第59話 旅路
「うっぷ………」
「おいオトハ、吐くなよ。ほら、外見ろ外」
「ぎ、ぎぼぢ悪いでずわ………」
「自分で酔い止めを生成できないんですか?」
「『毒ならいくらでもできるのですが、薬は複雑すぎて正確な構成成分を解析しないと生成できませんわ』って、前に言ってた」
下準備をして二日後の朝、既にわたしたちはフィーラ共和国連邦の国境へ向けて馬車に揺られていた。
そして揺られること十分でオトハが馬車酔いでダウン。
「じゃあ外の空気を吸うとか、服のベルトを緩めるとか」
「この時期寒いから窓開けると冷気が入るけど、そうも言ってられなさそうねぇ」
「そ、そうさせていただきます………おぷっ!」
本当にまずそうで、真っ青な顔をしながら窓を開け、ぐったりとしている。
意外だ、まさかオトハの三半規管がここまで貧弱だとは。
「ちょ、ちょっと楽になりましたわ………」
「頭を揺らさないようにしてください、その状態で振動なんて来ようものなら吐きますよ」
「いっそ吐きたいですが、乙女のプライドが………おふっ」
こういう時は一度中のものを出すのが一番なんだけど、どうしてもそれはイヤなようだ。
「ノア様、あれ治せませんか」
「無理ね。馬車は揺れ続けてるんだから、一度治してもすぐにまた戻るわよ」
「ですよね。あれ、そういえばステア、あなたは大丈夫なんですか?」
「………?なんともない」
「そ、そうですか。出かけにあんなに甘い物食べてたのに」
もしあのホットケーキを食べていたのがオトハだったら、間違いなく速攻で吐いていたところだ。
「そもそも、なんで馬車酔いって起きるんだ?」
「さ、さあ………二年前にお嬢様の元へ来た時が初めての馬車でしたけど、その時も死ぬかと………うぇっぷ!」
「あれ、この世界では知られていないんですね」
「異世界では、わかってるの?」
「まあわたしも詳しくは知らないですけど、三半規管っていう耳にあるところが揺れて、それが脳に伝わって混乱するからだとか。また、食べすぎや独特の匂いなども原因の一つと言われています」
「役立つわねぇ、異世界の知識。あら?振動が原因なら、オウランがオトハに『振動耐性』を与えればいいんじゃないの?」
たしかに。
オウランが使える耐性の中にそれがあって、使いどころ少ないなとは思ってたけどこういう時に使うのか。
「なるほど。《耐性付与・振動》」
オウランの魔法がオトハを包み込む。
すると。
「あら?………治りましたわ!」
「便利ですね、耐性魔法」
「長続きしないから定期的にかけたりしなきゃいけないのが面倒なんだけどね」
どうやら効いてくれたらしい。
良かった、危うくオトハの尊厳が失われるところだった。
「ふぅ、助かりましたわ………寒っ!」
「そう思うなら早く窓を閉めて」
オトハが慌てて窓を閉めて、中がこの世に現存する数少ない魔法アイテム、暖房機能を持つ石でみるみる暖かくなる。
「ふぃー。地獄の旅路になると思いましたが、大丈夫そうですわね。ところで、共和国連邦まではどれほどかかりますの?」
「四日ほどでしょうか。そこからさらに目的地へ着くのに二日。計六日間を予定しています」
「結構遠いんですのね」
「耐性の効果が切れたらちゃんとオウランに言ってくださいね」
窓の外を見ると、馬車は徐々に森の方へと入っていく。
今回の馬車は三台。真ん中にわたしたちの馬車があって、それを護衛するように二台の馬車が挟んでいる。
中には使用人やボディーガードが乗ってるけど、正直ここに乗っている五人が最強メンバーなので別にいらない。
「この森には魔物も出ます。一応気を付けていきましょう」
わたしの警戒する言葉に、全員が軽くうなずく。
しかしその警戒とは全く別の所で、トラブルは起きる。
「う、うわっ!?」
前方の馬車が急停止し、後続のわたしたちの馬車も止まる。
「どうした!」
