第54話 双子の復讐:終章
オトハとオウランが歩く様を、わたしたち三人は後ろから少し距離を取って見ていた。
「これであの二人はこちら側に付いた、ということなんでしょうか」
「さあ?一時の気の迷いかもしれないし、肉親を殺したら何らかの感情の変化があるかも」
「お嬢のカリスマに当てられたから、大丈夫だと思う」
「そうだといいんだけどね」
二人は兄と父が収監されている倉庫の前に立ち、迷うことなく鍵を開けた。
「では、お嬢様たちはここで待っていてくださいませ。ちょっと行ってきますわ」
「ええ、行ってらっしゃい」
「行きますわよオウラン」
「ああ」
「………お嬢様?」
「お嬢様って、言った」
「言ったわよね」
ノア様がお嬢様?
たしかにわたしとステア以外のメイドや使用人たちはノア様のことをそう呼んでるけど。
まあそれは今考えることではないので、わたしたちは倉庫の壁に張り付き、中から聞こえる音を聞き取ろうと―――
「あ、クロさん」
「え?あ、はいなんでしょう?」
「ちょっとこの二人をその闇魔法というもので縛り直しつつ、魔力を消していただけます?」
「は、はい」
「お手数おかけしますわ」
突如扉が開き、オトハがそう言ってきた。
まあ協力は惜しまないと言ったのはこっちなので、わたしは言われた通りにする。
「これでよろしいんですか?」
「はい、ありがとうございます」
「オ、オトハ?さっきから様子が変だけど、大丈夫か?」
「なんですのオウラン、私はいつも通りですわよ?」
「そ、そうか?それならいいんだけど」
確かに、なんだかさっきまでとオトハの様子がおかしい気がする。
オウランもなんだかいろいろ吹っ切れた顔になっているんだけど、オトハはそれに輪をかけておかしい。
なんというかこう、清々しさを感じるというか。まったく作っていない笑顔をしていて、それが何だか怖いというか。
「ではちょっと失礼を」
「じゃあ、我々は外で待っていますので、終わったら呼んでください」
「わかった」
わたしは扉を閉め、中の音も聞こえにくくなる。
けど、声が聞き取れないほどではなく、中からオトハたちの声が聞こえてくる。
『さてオウラン、クロさんが縛ってくれた縄以外を外しますわよ』
『ああ、わかった』
シュルシュルという音はさすがに聞こえなかったけど、なんとなく物音は聞こえ、中から怒号が聞こえてきた。
『ぷはっ………オトハ、オウラン、何のつもりだ!実の親にこのような仕打ち、どのような刑が待っていると』
『うっさいですわ』
『がふっ!?』
ん?
「今、すごい音聞こえなかった?」
「『ドゴッ!』って感じの音した」
「中で一体何が?」
『な、なにをずるっ!』
『お、おいオトハ、最初からやりすぎじゃ』
『オウラン、お兄様の方も早く外してあげて?』
『え?あ、ああ』
ギフト伯爵のちょっと濁点が入った声と、オウランの若干混乱した声、そしてオトハの命令が聞こえてくる。
『ゲホッゲホッ!お前たち、こんなことをしてただで済むと思っているのか!?僕はお前たちと違ってゴフッ!?』
今度はオトハの声すらせずに、オウガの空気を勢いよく吐き出す音が聞こえてきた。
「あの、なんだかオトハの様子がおかしくありませんか?」
「オウランが、わたわたしてる」
『おいオトハ?やっぱりおかしいぞ、ノアマリー様のお話を聞いてから。いや、僕だってあれで気持ちが吹っ切れたけど、オトハはなんというか』
『ふふっ、嫌ですわオウラン。私もあなたと同じ、お嬢様の言葉で目が覚めたというだけよ』
本当だろうか。
目が覚めたというよりは、なんというかこう、別の何かに「目覚めた」という感じだったような。
『ノアマリーだと?お前たち、ノアマリーに何かをしたのブゲェッ!?』
再びオウガの苦しそうな声。
『その汚い声で、顔で、口で、あの御方の名を気安く呼ぶとは―――万死に値しますわ』
そしてオトハの地の底から聞こえてくるような静かな怒声。
………ん?
