第48話 はじめてのおつかい
「世話になったな、ゴードン殿。互いに利のある素晴らしい会談だった」
「こちらこそ感謝する、オウラス殿。この婚約はやはり、双方に繁栄をもたらす素晴らしいものだった」
二人の貴族当主が握手を交わし、馬車に荷物が積み込まれていく様子を、わたしとオトハとオウランは上から眺めていた。
「本当に、あの者たちは私たちのことを忘れていますの?」
「はい、事実としてあなた方を探していないでしょう?昨日のうちに全員の記憶からあなた方を消しました。あとはステアに任せておけば心配ありません」
「あのちびっ子に任せて大丈夫なんですの?不思議な力があるとはいえ、まだ八歳だと伺いましたが」
「あの子は同年代の子供の十倍は賢いので、大丈夫ですよ。あとステアは何故かちびっ子と呼ばれるのが嫌みたいなので、やめてあげてください」
オトハとオウランが屋敷に来て、ギフト家への復讐を願ったその翌日。
オウガを始めとするギフト家の面々は、帝国の実家へ帰るために準備をしていた。
「ああ、ハニー。また君と会えなくなってしまうなんて悲しいよ。だが心配ない、僕の心はいつだって君の傍にあるよ」
「私も寂しいですわ、オウガ様。またいつでも遊びにいらしてください」
オウガの手を取って目をウルウルさせながら、哀愁の漂った顔をしているノア様が上から見える。
「………演技力が凄すぎて、我が主ながら一周回って怖い」
「なあ、あんたはあのノアマリー様の部下じゃないのか?そんなこと言っていいの?」
「あの御方に拾われた身ではありますし、忠誠を誓った配下ではありますが、主を全肯定する従者が良い従者ではありませんので。変なところや悪いところはすべて包み隠さず言うようにしています」
内心じゃ、『これが最後の女性とのスキンシップよひっひっひ』とか思っているだろうに。
窓の中から馬車を見ると、その中の一つからステアが顔を出し、こちらに手を振っているので、わたしも振り返す。
「そういえばえっと、クロさん?」
「はい、なんですか?」
「あのちびっ………ステアさんが凄いのは認めますわ。しかし、何故一人で?あなたも行けばよろしいのでは?」
「第一に、わたしの闇魔法で消せるのは自分の存在感だけ、しかもステアと違って常時魔力を使用するので長時間使用できません。第二に、ノア様をお一人にしておくわけにはいきません、危険ですので。第三に、これがステアの『はじめてのおつかい』だからです」
「「へ?」」
まあそういう反応になるだろう。
以前、ノア様とステアにわたしの前世でやっていたあの有名なテレビ番組の話をしたら、何が琴線に触れたのかステアが食いつき、おつかいをしたいと言っていた。
子供のおつかいにスタッフ以外が同行するなど言語道断。だけどステアの行く店が、劣等髪に冷たい相手じゃないとも限らない。
今なら過保護になる親やシスコンな姉の気持ちが分かると思ったものだが、ここにきて適度に難しく、そしてステアの能力が十全に生かせる場がやってきた。
「出発します!」
ギフト家の連中が馬車に乗り込むが、ステアに騒ぐ気配はない。
完全に認識操作が効いているらしい。
『お嬢、クロ』
『ステア、大丈夫ですか?忘れ物は?』
『ない』
『何かあれば、持たせた通信アイテムで連絡するのよ。一度しか使えないから気を付けて』
『ん、いってきます』
『ええ。いってらっしゃい、ステア』
『期待していますよ』
その言葉を最後に念話は切れ、馬車は出発しだした。
「ノアマリー!手紙を書くよ!」
「はーい、お待ちしております!」
最後までキモいオウガの姿も見えなくなったころ、ノア様は御父上と一言二言交わし、屋敷の中に戻ってきた。
「お疲れさまでした、ノア様。紅茶かコーヒーをご用意してありますがどちらにいたしますか?」
