幕間 オトハとオウランの回想
またまた数年後の時間軸です。
「お嬢様お呼びになられましたかご奉仕ですか殲滅ですかそれとも私とセッ」
「言わせねえよ馬鹿!」
お嬢様に!お嬢様に呼ばれました!
美しくて天才で強くて美しくてカリスマに溢れていてそして美しい我が主人、ノアマリー様に!この!私が!
「ゴホンッ!失礼、取り乱しましたわ。それでお嬢様、私たちに何か御用でしょうか?もしかして私を抱いていただく気に」
「言わせねえって言っただろすいませんノアマリー様、すぐつまみ出しますので!」
「いえもう慣れたわよ………」
ああ、お嬢様は今日も麗しい。
あの美しい金色の髪に包まれたい。
あの目に吸い込まれたい。
あの胸に挟まれたい。
あんなに愛らしい生物がこの世に存在していることそのものが奇跡です。
「もういいわ、ちょっと二人にお願いが」
「ハグでもキスでもそれ以上のことでもなんなりと!!」
「お前頼むからちょっと黙っててくれ」
「オトハ、大人しくしてれば頭ポンポンくらいはしてあげるから」
その場で正座してお口チャックです。
「今は黙ってなさいって言おうと思ったんだけどさすが早いわね」
「それでノアマリー様、我々へのお話というのは?」
オウランが話しを進めようとしています。
そういえば、待機していた筈のステアやクロさんがいませんね、どうしたんでしょうか。
「オトハ、オウラン。別動隊の話はしてあるわよね?」
「はい、三百人ほどでしたか。来たところを迎え撃つ作戦では?」
「そうだったんだけど、気が変わったの。ついさっきクロとステアを向かわせちゃった」
「えっ?いいんですか、あの二人は護衛でしょう」
「護衛ならルシアスがいるもの。それより二人には、正面から陽動で来てる連中を何とかしてほしいのよ」
「別動隊から目を逸らすために大げさに進軍してきてる七百人の陽動役ですか。そいつらを僕たちが仕留めればいいんですね?」
「そういうことよオウラン。あなたたちなら数分で済むでしょう?」
わたしの毒劇魔法とオウランの耐性魔法があれば余裕です。
クロさんとステアよりも早く帰ってこれる可能性すらあります。
あの二人は超強いですが、広範囲殲滅能力なら私の方が多分上ですし。
「今から向かえばいいんですか?」
「ええ、出来る?」
「はい、もちろん。オトハも大丈夫だよな?」
「………………」
「もう喋っていいわよ」
「もちろんですわ!私のご主人様であるお嬢様の命を狙う帝国の毛虫共など、この手で駆除してしまいましょう!」
「あら頼もしい」
「不安だ………」
「そ、それでお嬢様!もしその任を達成した暁には、おおお嬢様のその美しい唇を私の頬に」
「オウラン、あとはよろしく」
「はい。ほら行くぞ」
「ちょっと離しなさいオウラン、まだお嬢様の返事を聞いてませんわ!ああっ、お嬢様ーーー!!」
***
なんということでしょう、お嬢様のキスがかかっているかどうかわからない任務だなんて。
七百人もの人間を殺すというのに、「かかっているかもしれない」では割に合いません。
「お嬢様のあのやわっこそうな唇を、押し付けられたらと思うと………ゴフッ」
「血を吹き出すな馬鹿。これから任務だぞ!」
「任務って、私の毒を散布するだけではありませんの。イージーですわ」
はあ、それよりもお嬢様は今日もお美しかったです。
あんな御方が私のご主人様。あの日、あの御方にお仕えすることを決めて本当に良かった。
四年経った今でも心からそう思います。
しかし私はもう十五歳、あと二年で成人です。
となると。
「それよりも、どうやってお嬢様に婚姻届けに判を押していただくかが問題ですわ」
「なんでお前はあそこまで拒絶の意思を見せられてもそうポジティブでいられるんだ………?」
「クロさんがかつていたニホンという国ではこんなことわざがあったそうですわ。『イヤよイヤよも好きのうち』。なんて素晴らしい言葉でしょうか」
「普通に『イヤよイヤよイヤよ』の間違いだろ」
「お嬢様のような方を『ツンデレ』と言うのだと思います。クロさん曰く、ツンツンしているけどたまにデレる人のことを指す言葉だそうですわ。お嬢様はそれに違いありません」
「普通に『ツンツン』の間違いだろ」
うるさいですねこの男。
可愛らしい双子の姉が妄想にふけっているんですから、ちょっと相槌を打つくらいやってしかるべきでしょうに。
「まあいいですわ。それよりいましたわよ、陽動とやらが」
「おお」
ここからはさすがに私も心を切り替えます。
敵を目の前にして妄想スイッチを入れられるほど器用ではありません。
「失礼、そこで止まっていただけますか?」
「………?なんだお前たちは」
七百の武装兵たちは、大げさな武器や防具を身に着けてこちらに向かってきています。
先頭に立つのは、長い茶髪を後ろでまとめた比較的若い男です。
「ここは弱者の遊び場ではない。さっさと帰れ」
「あら、ご丁寧にありがとうございます。ですが―――」
私はそう、厳しくも優しい言葉をかけてきた男に、こう返します。
「私の世界一麗しいご主人様を狙うクソ帝国のクソ兵士共を、一人残らずぶっ殺すのが私のお仕事なもので♡」
「たちな、私『たち』。あと言葉が汚くなってるぞ」
「おっと失礼」
ちゃんと取り繕いましたが、どうやら向こうの皆さんを警戒させてしまったようです。
いけないいけない。
「貴様ら、何者だ。劣等髪の分際で、こんな場所に………?待て、劣等髪だと?どこかで聞いた覚えが―――」
おや、私たちのことを知っているんでしょうか。
確かに半年ほど前にちょっと帝国兵たちを恐怖のどん底に陥れて殺したりしましたけど、それと何か関係が?