「あの、オトハさん今なんて」
「『その汚い声で、顔で、口で、あの御方の名を気安く呼ぶとは万死に値しますわ』って、言った」
「えっと、何が起こっているのかしら」
『あの御方?まさか、我々をこんな目に遭わせているのはあの娘なのか!?どういうつもりガハッ!?』
『オトハあっ!?お、落ち着けぇ!』
『あの娘?あの娘ですってぇ………?汚職とおべっかと見下ししか脳の無い豚が、あの世界一尊き御方を、あの娘ぇ!?』
「あの、ノア様!なんかやばくないですか!」
「あ、あら?ちょっとやりすぎたかしら?」
飛び込もうか迷うが、あの家族問題に首を突っ込むのも憚れるし、何より身の危険を感じるので入りたくない。
『オトハ、オトハっ!?正気に戻れって!この二人を痛めつけるのは大賛成だが、落ち着けよ!』
『ふ、ふふふ………そうですわね、少々熱くなってしまいましたわ。あの御方を侮辱するような発言に我慢できず』
『あの御方って、ノアマリー様のことか?』
『ええそうですわ!』
困惑するようなオウランの声と共に、中からオトハのこれまでとは打って変わった、何かに甘えるような声が聞こえてくる。
『オウランも見たでしょう?あの御方の、お嬢様の、ノアマリー様の御威光を!私としたことがなんて節穴のような目だったのでしょう、あの御方のあれほどの魅力に、ずっと気づかなかったなど!』
『ああ、僕も確かに魅せられた。今後お仕えできればどんなに幸せかと思ったもんだが、それを踏まえてもお前は何かおかしい!』
『おかしくなどありませんわ!私、確信したんです!あの御方こそがこの世界を統べるべき絶対の存在!あの御方こそが女王………いえ、女神ですわ!』
「お嬢、女神なの?」
「違うわよ………」
「ちょ、なんか今までとは別方向にやばいことになっているのでは」
『嗚呼、私はなんと愚かだったのでしょうか!今まであの御方を信じず、疑いの心を持っていた、つい十分前までの私を殺してやりたい!あの魅力!あの美貌!あの慈母のような瞳!あの麗しすぎる笑顔!あああ尊すぎますわお嬢様、もう私、あの御方にであれば騙されようが殺されようが構わないですっ!』
『いや、オトハ、あの………なんでもない』
オウラン、諦めた。
諦めないで。なんとかして、横のその自分の片割れ。
『お、お前は何を言っているんだ………?』
『お兄様に理解してもらおうなどと毛ほども思っておりませんわ。ただ私は、真なる愛というものに目覚めただけなのです。お嬢様を思い浮かべるだけで心が締め付けられ、心が疼いて、どうかしてしまいそうになる―――これが恋というものなのですねっ!』
『………………』
「ちょっとクロ、あれ何とかできない?」
「無理です」
「好かれるのはいいのだけれど、さすがにあそこまで暴走されるとなんか違うというか」
まさかオトハが、ノア様のカリスマと美少女っぷりに充てられてあそこまで暴走するとは。
完全に予想外だ、あのこっちを警戒しまくっていたお嬢様口調の人間不信少女はどこにいった?
『こ、このイカレ娘が!やはり親の情などかけず、処分しておくべきだった!今まで育ててやったのに、恩を仇で返しおって!』
『………育ててやった、だと?』
オウランの声の雰囲気が変わる。
『あんなっ………あんな目に遭わせてきて、親の情?育てた?ふざけるのも大概にしろ!』
『うるさい!お前たちが強者に産まれれば、劣等髪などに産まれなければ良くしてやったのに!オウガを見ろ!あのノアマリー・ティアライトとの婚約すら果たせるほどの逸材に育った自慢の息子に比べ、お前たちは』
あ、それは言っちゃダメな奴じゃ―――。
ドスッ。
中から鈍く、そして嫌な音が響いた。
『え?』
『は?』
ギフト伯爵とオウランの呆けたような声がほぼ同時に響く。
『あらあら、その婚約者とやら、首が落ちてしまいましたわ♡』
えっ。
『ひ、ひぃぃぃ!?』
『お、おいオトハ、早すぎだろっ!もっと苦しめてから殺すべきじゃなかったのか!?』
『やれやれ。オウラン、私怨はよくありませんわ。とっとと終わらせますわよ。でないと外で待たせてしまっているお嬢様が風邪を引かれてしまいます』
え、嘘。
今の音、オトハがオウガの首をちょん切った音?
