第53話 双子の復讐:中章
「知らないわよ」
ノア様の口から出たのは、その突き放すような一言だった。
「し、知らないって………」
「あのね、あなたたち何か勘違いしてないかしら?」
「勘違い、だって?」
「私は別にあの男たちに恨みなんてないのよ。いえ、あのオウガに関しては多少負の感情は募っているけど、あなたたちみたいに復讐って気持ちは持っていないわ。なのになんで部外者の私に意見を求めるのよ」
「で、でも。お父様とお兄様を捕らえたのはあなた方ではないですか」
「ええそうね。だけど、それはあなたたちの信用と交換条件としてやったことよ。本来なら捕まえてあなたたちの前に引っ張り出した時点で、あなたたちには私の出した条件、こちらを信用するという義務がある。だけど父と兄に対して復讐しないことには、あなたたちの新たな人生は始まらない。だから待ってるの」
そう、こっちが出された条件は『ギフト家を潰し、ギフト伯爵とオウガをこちらに生かして連れてくること』。
もう達成されているのだ。
だけど、ノア様は最大限の譲歩として、双子が父と兄の処遇を決めるまで取引は待っている。
「数日待てば結論を出してくると思っていたのに、一週間も待たせて、挙句に私にどうするか決めてくれ?もう一度言うわ、知らないわよそんなこと」
「うっ………」
「別に待たされるのはいいわ。時間をかけてあなたたちの信用を得られるならそれでいい。だけど、自分たちの復讐に他人を介入させるのはいただけないわ」
ノア様は双子に近づき、かがんで目線を合わせて。
「復讐を、他人に任せてどうするのよ」
そう言って、双子の頭を軽く叩いた。
「私たちの仕事はもう終わっているの。あとは自分たちで考え、自分たちで行動なさい。大事なところを他人任せにするほど勿体ないことは無いわよ」
ノア様は立ち上がり、さっきまで座っていた椅子に座りなおした。
「でもそうね、一つアドバイスをあげましょう」
「アドバイス?」
「『復讐は何も生まない』って言葉あるじゃない?私、あれ嫌いなのよ」
ノア様はわたしとステアをちらりと見てからそう話し始めた。
「だってそうでしょう?自分が理不尽な目に合っているのに、相手が罰せられない。そんな状況でなんで被害者が我慢しなきゃいけないの?生産性がなければ何もしちゃいけないの?」
わたしは考える。
『復讐は何も生まない』、前世の小説や刑事ドラマなんかでよくあった陳腐な言葉。
ノア様と同じく、あれにわたしはまったく共感できない。
そもそもあの言葉を肯定してしまったら、わたしが前世で命を絶ち、両親に復讐したことが悪いことのようじゃないか。
いじめの被害者が加害者に対して仕返ししようとするのは悪か?
人間に村を焼かれた魔族の少女が人間に報復をしようとするのはおかしいか?
「あなたたちが自分の家でどんな扱いを受けてきたのか、私は知らないわ。だけど、少なくとも肉親を殺してやりたいと思うほどの激情ではあったのでしょう?」
「た、確かにそうですが、しかしやはりどうしても………」
「あんなでも兄と父。肉親を殺すってことに、どうしても」
「あなたたち、さっき言ったわね。『こんなことして何になるんだろう』という気持ちがあると。復讐を躊躇う連中の大半がその気持ちを理由にするのよ」
ノア様は相変わらず、珍しく辛らつな言葉を双子にかける。
「そんな気持ちが湧き出るくらいなら、最初から復讐なんて望まなければいい。言っておくけど、もう既にあなたたちが望んだことによって、内乱は起き、多くの人間が命を落としているわ。後戻りが出来るとでも?兄と父を許し、家族として生きていけると、そう思う?」
「お、思うわけがないでしょう、あんな家族に!」
「じゃあ何故殺さないの。何故復讐しないの。何故躊躇うの」
「それはっ」
「何故か教えてあげましょうか。それは、あなたたちが怖がっているからよ」
「こ、怖がって?」
混乱する様子のオトハとオウラン。
「あなたたちはずっと閉じ込められてきた。外を知らない、今まで以外の生活を知らない。だから家族を殺すことを躊躇っている。あなたたちは兄と父を恨んでいるようで、その実依存していたのよ」
「そ、そんなこと!」
