第449話 クロとリーフの賭け
初めて出会った時―――その圧倒的な気迫に怖気づいた。
『あなたじゃ、あいつに勝てない』
それまでのわたしは、ノア様から授かった知識と魔法で、ハッキリ言って敵なしだった。
きっと、心のどこかで思っていた。このままなら、主の野望を叶えるのも楽勝だと。
だが出会ってしまった。主以外の、規格外の怪物に。
行動を共にし始めてからも、実力の開きに何度も辟易とした。
わたしだって強くはなっていった。それは事実だ。
けど彼女は、わたしが杖ついて息を切らしながら登る階段を、欠伸しながら先に登っている。
だから途中で諦めてしまった。何をしても、越えられない天才はいると。
……なのに、時間魔法と倍以上に膨れ上がった魔力を得て、またわたしは無謀な思いを抱いてしまった。
それからは、徹底的に彼女を観察し、調べ、考え続けた。
現代最強の武、リーフを倒す方法を。
***
「クロ……?」
誰もが呆気にとられた顔をする中、3人は違った。
うち2人は那由多とステア。わたしの思いを察していた子たちは、心配そうな顔でわたしを見ている。
そしてもう1人は、他ならぬリーフ本人。
……なんか、恍惚とした顔をしていた。
「悦喜……もう一度聞かせて」
「貴方はわたしがお相手しますと言いました。ああそれとも……ねじ伏せてやる、とでも言った方がいいですか?」
「ふ、ふふぅっ、ふふふふふふっ」
初めてわたしがわたしに課した、最後の大仕事。
それは、ノア様をルクシアに集中させること。
那由多との戦いを経て、ただでさえ異常だった能力が比較にならないほどに高まったこの女の刃なら、恐らくノア様の命に届く。そんなやつ、ノア様と戦わせるのは危険すぎる。
だからわたしたちの勝率を少しでも上げるには、リーフをわたしが止めるしかない。
「おいおい、リーフ。彼女でいいのかね?」
「肯定……ある意味、ノアよりも僥倖」
いや、言い訳か。
これはわたしの我儘だ。
今だって超えただなんて思っていない。
並んだとすら思えない。
だけど、この先ノア様の信頼に応えられる配下として、あの御方に尽くすならば。ナンバー2としてお支えするならば。
わたしが最強がいい。
わたしが、ノア様の次に強くありたい。
そのためには……この女が邪魔だ。
「どういうことだ」
「解説。ノアを相手にするのは、正直いつでもできる。あれはウチと同類。戦いに悦楽を見い出せる女。……けどクロは違う。彼女にとって、戦いはあくまで手段。必要最低限の戦いしかしない」
当然だ。わたしは痛いのも苦しいのも大嫌いだ。
極力戦いたくなんかない。……まあルシアスにブチ切れて潰したことはあるが、あれは例外だ。
「そういう女を『その気』にさせるのは難しい。何度殺気をぶつけて、何度流されたか。悲しかった」
「そんなこと言われましても」
口元のにやけをいっさい隠さず、リーフはわたしを見つめ返してきた。
それだけで感じる気迫。闘気。
彼女が、今だわたしの格上であることを思い知らされる。
リーフが時折、わたしに獣のような目を向けていたことには気づいていた。
決して淫らな意味ではなく、「こいつと戦りたいな」という感じの視線。
「歓喜……やっとその気になってくれた」
「……ご希望に沿えたようで何より」
彼女にとっては圧倒的弱者でしかなかったわたしが、今や”敵”に値すると見られている。
嬉しいが、嫌だな。
油断はしてくれなさそうだ。
「クロ」
ピリピリした空気の中で、ふとわたしを呼ぶ声がした。
「……ノア様」
「これが、そうなの?」
「はい」
「いつもの私なら止めるわよ。貴方は強い。けど、リーフはまだその上にいるわ」
「承知しております。……ですが」
ノア様もまた、厳しい目でわたしを見つめていた。
「リーフを乗り越えないと……わたしはこれ以上、貴方のお傍にいられる気がしません」
「どういうこと?」
「極めて個人的な―――そうですね。プライドの問題です」
わたしからプライドなんて言葉が出てくると思わなかったのか、ノア様は面食らったようなお顔をされた。
だがすぐに、わたしが本気だと理解してくれたのだろう。
「……そう。なら、止められないわね」
「ご理解ありがとうございます」
「強いわよ。リーフは」
「誰よりも知っています」
「……負けたら許さない」
「大丈夫です。わたしを信じてください」
わたしはちゃんと、笑えただろうか。
そう思っておくことにしておこう。
「悪いわねリーフ。うちの子が随分、貴方を目の敵にしてるみたいで」
「喜色。クロがウチを倒したがってくれるなんて、この上ない好機」
リーフは細剣を両手で構え、臨戦態勢に入った。
「クロを倒して、その後ノアを殺す。メインディッシュが2つに増えただけ。こんな素晴らしいことはない」
「わたしをノア様と並べてメインと言ってくれますか。光栄ですね」
……実に面倒だ。
頼むから前菜くらいに思っていて欲しい。
「始めましょうか?」
「~~~~っ!」
嬉しくて仕方ないとでも言うように、顔を赤らめ、獰猛な笑みを1層強くした。
そして、直後。
「狂喜っ、本気で行く!!」
「望むところです」
精一杯強がってみた、その1秒後。
「!」
わたしの身体が貫かれる未来が見えた。
「《乱突暴風》!」
「《時間減速》《暗黒大楯》」
時間操作で着弾までの時間延長と威力の減衰、それを闇魔法で防御。
無論、この程度は小手調べなのは知っている。
「《風圧殴打》!」
横向きの異常局所突風がわたしを襲う。
自分へのダメージのみを相殺、エネルギーはそのままにわざと食らい、吹っ飛ぶ。
あんな狭い所でリーフを相手するのはあまりにも馬鹿だ。広い場所に変えてくれるなら願ったりかなったり。
「とは、思いましたが……飛ばしすぎでは……!」
「《風切弾》」
「っ、《連射される暗黒》」
放たれた弾丸と同じ数だけ、わたしも弾丸で返す。
「《時間加速》」
「!!」
コインを弾きそれに加速を与え、音速以上の速度で撃ちだす。
「《反転気流》」
……止められるのは分かってはいたが、反射までしてくるか!
