第49話 黒歴史
「まずどこから話そうかしらねぇ。そうね、やっぱりクロと出会った時の話からしようかしらね」
「ちょっ、本当に話すんですかノア様!?やめてください、恥ずかしいですから!」
「何故恥ずかしいの?私とクロが出会った感動的な話じゃない。確かにあなた大荒れして、世界をぶっ壊したい病にかかってはいたけど」
「………ちょっと面白そうですわね」
「なんでこんな時に限って食いつくんですか、こっちを信用してないなら来ないでください!」
「クロ、そんなこと言っちゃだめよ、可哀想だわ」
「現在の状態で一番可哀想なのは間違いなくわたしです!」
「でね、今はこんなふうに過去を恥ずかしがってるクロなんだけど、昔はね―――」
「ちょ、本当にやめ、待っ、い、いやあああああああ!!」
***
「って経緯で、この子は私のものになってくれたの」
「「へぇ~」」
「いっそ、殺してっ………!」
五歳のあの頃。
冒険者に騙され、蛇の生贄にされかけて荒んでたとはいえ、あんなに取り乱して「魔王になってやる」とか思っていたあの時代は、私にとって完全に黒歴史だ。
ノア様に出会えたことは非常に喜ばしいことだし、この御方にお仕えできていることが至上の喜びではあるし、あの時にかけてもらった言葉は一言一句違わず覚えているけど、ノア様とお会いするまでのわたしのことはもう思い出したくない。
なに、『わたしの生きる意味を見つける』って。そんなもの探す暇があったら人を疑う術を覚えろ。
なに、『すべてを滅ぼしてやる』って。そんなことしてる余力があるならそれこそどう生きるか考えろ。
「まあそんな経緯で、この子も髪色で苦労したクチよ。あなたたちと同じようにね」
「はあ、まあ。わたしは幸運にも早々にノア様に見つけていただいたので、十一年も酷い目にあって来たあなた方の気持ちを推し量ることはできませんが―――」
「い、いえ。お互い大変ですわね」
「あら、疑わないの?」
「疑うも何も、当事者がこんなに顔真っ赤にしてるんだから信じるほかないだろ」
鏡を見るとなるほど、顔がトマトのようになっている。
「あははは、クロったら面白い顔になってるわよ」
「ノア様のせいです!」
ニマニマした笑いを隠せていない。
もうやだこの真性ドS。
「そちらのクロさんのことは分かりましたが、あのステアという少女は?」
「あの子は元奴隷よ。四年前に見つけてね」
「買った、ということですか?」
「いえ、ノア様がステアの元主を嬲り殺して解放したんです」
「「!?」」
「ちょっ、クロ言い方!仕返しのつもり!?」
嘘は言ってない。
「ち、違うのよ、話聞いてちょうだい?」
「や、やっぱりそういう、血も涙もない方………」
「信用しろって名目で、僕たちを恐ろしい目に」
「違うって言ってるでしょ、ていうかあなたたち人間不信ぶっといて都合のいいことは信じるじゃない!そうじゃないのよ、ちょっとクロ、あなたも誤解解きなさい!」
仕方ないので、詳細を話す。
ステアを仲間にした、四年前の話を。
「と、いうわけでして」
「は、はあ、そうだったんですのね………」
「なんでまだ逃げ腰なのよ。まだ疑っているの?」
不機嫌そうにお菓子をパクつくノア様。
ちょっとやり返しすぎたか。
「ではその、ステアさんが持っているあの個性的な人形は?」
「ああ、ゴラスケね。四年前に行商人からあの子の誕生日プレゼントに買ったのよ」
「ご安心ください、センスの独特さが常軌を逸しているのはわたしたちも分かっていますので」
二人はほっと溜息をついた。
ずっと閉じ困られていた自分たちのセンスがおかしいのかと疑っていたのかもしれない。
「どうしたの?やけにこっちに興味を示すじゃない」
「今後味方になるにしろ敵になるにしろ、情報があるに越したことはないと思っただけだ」
「私たちが嘘をついてるかも」
「それでも、情報がないよりはマシですわ」
双子は立ち上がり、ノア様の部屋の扉を開ける。
「では失礼。戻る部屋は先ほどお教えていただいた場所でよろしいんですのね?」