「紅茶、ミルクと蜂蜜多めに。あーもーあの男、最後の最後まで気色悪かったわ」
「お疲れさまでした。あ、オトハさんとオウランさんもどうですか?」
「いえ、遠慮しますわ」
「僕も結構です」
「ガード固いわねえ」
相変わらずまだこっちを信用していないオトハとオウランを他所に、わたしはノア様に要望通り紅茶を入れた。
「あなたたち二人の記憶は、もう私たちとステア以外にはないわ。ギフト家の屋敷に残った連中もステアが消すでしょう。死産ということになっているあなたたちは存在を周りに知られていない。もうすぐ、あなたたちを知る人間はいなくなるわ」
「そうなった後、どうするかはお二人の自由です。私たちと共に来るのもいいし、何処かへ旅をするのもいいでしょう。劣等髪への世間の風当たりは厳しいのでお勧めはしませんが。しかし、こちらを信用はしてくださいね」
「わかっていますわ、そういう約束ですもの」
「ああ、約束は守る」
二人は警戒しつつも、真剣な目でそう答える。
嘘はついていない。
「結構よ。だけどあなたたち、食事はどうするの?そこについてはこちらを信用してもらわないと、毒を気にしていたらキリがないわ。部屋は別に用意してあるけど、自分たちで持っているわけではないんでしょう?」
「うっ………」
二人は喉をうならせ、例のごとく顔を見合わせると。
「………仕方がありません、そこにつきましてはこちらが頂く立場なのですし、信用致しますわ。ただ、皿を二つに分ける必要はありません。一セットで十分です」
「交互に毒見役を務めるということかしら?一人が盛られてももう一人が連れて逃げ出せると」
「毒を盛るつもりは毛頭ございませんが、約束を反故にして我々の話を聞かずに逃亡しようとした場合、全力で対処させていただきますので、悪しからず」
「そんな心配しなくても、そちらが変な真似をしようとしない限り、こちらも事を荒立てるつもりはない」
やはり昨日の今日じゃ、信用を勝ち取るのは難しいか。
ステアの帰りを待つしかない。
「ステアは大丈夫でしょうか?いくつかの便利アイテムは持たせましたが、やはり心細かったりするでしょう。ポーカーフェイスで分かりにくいですが、まだ八歳の女の子です。さすがに何日もここを離れさせるのは―――」
「大丈夫よ、ステアは。認識操作さえちゃんとすれば、寝るところも食べるものも屋敷の中にもいくらでもある。それに、あなたに作ってもらったクロ人形とノア人形もあるでしょう?」
「し、しかし、今回の作戦の経過予想時間は二週間です。酷すぎたかも」
「まあね。だけどクロ、あなた見落としているわ」
「見落としている、ですか?」
ノア様は何も気にしていないかのように紅茶を啜って言う。
「あの子の私への忠誠心と、私たちへの愛着。そしてギフト家に対しての嫌悪感、オトハとオウランに対する同情。何より、すべてを理解し臨機応変に対応する能力。ステアを突き動かす原動力は凄まじいわ。あの子ならやり遂げてくれる」
確かに、ステアの聡明さは大したものだけど。
でもやっぱり、不安は残ってしまう。
「信じてあげなさい、クロ。大丈夫、あの子は天才だもの」
「………そう、ですね。信じて待ちましょう」
不安はある、けど。
でも、今はステアを信じる。
あの子の才能と血の滲むような努力は、私たちが一番よく知ってる。
「………素朴な疑問なのですが」
「あら、なにかしら」
「いえ、ノアマリーさんとクロさん、ステアさんは、どうやってお知り合いに?金髪と黒髪と水色髪なんて、普通は集まるような方々ではないような気が」
「あ、聞いちゃう?それ聞いちゃうかしら?」
「ノア様、何を面白がってるんですか」
「だって、昔のクロの話をする機会なんてめったにないもの。あの時の荒んでいたあなた、今思い出すと面白いわよね!あ、詳しく話してあげるから座って?」
「ちょっ!?やめ、ノア様!?」