第4話 森の中で
「………どうしよう」
自分の生き方を見つけようと意気込んだまではよかった。
道がほとんど一本道だったのが幸いして、わたしはあまり苦労することなく、人里にたどり着くことが出来た。
親と奴隷商、奴隷仲間以外の人間を見るのは初めてだったけど、なんとか対話を試みたのだが。
「まさか、街にすら入れてもらえないとは………」
どうやら、黒髪への、というよりは劣等髪への差別は、想像以上に根深いらしい。
わたしを含む奴隷たちを乗せた馬車が転落し、わたし以外は死んでしまったあの事故から、既に三日。
わたしは今日の夕方に、この森の近くにあった街を見つけた。
食べ物はあったとはいえ、森の中をさまよい続け、ようやく見つけることが出来たその時のわたしの安堵と感動は、筆舌に尽くしがたいものだった。
だけどその高揚した気分は、一瞬で終わりを迎えた。
『ちょっと、黒髪がいるわよ!?』
『ああ!?ふざけんな、黒髪なんて街に入れられるわけねえだろうが!』
『とっとと失せろ!』
姿を現しただけで、衛兵が槍持って飛び出してきて、あっちいけだの早く行かないと刺すだのの大騒ぎ。
わたし、中身はともかく外見は五歳のはずなんですけど、さすがにその仕打ちはないんじゃないでしょうかね。
前世で夜逃げとか囮とか色々経験したわたしだからこの程度で済んでるけど、普通なら一生モノのトラウマだ。
酷いと思うかもしれないけど、冷静に考え、黒髪の希少性を考えると、まあ当たり前と言えば当たり前の反応だ。
かつての世界だって、人種差別は根強く残っているし、日本では黒髪や濃い茶髪以外の色は非常に目立つ存在だった。
こっちの世界では逆で、黒髪が珍しく、しかも忌避されているのだから、ああいう反応になるのもわかる。
だけど。
「お金があっても使うところがなければ意味がないし、食べ物ももう少ないし、どうしたものか。この髪色じゃあ魔法も使えない、五歳の身体能力なんてたかが知れてるから狩りとかもできない。………あれ、ひょっとして詰んでるのでは?」
そうやって追い返されて「はいわかりました」と帰ることはできないわけだ。
こっちは命がかかっているし、帰る家もない。親に売られたんだから。
だけど街に入れないんじゃあ、この貧弱な体で自給自足の生活をするくらいしか生きる手が思いつかない。
食べられるものと食べられないものの区別もつかない森でだ。
詰んだ。わたしの第二の人生は始まる前に終わったっぽい。
残り少ない、馬車の荷から持ってきた食べ物を少しずつ口に運びながら、わたしはすでに日が沈みかけた街の近くの森の中を歩いていた。
わたしの途方と共に暮れていく太陽は、木の間からも真っ赤な陽光でわたしを照らしてくる。
まるで、わたしという黒い存在を否定するかのようでむかついたが、自然にイライラしているという自分の現状を我ながら嫌に思い、ため息をついた。
「本当に、これからどうすればいいのか………」
そろそろこの辺りは完全に暗くなり、わたしは「一寸先は闇」をことわざ的な意味ではなく体現することになるだろう。
明かりのないこの状況では、自分の影すら見えず、木々のざわめきや不気味な風の音に悩まされることになるのかもしれない。
そう思うと気分が―――
「………いや、あまり落ち込まないなあ」
思えば、昔からホラーだの幽霊だの祟りだの、そんなものに対して恐怖を抱いたことが一度たりともなかった。
そんなものよりも身近な、純粋な暴力にばかり恐怖していたから。
夜の森だって夜逃げしてすぐの時はこういうところに逃げ込むことも珍しくなかったし、明かりがないことには割と慣れている。
今のわたしの状況を冷静に分析すると、年齢という問題があったとしても、あのクズの両親がいないだけ、あの頃よりはマシなのではないかとすら感じた。
確かに今は完全に何もないゼロの状態だけど、借金や毒親といったマイナスすぎる面がないということを考えると、今の方が幸せだ。
借金取りもいない。暴力を振るう親も、わたしを蔑む同級生もこの世界にはいない。
この世界での親に売られた身ではあるものの、こうして他所に売られることなく、わたしは自由に生きている。
「我ながら、幸せのレベル低いなあ」
親に売られて奴隷になりかけ、崖から落ちて、運良く助かったと思えば髪色で差別され、こうして森で一人たそがれている状況を「前よりは幸せ」と感じられる人間なんて、そうそういないと思う。
しかし現実問題として、このまま何もせずにいるわけにはいかない。
食べ物は健康そのものな子供の体であることを考えても、よくてあと二日分。
飲み物に関しては尽きかけている。
前世で色々としたくもない経験をしたおかげで、サバイバルの知識は多少あるけど、この世界とかつての世界は生態系もまるで違う。
見たことがない植物も多いし、見慣れた者でも、例えば日本では食用だったキノコに見える、わたしの足元に生えているこれも、実は超猛毒だという可能性もある。
獣が通った跡は見えないから、猛獣にいきなり襲われるようなことはないと思うけど、裏を返せば肉を得る手段がない。
罠を仕掛ける方法はさすがに知らないし。
この世界の生態系の知識ゼロの状態で、「毒がない」と保障されるものなど何もないのだ。
加熱すれば抜ける毒は多いが、火がない。
綺麗に洗うことによって表面の毒が消えるものもあるが、無駄遣いできる水がない。
なんで私の髪色は赤や青じゃないのかと、本気で神を呪った。
「はあ、仕方がない。少しでも体力を温存するため、今日は寝よう。たしか森で寝る方法は、こうして袋に足を突っ込んで、体育座りの姿勢で」
「いたぞ、悪魔だ!」