第45話 オトハとオウラン
「さあ、いよいよ今日ね」
ギフト家の面々がこの屋敷に来てから、早くも六日。
今日は、いよいよギフト家の双子が屋敷に来る予定の日だ。
「しかし、迎えを寄越さなくていいというのは良かったのでしょうか?」
「それだけ家の人たちから舐められているということなんでしょうね。重要視されていない、私たちすら手を煩わせる必要が無いと」
「身内の恥は身内で対処すると、そういうことですか」
なんともまあ酷い話だ。
同じ子であるオウガはあんなに護衛も引き連れてきたというのに、劣等髪に産まれたというだけで扱いに差をつけるとは。
「私、あいつら、嫌い」
「気持ちは分かりますが、我慢しなきゃダメですよステア。少なくともノア様が許可なさらない限り、あの男たちに危害は加えないように」
「ん、わかってる」
「ちゃんといい子にしてたらホットケーキを顔が隠れるくらい焼いてあげるから、変なことしちゃだめよステア」
「顔が隠れる、ホットケーキ………頑張る」
「ノア様、そのホットケーキ焼くのって」
「あなたに決まってるでしょ」
「ですよね」
ノア様の勝手な言い分でもれなく仕事が増えた矢先。
屋敷の外から、かっぽかっぽと音がした。
「ノア様、来たようです」
「え?何も聞こえないけど………相変わらず耳がいいわねクロ」
「ええまあ。迎えに行きますか?」
「いえ、まだ待ちましょう。数分待って、応接間に来た時に無邪気を装って中に入った方がいいわ」
「かしこまりました」
ノア様の言う通り、紅茶を飲んで片づけをするくらいの時間の余裕を持たせた後、わたしたちは応接間へと向かった。
「こちらに引き込めますでしょうか?来ていることは確定していますが、ノア様への忠誠心が無ければ信頼することはできません」
「お嬢のカリスマはすごい。けど、それに頼っちゃダメだと思う」
「分かってるわよ。実際、ステアは私の勧誘を一度断ったじゃない」
「うっ………」
「その辺はぶっつけ本番よ。その子たちが一番求めることをしてあげれば、揺らがぬ忠誠心は完成するわ」
わたしが、誰かに求められ、生きる意義を与えてもらったように。
ステアが奴隷から解放され、生き地獄から引っ張り上げてもらったように。
ノア様は私たちを救うことによって、私たちの忠誠を完璧にした。
「さあ、行くわよ。絶対に私のものにしてやるわ」
「かしこまりました、ノア様」
「ん。お嬢のために、頑張る」
わたしたちは扉を開け、双子がいるであろう部屋に入った。
***
「失礼します、ノアマリーです」
「ああ、入れ」
御父上の声がしたので、わたしたちは全員で応接間の中に入った。
中には、いつも通りティアライト家とギフト家の面々。
そして、一番隅の方に、見慣れない二人がいた。
この中でも特に目立つ、ピンク色と黄緑色の髪。
ようやく見つけた。
「ノアマリー殿、紹介しよう。あそこのあれが」
ギフト伯爵が二人を指さす。
「我が家の長女と次男―――オトハとオウランだ」
指をさされた二人は、気まずそうに眼をそらした。
きっと、そもそも人と目を合わせるという行為自体を、互いにしかやってきていないんだろう。
だから、ここまで人が多い空間に慣れていない。
年齢は二人とも十一歳だとステアは言っていた。
ピンク色の髪をしたオトハは、顔だけ見れば深窓の令嬢といった雰囲気の女の子だった。
背丈はノア様とほぼ同じ。髪を肩より少し上程度で切り揃えていて、黄色い瞳が小動物のようにクリっとしていて可愛らしい。
けど、着ている服はオウガよりも明らかにランクが低く、大切にされていないことがうかがえる。
黄緑色の髪をしたオウランもまた、中性的な顔立ちをした美形。
前世なら養いたい系とでも言おうか。ちょっとくせっ毛が混じった髪に、オトハよりもちょっと高いくらいの身長。
良い言い方をすれば美少年。ちょっとあれな言い方をすればショタコンホイホイって感じの風貌だった。
しかしやはり、服装に明確な差別がある。
