第3話 死神と狂姫
プロローグの続き辺りです。
(なんて、我ながら恥ずかしいことを考えたりしてましたね)
自分の生き方を見つけるというのが、十年ほど前のわたしの目標だった。
けど、今をそれなりに生きている現在のわたしだから言えることだけど、随分と的外れなことを考えていた。
神なんてあてにならないし、世界はわたしの味方じゃない。それは最初から分かっていた。
黒髪に生まれた時点で虐げられることは確定していたんだから、未来に希望なんて抱いている暇はなかったはず。
にも拘らず、中途半端にそこらの人間をホイホイ信用したから、あんなことになったんだ。
まあ、あれが結果的にノア様の目に留まったから、わたしは今ここにいるわけだけど。
「クロ、ボーっとしてる」
「え?ああ、すみません。ちょっと昔のことを思い出してて」
わたしとステアは、木々の間を潜り抜けながら目的地へ向かっている。
ステアは人形を抱いているから常に片手が塞がっているのに、ササっと進むから大したものだ。
「昔の、こと?前世の、異世界のお話?」
「いえそっちではなくて。まあそっちも少しありますが、ノア様に拾われたころの話ですよ」
「ああ」
ステアは納得とばかりに前に向き直った。
「私も、よく思い出す。お嬢に拾われてなければ、私はもう死んでた」
「わたしもですよ。いえ、ノア様の側近は全員そんなものでしょう」
感情表現が苦手なステアが、ノア様の話をするたびに少し顔を赤らめて口を吊り上げる程度には、ステアにとってノア様は大切な人らしい。
まあわたしも、なんだかんだであの御方のことは命よりも大切に思っている。
それはわたしだけじゃない。わたしの仲間は、全員どんな形であれノア様に人生を救われた者たちだ。
だから、あの御方の無茶な命令もこうして聞いているんだから。
「おっと、見えてきましたよ。ステア、最初はわたしが交渉しますので、少し下がっていてください」
「ん」
林を抜けて、行軍していた数百の部隊の先頭より少し先に着地。
こういう時は、大抵一番前にいる人がそれなりに強くて偉い。こうするのが一番効率的だ。
「申し訳ありませんが、少々進軍停止願います」
「………誰だ貴様ら」
先頭は、青色の髪がおでこの付け根辺りまで後退している、歴戦の戦士といった雰囲気のおじさんだった。
彼は二人だけで出てきたわたしたちを警戒したのか、歩みを止める。
「ご賢明な判断をありがとうございます」
「王国の手のものだな?たった二人で、しかも女子が出てくるとはどのような意図だ。要件を言え」
「では、回りくどいことは我が主が好まないため、率直に。今すぐ撤退しなさい。そうすれば命は取りません」
わたしは親切にそう言った。
しかし青髪の男は、青筋を立ててこっちをにらんでいる。
「小娘。まさかとは思うが、たった二人で我ら五百の兵を相手にすると?」
「はい」
「そして勝てると踏んでいるのか?」
「全滅させろというのが我が主の命なもので。ただ、撤退するなら別にいいかなと。あの御方も命の危険がないとなれば納得するでしょうし、私なりの親切心です」
「………ダウト。クロ、面倒くさいだけ」
「ステア、ちょっと黙っててくれますか?」
「………クロ?ステア?」
青髪の隣にいた、参謀らしき男がわたしたちの名前を反芻した。
直後、一気に顔が青ざめる。
「く、黒髪………黒目………黒いローブ………金色の髪飾り………。
そ、それに、水色の髪に、紫の目、水色のコート、金色のチョーカー、それにあの気味の悪い人形………!」
「た、た、隊長。こいつら………『死神』と『狂姫』です!ノアマリー・ティアライト直属の魔術師!半年前、ゼラッツェ平野の戦いで、たった五人で一万人以上の帝国兵を壊滅させた、そのうちの二人ですよお!」
どうやら、わたしたちのことを知っていた人がいたらしい。
それよりまずいな。ステアに言ってはならないことを言った。
「隊長、あいつらはまずいです、得体が知れない!一旦ここは」
「《終末を請う悪夢》」
「引いて………」
これがこの男の最後の言葉だった。
男は馬から滑り落ち、がくがくと痙攣し、そして動かなくなった。
その顔は、この世のすべての恐怖を煮詰めたものを見たような、恐怖の顔で歪んでいた。
ショック死。たった一瞬で無限とすら思える時間地獄のような悪夢を見せられ、生を手放した。
ステアの魔法は、こういった他人の意識を操ることに長けている。
「………ステア、何てことしてくれたんですか。まだ僅かに撤退しそうな雰囲気あったのに、こっちから仕掛けちゃったら相手も引けなくなっちゃうでしょう」
「先に仕掛けたのはあっち。ゴラスケを気味が悪いって言った」
「いやそれはあいつが悪いですけど、忍耐力とかあるじゃないですか」
「友達を侮辱した。ギルティ」
「ああもう、この子は………」
あの男も運がない。ステアがノア様への侮辱以外では最も嫌うその言葉を、初対面で言ってしまうとは。
しかし、たぶんこれで………
「フン、やはりそういう魂胆か!だがあの死神と狂姫なのは確かなようだ。その劣等髪がそれを物語っておるわ。どのような手段で魔法を使えるようになったかは知らぬが、貴様らを殺せれば我が部隊の株も鰻登りよ!
