第61話 小規模な戦い
明けて翌日、わたしたちは再び馬車に乗り込み、お嬢様と婚約したいという(物好きな)少女の元へと向かっていた。
「どんな方なんでしょうね、ノア様と結婚したいなんていうその女性は」
「名前はルクシア・バレンタイン。水属性で、年齢は十五歳。連邦政府の重鎮、アレグ・バレンタイン氏のご息女だそうね」
「つまり箱入り娘のお嬢ですか、世間を知らなそうですわね」
「オトハ、あなた二年前まで完全文字通りの箱入り娘のお嬢だったじゃないですか」
「過去を振り返っているようではイイ女になれませんわよクロさん」
この中で一番の残念美人が何か言ってるが、もう絡むのも面倒なので話を先に進める。
「まあ、ノア様のお相手に何かと噛みつきたがりそうなこの駄犬は、顔合わせ中は縛って馬車に放り込んでおくとして」
「ちょっと!?」
「共和国連邦のバレンタイン家といえば、代々政治家を排出していて、現当主のアレグ氏に至っては前大統領を務めた名家中の名家です。しかし帝国や王国と違って貴族制度がないこの国です、おそらくその目的は政治的なものではなく、純粋に光魔法でしょう。中立国である共和国連邦ですが、武力があるに越したことはありませんから」
「そうねぇ。ただ、それだけじゃないみたいよ?」
ノア様はルクシアから送られてきた写真付きの資料を見ながら、面白そうに微笑んでいた。
「それだけじゃない、とは?」
「こういう自己アピールの資料って、最後に自由にかける空欄があるんだけどね。大抵は自分と結婚するとこういうメリットがありますよーっていうことを書くんだけど」
ノア様は紙を裏返してわたしたちに見せてくる。
一番下の欄を見るとそこにはこう書いてあった。
『お顔が非常に好みです。一目惚れでした。こちらに嫁いで来てくだされば、自堕落な生活でも勤勉な生活でも、理想の暮らしをお約束いたします』
………。
「他の有象無象共が、思春期特有の『別に女の子とか興味ないです』アピールをしてインテリぶってくる中、ド直球で顔が好きって言ってきたこの子が面白くてね。あと、自堕落な生活という一文に惹かれたわ」
「でしょうね」
「見事にノアマリー様の好みのタイプと合致してますね。男だと自分より強くなきゃイヤって言ってましたし、その点女性だから大丈夫だ」
「優しそうな人」
「きいいいい!!認めません、認めませんわぁっ!」
ノア様が即断即決していたのはそういう理由か。
「ところでノア様、好みだったら本当にご結婚なさるんですか?」
「させませんわ!」
「あなたには聞いてません」
「どうかしらね。私の言う『強さ』っていうのは何も魔法だけじゃないもの。そうね、女性だったら私と同じくらい頭がいい子だったら結婚してもいいかも」
「んなああっ!?」
ちなみに今更だが、この世界ではほとんどの国で同性婚は認められている。
政略結婚の相手が同性ということも無くはないのだ。
「なんでしょうね、この子からはこう、私と似た雰囲気を感じるのよね」
「ん、わかる」
「仮面の裏に素顔がありそうな感じってことですか?」
「オウランがわたしをどう思っているのかよーくわかったわ」
慌てて取り繕うオウランと、それを揶揄うノア様を見ながら、わたしは資料に目を通した。
チクッ。
「………?」
なんだろう、この人とノア様を見ていると、心臓を針で刺されたような嫌な感じがする。
気のせいだろうか。
***
「着いたわ」
国境を越えてから二度の宿泊を経て、わたしたちは目的地であるフィーラ共和国連邦首都のクアドラブルに到着した。
ここに、ノア様と結婚したいと申し出てきたルクシアという女性がいる。
「予定より少し遅れてしまったから、このまま行くわよ」
「わかりました。じゃあオウラン、ちょっと協力してください」
「どうしたんだ?」
「オトハを縄で縛ります」
「よしきた」
「ちょっ!?本気だったんですの!?」
「当然です。貴方に来られると何かと邪魔してきそうなので」
「精神魔法が効かないし、今の僕じゃ精神属性そのものの耐性を下げることはできないからな、縛るのが手っ取り早い」
わたしたちはオトハをじりじりと追い詰める。
ノア様に対する馬鹿みたいに強い意識のせいで精神魔法が効きにくく、睡眠薬や麻酔を使っても毒劇魔法の特性上無効化できるオトハは、物理的な手段じゃない限り行動を阻害できない。
縄で縛るにしてもいずれ酸性の液体を体から分泌して縄を溶かして脱出するだろう。
なので縄で閉じ込めつつ、そう簡単に脱出できないこの強固な馬車に閉じ込めていくしかない。
そのために鍵穴まで付けてもらったのだ。
「く、来るなら来なさい!私は意地でもこのお見合いを邪魔してやりますわっ!それを阻もうとするなら、いくら先輩と弟でも容赦しませんわよっ!」
「毒を使うならご自由に。ただ、並みの毒ならわたしの闇魔法とオウランの耐性魔法で無効化できることと、だからといって強毒を使えば揮発でノア様にも被害が出る可能性があるということをお忘れなく」
「ぐっ、卑怯な!主を盾に使うとはそれでも従者ですの!?」
何とでも言うがいい。
事実としてノア様も光魔法で毒を無効化できるのであまり意味のない脅しのはずなのだが、ノア様第一至上主義のオトハはそれが思いつかないらしい。
「いいですわ、その程度の縛りプレイお嬢様にされたい!………あ、間違えましたわ。その程度の縛りプレイ、この二年で成長した私にとってはハンデにもなりませんわ!むしろあなたたち二人を拘束して、私の邪魔をできなくしてやりますわよ!」
とんでもない言い間違いをするオトハが手に麻痺毒を纏いはじめ、わたしたちも構える。
「ふっ、あなたがわたしを拘束?一度もわたしに勝ったことのないくせに、面白い冗談ですね!」
「二年で成長したのがお前だけだと思うなよ!毒劇魔法の天敵が僕だということを教えてやるっ!」
「かかってこいやあああ!」
かくして、わたしたちの馬車の中での超小規模な魔法戦が始まった。
呆れたような目で見つめてくるノア様とマイペースにハンバーグをパクつくステアに影響が出ないように低範囲の魔法しか使わず、オウランとわたしで一気にオトハを抑える。
自分の生成した毒だけは効くように調整可能という毒劇魔法の力を逆手に取ったオトハが、奥の手のドーピング薬を自分に使ってきた時はもうだめかと思ったものだが、オウランがオトハの薬耐性を上げたおかげで無効化。
結果、最後にわたしのアッパーカットが顎に入り、オトハはその場で倒れ伏した。
「ハアッ、ハアッ、まったくとんでもない女です………」
「さすがクロさんだ。さ、早く縛ってしまおう」
「そうですね」
オトハをグルグル巻きにして、ついでに腹いせで上から吊るす。
「さあ、これで下準備完了です。行きましょうノア様」
「今更なんだけど、あなたたちのことだからオトハを騙して王国においてくるくらいするんじゃないかと思っていたのだけれど」
「だって、一人だけ留守番とか可哀想かなと」
「仕事とはいえせっかくの旅行ですし」
「あなたたち、さんざん言ってるけどオトハのこと大好きじゃないの」
珍しいノア様のツッコミを受けたすぐ後、前方に大きな屋敷が見えてきた。
「あ、あれですね」
「さあ、行くわよ」
あそこにノア様の婚約者候補が。
一体どんなお人なのか。
わたしは思いをはせた。
吊るされているオトハの縄を接着剤で固めながら。