「ノ、ノア様、これはどうすれば」
「どうするかしらね………」
「二人とも、なんでそんな、難しい顔してるの?」
ステアがオトハの言葉を理解しきれていないのが唯一の救いか。
十一歳の童女が実の兄の首を笑顔で落とすとか、どんなサスペンスだ。
『正直に言いますと、私もう家族に受けた仕打ちに対する復讐とか………どおおおおおでもいいんですわ、オウラン』
『そ、そうなのか?』
『ええ。だって今日、オトハ・ギフトとオウラン・ギフトは死んだんですもの。今日からはただのオトハとオウラン。ノアマリー・ティアライト様にお仕えし、その危険をすべて排除する下僕。ですから』
斧か何かを、床にたたきつける鈍い音が聞こえる。
『もう父親だったその男とも、首だけになったこの兄だった死体とも関係ありませんわ。これはただの作業。かつての私たちとの繋がりを断ち切り、新たな人生を歩むための最後の作業です。作業に時間をかけていては、お嬢様に無能と思われてしまいますわよ、オウラン』
「いえ別に時間をかけてくれていいのだけれど………」
『そうか。いや、たしかにそうだな。お前の言う通りだオトハ』
『分かればいいんです。さ、さっさとその男の首を落としてしまいましょう』
『な、な、な、なん、なんっ!?』
「いえ、ですから復讐のために時間を取ったんですから、もう少しゆっくりでも我々は全然いいんですが。この時期は寒くありませんし」
「ダメ、聞こえてない」
『ま、待て!クソッ、何で魔法が使えん………おい、待ってくれ!我が子たちよ!分かった、今までの待遇については謝罪しよう!望むものは何でも買ってやる、しっかり我が子として扱おう!だからやめっ』
『私の望むものは、あなた如きでは一生かかっても手に入れられないものですわ』
『謝罪も待遇の改善も必要ない。何故なら僕たちは今日、生まれ変わるんだから』
『じゃあオウラン、あなたがやってくださいな』
『ああ』
『やめろおおおおおお!!』
間もなく叫び声が止み、代わりにドサリという音が聞こえた。
終わったらしい。
「お待たせしてしまい申し訳ございません、お嬢様、クロさん、ステアさん。今終わりましたわ」
「え、ええ、聞いていたわ………」
「あの、これ、タオルどうぞ。血があちこちにべっとりと」
「あらお恥ずかしい。では遠慮なく」
「ありがとうクロさん」
「は、はい………」
タオルで体を拭く間も、片時もノア様から目を離さずに、漫画であれば瞳に♡が浮かんでいたであろうオトハと。
ちょっと顔を青くしているが、後悔は無いと言うようにきりっとした顔をしたオウラン。
オウランはともかく、オトハはちょっと頭がヤバイ。
今までとは別の意味で苦労しそうだ。
「その、クロさん。聞こえてたってのは」
「ええ、あなたの片割れの声もバッチリと」
「………ノアマリー様のご様子、どうだった?」
「結構引いてましたね」
「やっぱり?」
「まあ、希少魔術師候補は非常に貴重なので大切にはされるでしょうが、恋仲まで発展するかどうかはわかりかねます」
「………その、なんというか、あんな風になるとは思わなくて。僕から言っとく、ごめん」
「いえ、あなたのせいではないので………」
なんだろう、この感じ。
なんというか、オウランとは仲良くなれそうな気がする。
つい十数分前までは疑っていたノア様に対して荒い息を隠さない変態を慌てて諌めに行くオウランを見て、なんとなくそんな予感がした。