第46話 人間不信
階段を上り、上にあるノア様の部屋の扉を開けて、全員入ったのを確認してから扉を閉める。
「ノアマリー様、お話というのは―――」
オトハがそうノア様に話しかけたが、返答の代わりにノア様は大きく息を吸い込み。
「だっっっっる!!」
大声でそう言い放った。
「「………え?」」
オトハとオウランはキョトンとするが、ノア様は気に留めずに椅子に乱暴に腰掛ける。
「何あの男、誰がハニーよ鳥肌立ったわ!挙句について来ようとするんだもの、こっちはニコニコ笑顔振りまくのも疲れるっていうのに人の仕事増やして!ちょっとクロ、紅茶となんか甘い物!」
「そうおっしゃると思い、既にご用意してあります」
「さすがだわ。ちゃんと五人分あるわよね?」
「はい、ご安心ください」
「それは良かった。はー、しっかし本当に面倒な男ねアイツ。あそこまで扱いに困るヤツもそうそういないわよ」
「じゃあ、殺す?」
「ステア、物騒なこと言わないでください。あの男をどうするかはまだ決まっていないでしょう。後ろの二人の意見も聞いておかないと」
「そうね。どうしたのあなたたち?こっち来ないの?」
「え、あ………」
「いや………」
オトハとオウランは、困惑したような顔で互いを見ていた。
まあ、あんな清楚で世間知らずみたいな雰囲気醸し出していたノア様が突然人が変わったようになられたんだから、当然か。
「ノア様、さっきまで演技してたでしょう。突然のキャラ変にどうすればいいのかわからないんですよ」
「お嬢、演技すごい」
「ああ、そういうことね。じゃあ改めて自己紹介でもしましょうか」
ノア様は立ち上がり、二人に近づいて。
「初めまして、オトハ、オウラン。私がノアマリー・ティアライトよ。よろしくね」
「クロです。ノア様の従者をしています。よろしくお願いいたします」
「ステア、お嬢のもの」
「は、はあ………?」
「は、初めまして」
「まあ、言いたいことはいろいろあるでしょうから、まずは座って?」
ノア様の言う通りに、二人は座る。
だけど、飲み物や食べ物に口は付けない。
「別に毒は入ってないんですがね」
「ま、私が信用できないのはもっともだもの。さっきまで演技してた女を、ただでさえお互い以外を信じていないこの子たちに信じろって言う方が無理な話だわ」
「「っ!?」」
「無理して飲まなくていいわ。ただ、あなたたちの話を聞きたいの。家でどういう扱いを受けているのかとか、そういうとこ」
「なぜ、そんな話を聞きたいんですの?」
「興味本位」
双子の顔が険しくなる。
「って言っても信じないでしょうから、ぶっちゃけて言うわ。あなたたちが欲しいだけ」
「………?どういう意味です?」
オウランが警戒するようにノア様に聞く。
「あなたたちはこの世界で、劣等髪って呼ばれてる。あなたたちだけじゃない、ここにいるクロとステアもね。私はそれを良しとしないの」
「同情、ですの?だとしたら不要ですわ、ノアマリー様。私たちは現状を悪く思っていませんので」
「クロ、どう?」
「嘘です」
「だそうよ?」
「何の根拠があって嘘と言いますの?」
「表情です。わたし、人の表情の機微で嘘か本当か大体わかるので」
「………………」
警戒が解けない。
双子はどちらも、いつでも逃げられるように姿勢を一定に保っている。
「警戒が解けませんね」
「まあ、当然ね。突然出会った、嫌いな兄の許嫁を信用なんて私だってできないわよ」
「お嬢、操る?」
「やめなさい。そうして言うことを聞いてもらっても意味がないわ」
互いしか信用していない。裏を返せば、そうならざるを得ないほど、周りが敵だらけの生活をしてきたということ。
敵しか見てこなかったこの二人は、味方というものに疎いのだろう。
ノア様が味方かどうかは甚だ疑問ではあるが。
「じゃあ、やり方を変えましょう。一つ質問してもいいかしら?」
「………なんですか」
「あなたたちは実家の連中をどう思ってる?」
「全員が自分たちよりも強く、逞しく、そんな家に生まれたことを誇りに思って―――」
「あ、そういうのいらない。心にもないことを言われるのはイヤよ。本音で、ね?」
「「………………」」
二人とも黙りこくってしまった。
「そんなに、人に本音を話すの、嫌?」
「もし私たちが、今の状態こそ演技で、あの家族への暴言を言わせて告げ口しようとしてるとか考えてるのかしらね。うーん、人を信じさせるのって難しいものねえ」