「ええ、あそこなら人が来ないわ。食事は後でクロに運んでもらうから心配しないで」
それだけ聞くと、双子は部屋の外に出てしまった。
「なかなか信用を得られませんね」
「ステアが仕事を終えて帰ってきてくれればそれで解決よ。心配ないわ」
「あの二人は、未だ我々を見ていません。ノア様の希少魔術師候補を惹きつける謎の魅力も通じていない事からも明らかです。ノア様、申し上げにくいのですが」
「ギフト家を潰しても、あの二人が私のものになる可能性は低い?」
相変わらず、人の言いたいことを先読みするのが好きなお人だ。
「クロの懸念はもっともだわ。あの二人の不信は相当なもの、賢い子ならそう考えるのが普通」
「ならば、もっと賢いノア様は別の答えに行きついていると?」
「そうよ」
ノア様は気楽な姿勢で伸びをしながら言う。
「クロも気づいてると思うけど、あの二人は人間不信であると同時に、心から信じられる人間を渇望しているわ。二人で生きていくという決意の裏に、多くの人間と触れ合いたいという矛盾した欲望を持っている」
「はい、それはなんとなく感じていました」
「その複雑な心理状態を作ってしまった要因は、あのギフト家。敵だらけの環境で育ったゆえの人間不信。だからこそ信頼できる味方が欲しいという信頼願望。だけどその、敵だらけの環境を壊してしまえば?」
「人間不信が崩れて、ノア様への信頼が芽生えると?そんなに上手くいきますか?」
「いくわよ。いえ、正確には『自分たちの手で過去を断ち切る』という儀式が必要と言い換えた方がいいかしら」
「それがつまり、あのオウガとギフト伯爵を彼らの手で殺させることだと?」
「そう。今回の賭けはその部分なのよ。あの二人が殺人を躊躇うようなら、彼らの恨みもその程度だったということ。その後クロや私があの二人を殺しても、彼らは私たちを『信用』はしても『信頼』はしてくれないでしょうね」
信用とは、信じて用いること。相手のことを信じて、言い方は悪いが利用すること。
対して信頼は、信じて頼ること。相手のことを信じるという面では変わらないけど、利用すると頼るでは大きく意味合いが違う。
わたしたちは今、彼らに「信用」を求めている。けどノア様はその先、「信頼」に二人のわたしたちに対する気持ちを持っていこうとしている。
「ステアの時は、あの子はまだあの男を殺す手段がなかったし、既に半分はわたしに傾いていたからクロに殺してもらったけど、あの二人はそうはいかない。ステアの心配はしていない、あの子なら絶対大丈夫。問題は、あの二人が実の家族に手を下すことが出来るのか、というところよ」
「あの二人が根は優しいのは、接していてわかります。人の感情に敏感なステアも彼らに悪い印象を持っていなさそうでしたし。しかし優しさは時に枷になります」
「そうねぇ」
ノア様はため息をつき、リラックスするように背もたれにもたれかかった。
「せっかく見つけた希少魔術師候補、なんとしても私のものにしたいけど。ステア以上に手間がかかるわ」
「この機会を逃せば、次に見つかるのはいつになるか。戦力を整える前に帝国に攻め込まれかねません」
「もういっそ、本当に帝国に亡命しようかしら」
「ノア様がそういうのでしたらついて行きますが、その場合はこの家の地下にある大書庫を手放すことになります」
「………それだけは何としても避けなきゃならないわね」
ノア様がこの不利な状況の王国にそれでも居続けるのは、あの書庫があるからだ。
あそこ無くしては、次なる希少魔術師を育てられないし、多種多様な替えの効かないアイテムも使えない。
それに、あそこは万一の時の隠れ家でもある。
「いっそ、二人をあの場に連れて行きますか?希少魔法の存在を知れば、あの二人もこちらを信用するかもしれません」
「ダメよ、あの二人が外部にあの場所のことを漏らす危険性があるうちは。せめてステアが戻ってからにしないと」
あの二人がわたしたちを信用しない限り、わたしたちも向こうを信用できない。
やっぱり今回の鍵は信用、信頼か。
「困ったものねえ」
「困ったものですね」