「ピンクと黄緑の髪………たしかそうだ、ゼラッツェ平野の」
「あ、ああっ、ああああ!!思い出した、『殺人姫』と『強王』だぁ!」
あっ、その二つ名は本当にやめてほしいです。
私なんかはまだいい方ですけど、『死神』とか呼ばれてるクロさんは頭を抱えていました。
「なんだよ強王って、別に僕が強いわけじゃないんだが」
「あちらを弱くして自分を強くしているだけですものね」
私も殺人姫は勘弁してほしいですね。
たしかに先の戦いで一番敵を殺したのは私ですけど。
「ゼラッツェ平野での戦いで、一万以上の帝国兵を殺戮した、ノアマリー・ティアライトの五人の側近………劣等髪でありながら謎の魔法を扱う魔術師、そんな化け物がここに!?」
「狼狽えるな!なんらかのトリックを使っていたに決まっている、劣等髪が魔法を使えんなど赤子でも知っているぞ!」
「し、しかし!強王はともかく、殺人姫は五人の側近の中でもダントツで頭がイカレていると噂の化け物です!無闇に近づいては………」
「なんて不名誉な。なぜそのような根も葉もない噂が立っているのでしょう」
「前の戦争で『あーっはっはっはあ!!お嬢様の身を狙う畜生共、全員全身から血ぃ吹き出してくたばるといいですわぁぁああ!!』って叫びながら三千人くらい殺したからだろ」
「だって、お嬢様の命とあんな豚以下の連中数万程度で割に合うわけがないのに、身の程を知らなかったんですもの。お嬢様の命に釣り合うものなど、それこそこの世界―――いえ、この宇宙くらいしかありませんわ」
我ながらいいこと言いました。
はあ、早くお嬢様に会いたい。
「だが用心に越したことは無い。全軍突撃で奴らを踏み潰すぞ!陽動が仕事とはいえ、我らがノアマリー・ティアライトを殺してはいけないとは言われていない!手柄は我が部隊が頂くぞ!」
「お、おい馬鹿!」
「「「うおおおおおおおお!!!」」」
帝国の兵共がこちらに突撃してきます。
「おい落ち着け!」
「ははは、今更命乞いか!」
「お前らに言ったんじゃない!おいオトハ、頼むから冷静に」
お嬢様を、殺す?
へえええええええええええええ?
「価値がなくなった家畜は、即・処分ですわね♡」
「ま、まずい!」
「《極酸性雨》」
***
「馬鹿なのかお前はっ!?僕もいるってことを忘れるな!」
「オウランは耐性魔法で防げるじゃありませんの。それにこちら側はちゃんと対象外にしましたわよ」
「こっちに雨が跳ねてきたんだよ!見ろ、ズボンが穴だらけだ!」
まったく気分の悪い。
お嬢様を殺す?あんなクソ連中が?
「さあ、帰りますわよ。そして今日こそ!お嬢様の唇を頂くのです!」
「おいその前にズボンについて謝れ!おい!」
まったく細かい男ですね、双子の弟は。
だからモテないんでしょう。
「しかし、お前の魔法は本当に環境に悪いな………」
「大丈夫ですわ、数分で中性化するように設定して降らしましたもの。直で当たった植物以外は影響を受けません」
「それならいいけど」
肉がドロドロになり、骨まで溶けた帝国兵共の死体を見ながら、オウランが呟きました。
「はあ、もういいや。帰ろう」
「ええ、一瞬で終わらせたことをお嬢様に褒めていただかなくてはっ!」
私たちは帰路につきます。
さあ、お嬢様の元へ!
オトハ、良いキャラしてません?