「土砂崩れだ!前が塞がってる!」
マジか。
「クロ、ちょっと見てきなさい」
「かしこまりました」
わたしは馬車を降り、少し歩いて様子を見る。
かなりの規模で崩れている。これはどけるのに数日かかるだろう。
「ん?ああクロちゃん、近づいたら危ないよ」
「そのようですね。しかしこれはかなり………」
「ああ、まいっちゃうよ。お嬢様に一旦引き返すことを提案してきてくれないか?」
「いえ、その必要はありません」
最もその日数は、わたしがいなければだけど。
わたしの闇魔法ならこんなもの。
「お、おいクロちゃ」
「《闇封絶》」
この二年で使えるようになった高位魔法の一つ、『ブラックボックス』。
闇魔法で黒い箱を生成し、その中に入った物質を箱いっぱいになった瞬間に消し去るという魔法。
大きめの箱を作り、土砂を中に閉じ込めて消し去った。
「う、うおおおっ!?」
「な、なんじゃこりゃ………」
「これで通れますよね。引き続き先導をよろしくお願いいたします」
「あ、ああ」
あんぐりと口を開けている二人の使用人にぺこりと頭を下げて、わたしは馬車に戻る。
「どうだった?」
「魔法で土砂を消してきましたので、すぐに出発できると―――」
「大変だああ!後ろから魔物があああ!!」
………。
「トラブルは続くって言いますよね」
「勘弁してほしいわ。ちょっとあなたたち、ついてきなさい」
ノア様に連れられて後続の馬車の方に向かう。
すると。
「グゲエエエエエエエエ!」
「コロロロロロロロ!!」
「シャアアアアア!!」
「ギャバババ!!」
四体の魔物が争いながらこっちに向かってきていた。
縄張り争いだろうか。中型、つまり人間よりやや大きいくらいのサイズの魔物たちが威嚇の声を上げながらこっちに突っ込んでくる。
「ああっ!?お嬢様お逃げください!それに他の子たちも―――」
「まったく、面倒ねぇ」
「ではノア様はここでお待ちください。わたしたちが仕留めてきます」
「あらそお?じゃあお願い」
ステアがゴラスケをぎゅっと抱きしめ、オトハが笑顔で首を鳴らす。
そしてオウランは、腰に差していた刀を抜いた。
これはあの大書庫にあったアイテムの一つ、封印魔法がかけられていることによって常に一定の切れ味を保ち続けるという強力な性能をもつ刀だ。
「さっさと終わらせましょう、そろそろ昼食時です」
「めんどくさい」
「お嬢様に砂埃でもついたらどうしてくれるんですのあのボケナス共」
「口が悪いぞオトハ。まあ、一瞬で終わるだろ」
四体の魔物が、こっちに目もくれずに争い合い、そしてこっちの間合いに入った。
その瞬間。
「《死》」
「《傀儡化》。『自決して』」
「《強酸化》!」
「《耐性弱化・斬撃》………ふっ!」
わたしの魔法が一瞬で一体の命を刈り取り、ステアの魔法にかけられた一体が爪でのどを掻っ切って自殺。
オトハの魔法を受けた一体は体中の酸性物質を体を溶かすほどの強酸に変えられて死亡、オウランに弱体化させられた一体が成すすべなく体を両断された。
「終わりましたわお嬢様、褒めてくださいませ!」
「はいはい偉い偉い。四人ともよくやったわ」
この二年で、わたしとステア、それにノア様は一部の高位魔法が使えるようになっている。
オトハとオウランも、成長期だったこともあって凄まじいスピードで魔法を習得し、中位魔法はほぼコンプリート、高位魔法まであと一歩というところまで来ている。
「さ、これで憂いは無しね。さっさと行きましょう」
「前方の人達に伝えてきます」
「おなか、すいた」
「お嬢様、もっと褒めてー!」
「この魔物の死体、どけたりしなくていいのか?」
呆気に取られている他の皆を他所に、わたしたちは馬車の中へと戻った。
今日から一日一回更新とさせていただきます。0時投稿が無くなります、楽しみにしていただいている方申し訳ない!
次の更新は明日のこの時間です。