皆の者、作戦は変わらぬ!こいつらを殺し、ノアマリー・ティアライトの首を陛下に献上するぞ!」
「「「オオオオオオ!!」」」
まあ、こうなるだろう。
しかし、本当に命知らずな。
「………ステア。こいつら今なんて言いました?」
「お嬢を殺すって」
「つまりこいつらは?」
「死刑」
「はい、よくできました」
私たちの前で、ノア様に危害を加えると堂々と宣言するとは。
「まずは貴様からだ、死神いい!」
よっぽど死にたいらしい、このクソジジイ。
「《死》」
私の魔法が相手を包み込む。
そして、隊長と呼ばれていた男は馬から落下し、地面に倒れた。
「………え?」
「た、隊長?隊長!?」
「な、なにをされたんだ!?」
「まだ息はあるはずだ!急いで後方に………」
「死んでいますよ。私の魔法に触れたんだから」
「クロに突っ込むなんて、命知らずもいいところ」
「ひっ………」
「お、おのれ、よくも隊長をっ」
「《死》」
再びわたしの魔法が、剣を構えた一人の命を狩り取る。
「ステア、もう仕方がありません。ノア様のお望み通り、殲滅です。まずは何人かを操ってください」
「ん。《記録改竄》」
ステアが魔法を放つと、軍の中心辺りで異変が起き始める。
「グアアア!?」
「お、お前、なぜ味方を!」
数人の兵士が何故か味方を斬りつけ始めた。
ステアの『フォールス・メモリー』は、ステアが偽造した偽物の記憶を植え付ける魔法。
あいつらは、自分を敵軍に紛れ込んだノア様のスパイだと思い込んでいる。
「くそっこいつ敵の間者か!」
「ノアマリー様のため、一人でも多く道連れにするぞ!」
「こ、こいつ、こんなに強かっ………ぎゃあ!」
周囲を囲まれているにもかかわらず、彼らはものともせずに戦っている。
これがステアの魔法の恐ろしい点。ただ操るんじゃなく、強化して操る。
かつてステアが奪った、何人もの歴戦の戦士の記憶を不自然にならないように植え付け、技術を強制的に高める。
「混乱のせいで、すでに烏合の衆となりかけてますね。さっさと終わらせましょう、《連射される暗黒》」
私の周りに黒くて丸い、直径一センチくらいの小さな球が百近く現れる。
向かってくる敵に射出すると、それに当たった者は糸の切れた操り人形のように倒れ、二度と起き上がることはなかった。
わたしの魔法は死を操る魔法。
その他にもいろいろできるけど、雑魚掃除はこれが一番効率的だ。
『ショット・ダーク』は、わたしの死の呪いを込めた魔力球を無数に打ち出す簡単な魔法。
シンプルにして最強クラスの魔法『デス』よりも死の確率が低いけど、抵抗力が低いこの程度の連中ならほぼ確実に死に至らしめることが出来る。
これで私の魔法の範囲内にいた、ざっと百は死んだだろう。残り四百人。
わたしの魔法は効果範囲が微妙に狭いのがネックだ。その点ではわたしはステアに劣っている。
「ステア、後方にいる人たちも操りましたか?」
「ん。ルシアスの記憶のコピーを植え付けた。でも三人が限界」
「いえ、ルシアスの記憶ならそれで十分でしょう」
彼の記憶を植え付けたなら、いかに筋力などの問題があろうと、それは雑兵すら超一流の戦士に早変わりすると同義。
「今頃後方はパニックでしょう。この分なら早く終わりそうですね、面倒ですしさっさと終わらせてしまいますよ」
「ん。早く帰って、お嬢に褒めてもらう」
そして、わたしたちは後方へ向かう。
まあ、半分以上死んでるとは思うけど。