第66話 謎の強者
お久しぶりです。
オトハ視点です。
「おいオトハ、本当にやるのか?」
オウランの声を背中に受け、真夜中の街をこっそりと歩いていた私は振り返ります。
「じゃあオウランはあの男を許せるんですの?クロさんを殺そうとした男ですわよ?」
「それは分かるけど………」
「クロさんは優しすぎるんです。だから私たちがここで対処しておく必要がありますわ」
そう、たとえクロさんが望んでいなくても。
「それに、私情を抜きにしてもあの男は何とかしておく必要がありますわ」
「どういうことだ?」
「あの男がまだ傭兵を続けられているかを考えればわかります」
「………?」
オウランはピンと来ていないようで首をかしげます。
察しの悪い弟ですね。
「いくら荒くれ仕事が多い傭兵とはいえ、女の子を囮に使って死なせた―――まあ実際は死んでいませんが―――という事実が発覚すれば、さすがに傭兵としてのライセンスを剥奪されて捕まりますわ。
いくら黒髪といえど、五歳の少女をそのように扱ったと知られれば当然」
「言われてみればそうだな。つまりあの傭兵は、そのことを公言していないと」
「ええ。しかし被害者であるクロさんが生きているということは、自分たちが過去に起こした過ちを誰かに話される可能性があるということですわ。ここまで言えばわかりますわよね?」
オウランは顔をしかめ、私が何を危惧しているかに思い至ったようです。
「つまり、あの男が口封じにクロさんを殺そうとする可能性があるということか?」
「そういうことです」
「いやさすがにないだろ、今のクロさんはノアマリー様のお気に入りだぞ。あの男だって世界唯一の光魔術師を知らないってことは無いだろうし、それ以前に貴族の従者に手を出すほど馬鹿じゃないと思うけど」
「そんなことは分かっていますわよ。だけど0.1パーセントでも可能性があるなら何らかの対応をしておくべきですわ」
あの男の命とクロさんの命。比べるにも値しない。
片や私たちの先輩であり恩人であるクロさんを幼い頃に蛇の巣に放り投げたクソ野郎。
片や九年前から私の愛しのお嬢様に尽くし、お嬢様からもなんだかんだ最も信頼されている方。
「殺すわけではありませんわ。ただ、私の毒で二度と戦えないくらいの体になってもらうだけ。明確な殺人未遂の代償としては安いくらいだと思いますが、殺してはならないというのがお嬢様のご命令ですし」
「………」
「なんですの、人のことをじっと見て」
「いや、案外オトハも考えて生きてたんだな、と」
「喧嘩なら買いますわよ」
オウランと小さな声で言い合いをしていると、事前に情報を掴んでおいた宿、男の現在の住処に着きました。
「さ、入りますわよ」
「人の目があるけど大丈夫なのか?」
「問題ありませんわ、全員麻酔ガスで眠らせれば」
「お前、本当に多芸になったなあ」
感心したような声をあげるオウランですが、出来ればお嬢様にその言葉を言ってほしい。
宿の入り口を少しだけ開き、空気より軽く設定した簡単な麻酔ガスを散布。
ただ眠らせるだけなので、周辺に散らばっても大丈夫ですし、数分で無害化するので近隣住民に被害はありません。
しばらく待ち、中から音が消えるのを確認。
どうやら全員眠ったようですね。
「さあオウラン、行きますわよ」
「まあここまで来たらやるしかっ………!?オトハ、上だ!」
「っ!?」
突如上の方から窓が割れる音が鳴り響き、人影が降ってきました。
間一髪で飛びのいて躱し、魔法を右手にまとって警戒態勢に移行します。
「妙なガスをここに放ったのはお前らか、ガキ共」
「何のことですの?私たちは」
「とぼけるな。周辺で動くことが出来ているのは、俺とお前たちだけだ。お前たちが何らかの目的で発したとしか思えない」
誰でしょう。
暗すぎて顔も髪色も良く見えませんが、声で男性と分かります。
体格もそこそこ細身ですが、身長はかなり高い。
少なくとも、昼間の男ではないですね。
しかしどうやって私のガスを防いだのか。
「ピンク色の髪に黄緑色の髪。魔法を使えるとは思えないが、どんなからくりを使った?」
「(オウラン、二人でこの男を仕留めてさっさと目的を果たしますわよ)」
「(わかってる)」
どんな方法でも関係ない。
