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第65話 人望

 あれからもう九年か。

 転生したことを自覚した直後のことだった。

 あの事件があったから、わたしは闇魔法の才に目覚めた。

 あの事件があったから、わたしはノア様に手を差し伸べられた。

 だから、実はあの時わたしを放り投げた傭兵たちのことは、それほど恨んでいなかった。

 だけど、こうして目の前に現れられると、さすがに複雑な気分になる。


「生きて、いたのか。あの時の子供、なんだな」

「はい」

「クロ、だれ?」

「傭兵の知り合いなんていたのか?」


 ステアとオウランが後ろから質問してくる。

 オトハも首をかしげているが、ノア様は険しい顔をしていた。


「クロ、その方は誰なのかしら?」

「それは………」

「あなたに傭兵の知り合いなんているとは思えないわ。いたのだとしたら、私と出会う前。そして私は、私が出会う前にあなたが一緒にいたという傭兵の話を一度聞いたわね」


 ………お見通しか。

 隠そうとも思ってないが、ちょっと距離を取って心の準備をしてから話そうと思ったが、そんな雰囲気じゃなさそうだ。

 正直に話すしかない。


「………この方は九年前、わたしが闇魔法を発現する原因になった三人組の傭兵の一人。わたしをキリング・サーペントの巣に落とした人です」


 最初に動いたのはステアだった。

 目を見開いたかと思うと、無言で男を指差し、直後に男はその場に倒れた。

 おそらく、運動神経の動きを停止させたのだろう。

 次にオウランが男を羽交い絞めにして、抵抗できない男にオトハが生成した毒を、


「ま、待ってください!」


 口に無理矢理ぶっ込もうとしたので、慌てて止めた。


「なんで、止めるの」

「自分がとどめを刺したいんじゃないか?」

「なるほど。大丈夫ですわクロさん、致死量にはギリギリ届かないようにしますから」

「そうではなく!何故あなたたちはそう、思考が過激なんですか!」


 何故わたしが、わたしを殺そうとした男を殺そうとする仲間たちを止めるなんて変な真似をしなきゃならないのか。


「オウラン、離してやりなさい。あとステア、神経を元に戻して」

「………むぅ」

「しかしノアマリー様………」

「あの、わたしはそこまでその人を憎んでいないので、いいんですって。そもそもこんなところで殺したらあなたたちが殺人犯になってしまいます」

「お嬢の権力でいくらでも揉み消せる」

「傭兵なら一人や二人、いなくなっても困らないだろ」

「この男の命とクロさんの心の平穏、天秤にかけるまでもないですわ」

「危険思想やめてください」


 わたしが彼らをもう憎んでいないと知っているノア様以外の三人が即時に動いた。

 わたし、意外と人望あったんだろうか。


「いいから離してあげてください」

「クロを殺そうとした人なんて、死んじゃえばいいと思う」

「むしろそんな罪を犯してから九年も生きてきた大罪を今ここで贖うべきですわ」

「まったくだ、やっぱり殺しておいた方がいいんじゃないか?」

「落ち着きなさい、あなたたちどんだけクロのこと好きなのよ」


 ノア様の命令にすら渋りを見せるかつてない三人の強情さは、意外とわたしが好かれていたという、ちょっと嬉しい事実を証明してくれていた。


「その気持ちだけで十分ですから」

「本人がこう言ってるんだし、やめてあげなさい」


 三人は顔を見合わせ、やむなしという風にだったが、全員魔法を解いた。


「ゲホッゲホッ………ハァ」


 ステアたちが下がり、代わりにノア様が前に出た。


「クロの優しさに感謝することね。本来なら私だってこの場であなたを殺したいところだけど」

「ハアッ………ハアッ………」


 男はわたしを見て、辛そうな表情を浮かべた。


「謝罪はいりません。というか、謝罪はしないでください」

「え………?」


 わたしはこの男たちを、そこまで恨んではいない。

 だが、なんの報復もせずに終われるほど、人間が出来てもいない。


「心からの謝罪というのは『相手に対する誠意』が七割ですが、三割は『罪悪感の処理』です。自分が行った過ちを、口に出すことで清算しようとする行いです。そしてわたしは、あなたに誠意を見せてほしいとは微塵も思っていません」

「だ、だがっ」

「その罪悪感を一生胸に抱いて生きてください。もしわたしに謝罪するようなことがあれば、その場で殺します」


 ここで謝られてしまったら、あの事件はその場でおしまいになってしまう。

 それじゃわたしの気が収まらない。

 だから謝らせない。絶対に。


「行きましょうノア様」

「いいの?」

「はい、もう関わることも無いでしょうから」


 その胸の罪悪感を、ずっと感じながら生きていくといい。

 この先の人生、どんな楽しいことがあっても、一人の女の子を犠牲にしようとして生きてきているということを思い出しながら生きろ。

 それが、あなたたちにわたしが与える罰だ。


「あ、待っ………」

「ステア、オトハ、オウラン、あなたたちもです」

「あ、ああ」

「はい………」

「ん」


 未だ男を険しい目で見ていた三人を引っ張る。


「ルクシアさんとの昼食に遅れます。急ぎますよ」

「ええ」


 その後、わたしたちは振り返ることなく、その場を後にした。




 その日の夜、わたしは昔を思い出しながら、バレンタイン邸の二階でホットミルクを啜っていた。


「クロ」

「ノア様。ご就寝されたのかと」

「ちょっとね。やっぱり、あの男のことが気になる?」

「いえ別に。ただ、ちょっと昔のことを思い出してただけです」

「昔のことねえ」

「わたしは前世でも今世でも、ノア様に出会うまで、良いことなんてほとんどありませんでした。過去を振り返っても、苦い思い出ばかりがフラッシュバックします。中でもあの傭兵たちはその筆頭で、わたしが世界を壊してやると息巻く原因を作ったのがあの男たちだったので、つい」

「わたしと出会った時はすごかったものねえ」

「忘れてください………」


 あの頃のあれは黒歴史だ。


「恨みつらみが無いというのは本当なんです。あれがなければ、わたしはノア様に見つけていただくことも無かったかもしれないんですから。結果的に、あの事件がわたしの最大の幸運を引き寄せてくれたんだって、今は思ってます」

「あら、嬉しいこと言ってくれるわね」

「けどやっぱりダメですね。眼前に現れると、やっぱりちょっと、沸々と怒りがこみあげてきてしまいました。自分の感情を支配できないとは、わたしもまだまだです」

「いいじゃない、わたしはそのくらい人間味がある方が好きよ」


 ノア様はそう言ってニコリと微笑んでくれた。

 それで安心して力が抜けてしまうあたり、自分のノア様に対する忠誠心は揺るがないものだと再認識する。


「クロ、わたしも何か飲みたいわ」

「では紅茶でも―――」


 ―――コンコン。


「はい、開いてますよ」


 ノア様への奉仕と、少し熱くなった顔を冷ますために立ち上がった直後、部屋にノック音が響いた。

 ガチャリと開いて顔を出したのは、ステアだった。


「どうかしましたか?」

「いない」

「へ?」


 ステアはぼそりと呟く。


「いないって誰がです?」

「オトハとオウランが、どこにもいない」


 あの二人が?

 一体どこ、に………。


「まさかっ!?」

諸事情で、更新三日ほどお休み頂きます。

次の更新は2/25の予定です。

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