「あるわよ。あなたたちだって劣等髪の不遇な扱いは知っているでしょう?あなたたちを虐げていた屋敷だけど、最低限の生活は保障してくれていたんだもの。それが無くなった今、その名残である兄と父に固執する気持ちが無意識に芽生えてしまっているってことね」
「そんなわけがっ」
「言い方変えてあげましょうか。あなたたちは今、新しい人生を歩むのが怖いだけ。現状以外を知らないから上を目指せない。だから新たな生を歩めない根源である兄と父を殺せないの」
ノア様はバッサリと、双子にアドバイスという名の暴言を吐いた。
しかし、アドバイスと言うには幾分か辛い言葉だったけど、的は射ている。
「じゃあ、どうすればよかったんですの………あのまま、あなたたちに助力を求めず、あの独房のような部屋に戻ればよかったと、そう言うのですか!?」
「そうは言わないわ」
「だってあなたが言ったことは、そういうことでしょう!」
「違うわよ」
「じゃあ何だって言うんですの!?」
オトハが叫び、それを慌ててオウランが止める。
ノア様は表情一つ変えずに、椅子にもたれかかっていた。
「あなたたちの素晴らしいところは、その状況から抜け出そうという決意をすることが出来たところよ」
「え………?」
「私が言いたかったのは、あなたたちはあと一歩を踏み出せていないだけだってこと。強い言い方をしたけど、あなたたちは私たちという助力はあったとはいえ、もう依存から抜け出す一歩手前まできているのよ」
前世の世界では、バンジージャンプというものがある。
命綱を括りつけ、超高いところからジャンプするという謎のアクティビティだが、現状をそれに例えるとわかりやすいかもしれない。
この二人はすでに、命綱を装着し、転落まであと一歩という状態まで来ている。
普通はそんなことをしようともしない。だけど二人は、飛ぼうという決心はした。
そしてその目的は、ちょっとの勇気で達成できる。
「新しい世界を見るのが怖いという気持ち、分からなくはないわ。だけど、やらずに後悔するよりはやって後悔する方がマシだと、そうは思わない?」
「………!」
「でもそうね、どうしても怖いなら、ここで取引成立としましょう。私たちはやることをやったんだから、私を信用しなさい」
「えっ………!?」
「あ、そ、それは」
「その信用の上で言うわね」
ノア様はフッと微笑んで、二人を出来の悪い後輩を見るような目で見て。
「新たな道を歩もうとするのが怖いなら、私たちが支えてあげるわ。一緒に歩んであげる、ちょっと前を歩いて道を照らしてあげる。あなたたちが呪い続けたであろう人生を、百倍良いものにすると約束しましょう」
人の人生を約束など、傲慢極まるとすら言える言葉を、さらりと言い切った。
「あ、あら………?」
「な、なんだ、これ………」
いつの間にか、オトハとオウランは泣いていた。
ノア様のずるいところはここだ。
どんなに傲慢でも、どんなに強欲な言葉を紡いでも、この人と一緒にいればそれが簡単に成せてしまえるんじゃないかと思えてしまう。
「ノアマリー様………あなたそんなに、綺麗だったんですの………?」
「あら、お世辞でも嬉しいわよ。ありがとう」
オトハはそう言い、オウランもノア様から目を離さずにぼーっとしている。
この二人は初めて今、ノア様のことを「見て」いるんだろう。
真の意味で、しっかりと。
だからこそ、ノア様が放つ、希少魔法を扱う才能を持つ者にしかわからない絶対的なカリスマ性に充てられている。
「あなたたちの今後の人生は、私と共にいるなら絶対に良いものにすると誓ってあげるわ」
ノア様はわたしとステアを魅了した時のように、ゆっくりと二人に近づいて。
「だから、私と一緒に来なさい。私と共に、私の夢を叶えて」
「「………」」
「オトハ、オウラン。私のものになりなさい」
その手を差し伸べた。
あの甘言に惑わされない劣等髪なんて、わたしの知る限りいない。
だってこうして、わたしとステアは今でも惑わされているんだから。
オトハとオウランは、しばらく涙を流しながらぼーっとノア様を眺めた後。
そっと、その手を取った。
>>いじめの被害者が加害者に対して仕返ししようとするのは悪か?
人間に村を焼かれた魔族の少女が人間に報復をしようとするのはおかしいか?
こういった作品をお望みの方は、私の百合処女作「転生吸血姫と元勇者、人類を蹂躙する」という小説がありますので、是非ご覧ください。
露骨すぎたか。