第47話 懐疑と期待
「一応作戦の確認をするわよ。まずあなたたちは明日までに、この家にいるわたしたち以外の全員から、オトハとオウランの記憶を消しなさい。クロも闇魔法を使えば可能よね?」
「はい、消すだけでしたら。ステアと違って、元には戻せませんが」
「それでいいわ。次にステア。ギフト家の連中を操って、あなたを認識できないようにした後、明日帰る連中に混じってあなたもギフト家の屋敷に行って、汚職やらなんやらの情報を盗んできてちょうだい。金庫に入ってると思うけど、あなたなら記憶から開き方を抽出できるわ」
「ん、わかった」
「その後、その汚職の証拠をすべて記憶したら、書類を街の有力者や記者なんかに配ってきて。その後は簡単よ、その辺の血の気が多そうな連中や冒険者、その他諸々の怒りの感情を、精神操作で煽ってあげればいい。クロ、そうするとどうなるかしら?」
「内乱が起きますね。ギフト家は失脚に追い込まれるでしょう」
ノア様とわたしたちが、「あの男をどうやったら苦しめて殺せるか」というジョークの一環で考えた作戦が、次々と並べられていく。
「でも、魔力、足りるかな」
「現在のステアの使用可能魔力はたしか72でしたよね?回復する分の魔力と合わせ、今日のうちにできることはやっておけば、ギリギリ持つのでは?」
「消費魔力が大きい記憶操作や記憶透視と違って、今回はちょっとした認識操作ばかり。大丈夫だと思うわ」
「ん、頑張る」
ステアの現在の魔力は『72/1450』。この時点で、並みの平均的な魔術師
の倍の魔力を誇る。
しかもそれだけではない。
精神魔法は、記憶を覗いたりする魔法の場合は、見ている間ずっと魔力を消費し続ける。
記憶を操る魔法の場合、前後の矛盾を正すために余計に魔力を消耗する。
だけどちょっとした認識を操るだけなら、一度操ってしまえば解除するまで魔力を使うことなく効果が持続するのだ。
「計算した。大丈夫だと思う」
「それなら良かったわ。早速作業に移るわよ。あ、その前にそこの二人、あなたたちが直接手を下したい相手とかいるかしら?」
「え?」
「だから、あなたたちがその首を落としたい相手。いるんでしょう?」
困惑気味だった双子は、ここでようやく、どんな風に事態が進行しているのかを理解したようで。
「ほ………本当に、やるんですの?」
「当たり前よ、あなたたちがやれって言ったんじゃない」
「ほ、本気で言ったわけじゃ」
「じゃあ辞める?私は別に構わないわよ、あの男との婚約破棄の方法なんてほかにいくらでもあるわ」
顔を見合わせ、こちらの腹を探るような顔をして。
「ちなみに言うと、わたしたちがここまで手を出さなかったのは、あなたたちがいたからよ。あなたたちがもし、あの連中に復讐を望んでいないならやめる気だったわ。だから選択権はあなたたちにある」
ノア様のその言葉で、目を見開き。
「選びなさい。私たちの手を借りて復讐を果たし、私のものになるか。手を借りずに再び監禁生活に戻るか。どっちでもいいわよ、私は」
そして。
「私たちは今まで、自由のない生活を送ってきましたわ」
「ずっと小さな部屋に監禁されて、与えられた食事を食べ、最低限の教養を身に着けるためと与えられたつまらない本を読み漁り、互いに話をするだけ」
「そんな生活を、十年も送ってきました。人を信じられないなんて、当然だと思いますわ。ですから、まだあなた方のことも信用しません」
「信じられるのはお互いだけ。僕はオトハを、オトハは僕だけを信じて生きていく。今でもその思いは変わらない。………だけど」
「だけど、ここまで聞いて。まだあなた方のことを信用していない、あなた方との約束を反故にするかもしれない私たちの願いを、本当に………本当に、叶えてくださると言うのですか?」
話し終えた二人は、まだ疑惑をやめず。
だけど、どこか縋ったような目で、私たちを見ていた。
この二人だって、本心は人を疑いたくなんてないんだろう。
育った環境でそうならざるを得なかっただけ。
それが今、少なくともその環境からここまで連れ出してくれて、しかも自分たちのことを理解しようとしている人間に出会った。
だからこそのあの、懐疑と期待が入り混じった目。
「ええ、勿論。それであなたたちが私を信用してくれるなら」
「というか、我々としてもノア様があんな男と結婚するのは見ていられませんし」
「ん、利害一致」
「あなたたちが今までどんな人生を送り、どんな気持ちで生きて来たのかは、当事者じゃない私には推し量れないわ。だから『気持ちはわかる』とか、そんな安易な言葉は使わない。その代わり、こんな言葉を送ってみようかしら」
ノア様は二人に近づき、困ったような笑顔をして一言。
「助けてあげるから、助けて?」
「「―――っ!」」
何も知らない人間が聞けば、ちょっと情けなく思えるような言葉。
だけど今この瞬間においては、これ以上ない威力を発揮した。
この言葉だけで、私たちは「互いを助け合う存在だ」と、嫌でも認識しなければならなくなったんだから。
「信用は、まだしません。だけど」
「僕たちを助けてくれるなら、約束は守る」
二人は双子らしく、示し合わせることもなく、まったく同時に頭を下げて。
「「お願いします、あの連中を、地獄に叩き落してください」」
そう言った。
「了解したわ」
「ん、わかった」
「微力ながらお力添えいたします」
「それで、さっきの話なんだけど」
「さっきの話っていうのは、あなたたちが直々に殺したい人物のことかしら?」
「はい。まず父は確定で、出来れば兄も。………随分と酷い目にあわされましたので、報復くらいはと」
「まあ、そうよね。クロ、その二人の記憶消去はステアに任せて。自分たちの記憶がない状態でやる復讐ほどむなしいものも無いでしょう?」
「かしこまりました」
「じゃあさっそく作戦に取り掛かるわよ。まずはこの双子の記憶の消去。ティアライト家の面々はクロが、ギフト家はステアがやりなさい。ステアは金庫の番号や大まかな汚職の情報もちゃんと覗いておきなさいね」
「ん、わかった」
早速部屋を出て記憶を消しに行こうとしたわたしは、ふと。
「ノア様、素朴な疑問なのですが。ギフト家が汚職をしていなかった場合はどうするんですか?」
「前に言ったじゃない、でっち上げるのよ。ステアの記憶操作も今なら間に合うわ、適当に婦女誘拐の記憶でも植え付ければ立派な汚職よ」
「お嬢、卑劣。かっこいい」
「ステア、クロがかつていた世界にはこんな言葉があったそうよ。『ないものは作ればいい』。良い言葉ね」
「おー」
「ノア様、それこういう場面で使う言葉じゃないです」
ちなみにわたしの不安はあっさり空振りし、ギフト伯爵家はものの見事に多種多様な汚職に手を染めていたという。