「《時間停止》」
顔の手前で停止させ、更に闇魔法で自分にかかっている横向きのエネルギーを消して勢いよく落下する。
そのエネルギーも消して安全に降り立ち、遥か遠くなった城をチラリと見つつ、ゆっくりと降りてくるリーフに視線を戻した。
「……いい。やっぱり、君は素晴らしい」
「それはどうも。楽しそうですね」
「肯定、こんなに楽しいことはない!」
ジャンキーめ。
「……予測。この勝負、お互いに殺意はないはず。君はウチを殺す気はない」
「ええ。貴方は極めて有用ですから」
「提案。なら、賭けをしよう」
「……?」
更に何かを言い出した。
賭け、か。聞くだけ聞くか。
「どのような」
「ウチが君に勝ったら……ウチと結婚しよ」
「…………は?なんですって?」
「だから、結婚しよ」
????
どういう思考回路だ。
「一応聞きますが、なぜ」
「ふふっ。ナユタから聞いた。ノアが君に告白したと」
「那由多……」
まさかあの子、ノア様よりかはリーフの方がまだマシとか思っての保険とかじゃないだろうな。
「あの女が愛する君を、ウチが負かして、娶ったら……きっとあの女は怒り狂う。そして、ウチを殺しに来てくれる」
「……はぁ」
「そのノアを返り討ちにしたら、今度は君が怒る。それも負かす。これを、永遠に、繰り返せる」
頭バグってるのかこの女は。
「ああ……素晴らしい。無限に戦える。無限に強くなれる。こんな素敵なこと他にない」
「そうですか」
「だからクロ、結婚しよ。きっと君は、これからまだまだ強くなれる。……一生ウチと愛し合おう」
………。
なんでマトモに生きてるだけなのに、こういう激ヤバ女を引き付けたかな。
既にこのマッチアップに後悔し始め―――。
……いや、待て。
ちょっと待て。
これは、チャンスでは?
「いいですよ」
「愉悦、君ならそう言ってくれると思っていた」
「その代わりですが」
なんて素晴らしいことを思いつくんだ、わたしは。
「もしわたしが勝ったら、貴方はわたしの下についてもらいます」
「……?疑問。ノアのではなく、君の?」
「ええ。わたしの、です」
まあわたしがノア様に付き従っているので、間接的にはノア様の元だが。
「疑念。なぜ」
「分かりませんか?貴方は優秀です。戦闘狂さえ目を瞑れば、頭も要領もよく、細かいところにも目が届き、自分で考え行動できる、仕事のできる女です」
「??ありがとう」
「そんな貴方を、わたしの下につければ……ふ、ふふふ……!」
そう、つまり―――!
「わたしの仕事が!負担が減るでしょう!どうせこの後降って湧いてくる仕事の山を、半分以下に減らせるじゃないですか!!な……なんと素晴らしい!!」
トラブルメーカーだらけの仲間たちの元で、わたしはその皺寄せを一身に引き受けていた。
だがどうだ。リーフがわたしの命令を聞いてくれるようになったら?
少なくとも荒事はすべて1分もあれば解決だ。手が空いていれば書類仕事もさせられる。
これは……千載一遇の好機!!
「ふっ、あは、あははははは!尚更やる気が出てきましたよ、礼を言います!」
「……えっと。なんか、お疲れ」
同情的な目を向けられた気がするが、無視だ。
「では、賭けの内容はそれで」
「……了承。異論はない」
だろうな。
この女は、自分が負けるなんて微塵も考えていない。
だが、慢心もしてくれていない。なんて嫌なやつだ。
「慰安。安心してほしい。君のこれからの仕事は、強くなることとウチを殺しにくることだけ。それ以外はしなくていい。最高の環境でもてなしてあげる」
「……ほんのちょっとだけ揺らぐこと言うのやめてくれませんか」
改めて互いの武器を持ち直し。
瞬きの後、互いにぶつけ合った。




