兵のように、超がつくほど速ければなおさらだ。
「ああいう手合いも世の中にはいるということですね。わたしたちもまだまだ修行が足りません」
「ん、希少魔法が使えなくても、強いのはいっぱいいる」
希少魔法が使える=無敵、ではない。
工夫次第でわたしたちを殺せる人間は世の中にたくさんいるということ。
「わたしたちの中には、物理戦闘に秀でた者がいません。一考の余地ありかもしれませんね」
「私は使える」
「あなたが操った人間が、の間違いでしょうに」
「僕も一応できるぞ」
「オウランはまだまだです、あの男に一太刀も与えられていないでしょう」
「うっ………」
今後の課題も少し明らかになってきたところで、バレンタイン邸が見えてきた。
「さあ、ノア様がお待ちです。さっさと怒られてきなさい。あとオトハ、あなたはいつまで寝てるんですか、起きなさい。重いんですよあなた」
「うーん、お嬢様、見捨てないでぇ………」
「まだ悪夢を見てるんですか?ステア、悪夢の記憶を消して覚醒させてください」
「今やった」
「はっ!?」
「さすが仕事が速いですね」
馬鹿筆頭娘が目を覚まし、わたしは重かったそれを地面にポイ捨てした。
「あだっ!?」
「ようやく起きましたか、さっさと立ちなさい。ノア様の所に行きますよ」
「こ、ここは………そうですわ、確か変な男に立ち塞がられて………あら?その後はどうしたのかしら」
「寝ぼけてるんじゃありません、あなたは今からノア様に怒られるんです」
「お、お嬢様に怒られる!?」
まだボケっとしていたオトハも、ノア様に怒られると聞いて目を覚ましたようだ。
「そうです、自分がやったことを反省し………オトハ?」
「ふひひひひ………お、お嬢様に怒られる………この私が、愛しのお嬢様に見下されてっ、踏みつけられて、罵られてっ………!ふふふふふ」
いや、まだ寝ぼけているようだ。
数分後、ノア様にガチ説教を食らい、明日丸一日部屋に閉じ込められてノア様の傍にいられない刑に処されることになったオトハが本気の悲鳴を上げていたことは言うまでもない。
明日の更新、諸事情でストップします。
次回更新は2/28予定です。