私たちのやることは一つ、この男に用はないんですから。
互いにアイコンタクトを交わし、瞬時に動きます。
耐性魔法で防御力を強化したオウランが瞬時に前に出て、私はその陰に隠れ、距離を詰める。
オウランがさっとかがみ、わたしは酸でコーティングした指を男の腕に突き刺し、注射のように血管に直接麻酔を―――
「遅い」
「ぐっ!?」
「きゃっ………!」
しかし男は信じられない動きを見せました。
この暗闇で細い私の指を正確に躱し、オウランを蹴り飛ばして私にぶつけてきたのです。
「子供だから油断すると思ったか?残念だったな、俺は未知を相手に侮るようなことはしない」
「こいつっ………」
「それ以前に、女児の方が強い殺気を放っていた」
「女児って言うんじゃありませんわよ、《麻痺毒の矢》!」
触れるだけで麻痺の効果がある毒の矢を男にぶつけようとしますが、この至近距離でも男は身を捻ってそれを避け、素手でこちらに向かってきます。
「劣等髪が魔法を?突然変異か何かか?なんにせよそっちから仕掛けてきたんだ、多少の怪我は覚悟してもらうぞ!」
「こいつ、強っ………!?」
男の拳を、咄嗟にオウランが耐性魔法で防ぎますが、それでもオウランがのけぞるほどの威力。
しかもそれが連撃で放たれてきます。
「オトハ、僕ごと範囲毒で包め!僕は耐性で防げる!」
「やろうとしてるのに、その男が速すぎて捉えきれないんですのよっ!」
「どうした、その程度か!」
この男、魔法も使っていないのになんて強さ………!?
「どうやら、どちらかといえばお前の方に主導権がありそうだな」
少し怯んだ瞬間、男がわたしの元に向かってきました。
「少し眠っていろ!」
「御免ですわ、《酔い霧》!」
気絶させられるより、私の方が一瞬早く魔法を発動。
吸った全員が千鳥足になるほどに酔っぱらう、揮発したアルコールを含んだ霧が周囲を覆いました。
「オウラン!」
「ああ!」
飛びのいた男に、耐性魔法であらかじめ防いでいたオウランが、峰打ちしようと刀を構えて飛び掛かりました。
「甘い、な!」
「うわっ!?」
しかし、何故か男はしっかりとした足取りで拳を振るい、刀を側面から迎え撃ちました。
オウランの刀は弾かれ、しっかり握っていたオウランもそのまま一緒に後退りせざるを得なくなります。
「き、効いてないんですの!?」
「悪いな、ちょっとでも妙なものが蔓延していると感知したら息を止めるようにしているんだ」
さっきガスを防いだのも、単純に息をしなかっただけだっていうことですか。
「そういえば最近、妙な噂を聞いたな。ティアライト家という他国の貴族の令嬢が、バレンタイン家の娘の縁談を受けた。その令嬢は金髪の光魔術師で、しかも四人の劣等髪を連れている」
男は油断しないように私たちに目を配り、だけどフッと笑いました。
「その四人の劣等髪は、誰も見たことのない謎の魔法を使うと王国では有名だ、と。なるほど、お前たちの正体が見えて来たな」
「………!」
「どうするんだよオトハ、こいつ僕たちのことを知ってるっぽいぞ」
「倒して屋敷に連行して、ステアに記憶を改竄してもらえばいいですわ」
「なんという他人任せ」
ますますこの男に勝たないわけにはいかなくなりました。
しかしどうすれば―――。
「やっぱり、ここにいましたか………」
ふと声がして宿の屋根に目をやると、そこには。
「クロさん、ステア!」
助かりました、この二人が来れば百人力です。
「ちょっとこの男に苦戦してまして!手を貸していただけると幸いですわ!」
「オトハ、本来の目的を忘れてないか!?クロさんがここに来たってのは一大事なんだぞ!違うんだクロさん、僕は巻き込まれただけで………」
「いいから早くオトハの耐性を何とかしなさい」
「は、はい!」
はて、なんでオウランはこんなに慌てて?
本来の目的?
そうです、そうです。私たちはクロさんの敵討ちを―――
突如視界が切り替わり、お嬢様が目の前に現れました。
わたしはなぜこんなところに?
ああそうそう、お嬢様に呼び出されて来たんでした。
『オトハ』
『はい、お嬢様!』
『悪いんだけど、あなたみたいな人と生涯を共にする気はさらさらないわ。私ルクシアと結婚するから、サヨナラ』
足元が崩れ去り、辺りが真っ暗になって、私の意識は途絶えました。