「『上り一日下り一時』と言います。信用を失うのは一瞬ですが、得るのは難しい、ということです。地道にやっていくしかないでしょうか」
「そうもいかないわ。早くこの二人を鍛え上げたいもの。黄緑もピンクも、非常に強力な希少魔法。逃す手はないわ」
「………希少魔法?」
オトハとオウランは希少魔法という言葉に若干の反応を示したが、すぐに目をそらしてしまった。
余程こっちが信用できないらしい。
「じゃあ、逆に聞きましょう。どうしたらこちらを信用してくれるかしら?」
「そもそも僕たちは、あなた方を信用していないとは言ってないですけど」
「あれ、信用してるんですか?」
「ダウト。これっぽっちも、信用してない。私たちがなにか下手なことすれば、それを家の人に言って、少しでも扱いを良くしてもらおうって、思ってる」
「っ………!?」
なるほど、そういう魂胆か。
「驚いた?ステアは人の心が読めるの。これがさっきあなたたちが気になった希少魔法というものの力よ」
「今、『どうせ魔法ではなくなんらかのトリックだ、僕たちは騙されないぞ』って思った」
「っ!?」
「オ、オウラン、そうなの?」
「馬鹿、何を信じかけてるんだオトハ!僕たちはっ」
「『お互い以外は信用しないと決めた』。決めたのは七歳の時。十七歳になったら、家を逃げ出そうって、思ってる」
「な、何故それをっ」
「オトハは寝相が悪くて、いつもオウランを蹴って起こしてる。オウランはお気に入りの人形がないと眠れない」
「ちょっ!?」
「オトハは最近身長を気にしててオウランは筋肉が付かないのを気にして」
「や、やめなさいちびっ子!」
「やめてくれぇ!」
不憫な。
しかし、これでさすがに信じただろう。
「ステア、可哀想だからそろそろやめてあげなさい」
「ん」
「それで、信じてもらえた?少なくともステアは、魔法を持っていると」
「………百歩。そう、百歩譲って!そこのちびっ子が不思議な力を持っているのは認めますわ」
「ちびっ子………」
ちびっ子が何故かショックを受ける中、オトハがこっちに詰め寄る。
「ですが、私たちにその力があるという証明にはならないのではなくて?いえ、それ以前にあれが魔法だという証明もありませんわ。それともそれが出来る手段でもあるのですか?」
「無いことは無いけれど、こちらを信用していないあなたたちに、おいそれと見せていいものではないわ。そこでさっきの話戻るんだけど、どうやったらこちらを信用してくれるのかしら?」
双子は通じ合わせるように顔を見合わせて。
そして、ニヤリと笑った。
「では―――ギフト家を潰してくださいな」
「「「え?」」」
「あの家を取り潰してくださいよ。僕たちを散々な目に合わせてきた、あの最悪の家を。そうしたら信用してもいいですよ」
「え、ちょっと待って?」
「どうしたのですか?出来ないってことはありませんわよね、やり方次第では。同じ貴族で、しかも結婚相手なんですもの。付け入る隙はいくらでもあるはずですわ。私たちの輪の中に入ってこようとするんですもの、それくらいは」
「いえ、そうじゃなくてね?」
わたしとノア様とステアは、一瞬顔を見合わせて。
「え、そんなことでよかったの?」
「「………は?」」
全員、気の抜けた顔をした。
「なぁんだ、あれこれ考える必要なかったじゃない!再三に渡るあの深夜会議は何だったのよ!」
「いえ、あの、その、え?」
「潰していいなら潰しますよね。で、方法はどのように?事故死させますか?」
「いや、えっと、ちょっと」
「それとも、私が操る?」
「うーん、どっちも悪くないんだけど、出来ればこう、ね?この私を散々イラつかせた罪、私のものになる予定のそこの二人を虐げた罪、笑顔がキモい罪、服のセンスが壊滅的な罪、他にもいろいろ罪犯してるからその分ひっくるめて苦しめてやりたいわね」
「ノア様、途中からオウガに対しての私怨になってますが。しかし一理ありますね。我々の主をハニーなどと気安く呼んだ罪は死しても償えるものではありません」
「あいつ、嫌い。殺す」
「あなたたちも私怨じゃないの」
「ではどのような方法でいきますか?」
「じゃあ、三日前に遊びで考えついた作戦でいきましょう」
「ああ、あれですね。ステア、頑張ってください」
「ん。頑張る」
「面白くなってきたわね!」
なぜか言い出しっぺの双子がおろおろしだしたが、気に留めずにわたしたちは会議を進めた。