「挨拶しないか。本来なら、君たちのような愚弟・愚妹は一生お目にかかれないような御方だぞ」
オウガの、関係ないこっちすらイラっとする言葉に二人は少し下を向くが、意を決したようにその場で頭を下げた。
「………初めまして、ノアマリー・ティアライト様。オトハと申します。本日はお招きいただいたようで、ありがとうございます」
「オウランです。お招きありがとうございます」
「丁寧にありがとうございます。ノアマリー・ティアライトです。今後ともよろしくお願いいたしますわ」
ノア様も綺麗に一礼し、それに驚くオトハとオウラン。
そもそも頭を下げられた経験というのがないんだろうな。
「ノアマリー、君が頭を下げるような相手じゃない。やめたまえ」
「あら、そうですか?いずれ結婚するあなたの弟妹様、つまり義弟・義妹になるのですから、礼儀はわきまえるべきかと思いまして」
「弟妹だなんて思う必要はないさ」
オトハとオウランは、自分の名前だけ名乗った。
家名を名乗ることが許されていない、ということなんだと思う。
ノア様は左手で髪を直す仕草をして、ステアに念話の合図を出した。
『クロ、この二人を見てどう思う?』
『どう思うとは、この二人の関係や、周りをどう思っているか、ということでしょうか』
『そういうこと』
顔つきを見れば、わたしは相手がどんな人物か大体わかる。
あの二人は、多分。
『周りを見る時、あの二人は相手を見ているようで見ていません。我々のことも、そもそも認識すらしていません。そこにいるのは分かっているし、顔も識別しているのに、努めて見ないようにしているって感じです』
『どういうことかしら?』
『この二人は、互いに顔を見合わせた時だけ、表情が微妙に安堵に変わります。つまり、互いしか信用していないのかと。オトハはオウランを、オウランはオトハのことしか信じていない。いえ、その他の人間は人間としてすら見ていないと思われます』
『まとめると?』
『自分の半身ともいえる双子の姉弟しか信じられないタイプ。つまり人間不信ですね。厄介です』
『ん。ちょっとだけ、心を読んだ。クロの言う通りだと思う』
ノア様のこともわたしたちのことも見ていない。
それはつまり、劣等髪にとって絶対的なカリスマ性を発揮するはずの、ノア様のことすら信用していないことを意味する。
いや、見ていなさ過ぎて、そのカリスマ性にすら気づいていないんだろう。
ノア様が今演技しているのも原因の一つかもしれない。
『自分の兄も、父親すら、信じていないし大切に思っていない。恨みすら超越したところに心がある。なんというかその、前世のわたしに似ています。違いは、心の支えとしてもう一人の同じ境遇の人間がいたこと。あと、恐怖ではなく無関心で怒りを忘れているところでしょうか』
『なるほどねえ。対処できると思う?』
『難しい問題ですね。わたしやステアの時と違い、信じる存在が既にいるというのが厄介です』
『とりあえず、話、聞いてみるのが良いと思う』
『ステアの言う通りかもね。そうしましょうか』
ここで念話が切れて、ノア様が動く。
「お二人には、ずっと聞きたいことがあったんです!よければ、私の部屋に来ませんか?ゆっくりお話ししたいわ!」
「は、はあ」
「わかりました」
「そういうことなら、この僕も」
「いえ、オウガ様はここにいてくださいませんか?」
「おいおいハニー、夫を席から外そうというのかい?」
夫じゃないだろ、何ノア様を既に手に入れた気でいるんだ殺すぞ。
最近になって最初の面白さがすっかり失せ、嫌悪感しか残っていないオウガに思わずそう言いたくなるが、ぐっとこらえる。
「いえいえ、女の子には殿方には話せない秘密のお話というのがあるのですよ」
「いや、オウランは男だぞ」
「細かいことを気にする人は長生きできませんよオウガ様。さあ、行きましょう?」
ノア様はわたしとステア、そして双子を連れて、自分の部屋へと踵を返した。
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