第448話 最後の大仕事
「生きてましたか、フロムさん」
かつての面影はなく、弱々しく車椅子に背を預けるフロムに、わたしは声をかけた。
「ああ……君か。この時までは死ねないと心を奮い立たせ、恥ずかしながら生き延びてきたよ」
チラリと那由多を見ると、そっと目を逸らした。
……やっぱりか。
「今日だけは見過ごせん。リーフが王となるこの日はな」
「……不服。その点、ウチは納得していない」
そう言って頬を膨らませるリーフは、なんだか年齢より幼く見えた。
「はっはっは。だろうな」
「そりゃそうよ」
フロムは笑い、ノア様は呆れたように頷く。
そして、とんでもないことを言った。
「嘘でしょう?リーフを王にしたいなんて」
……。
言うのか、それ。
言わない方がこの後楽だったかもしれないのに。
「……ぇ」
当人は呆けた顔で、ノア様とフロムを交互に見ていた。
「いつから気づいていた」
「最初から」
「だろうなぁ」
「我ながら無茶だった」と、フロムは自嘲気味に笑っていた。
わたしも気づいたのは、しばらくリーフと過ごした後。おそらく気づいていなかったのは、本人とルシアスくらいのものだ。
ほら、向こうで素っ頓狂な顔してるのがもう1人。
「あなたの目的は、亡き主君の遺志を継ぎ、帝国の力をもって世界を統一することと言ったわ」
「それ自体はまだ分かりますが、その手段が……リーフを王にする?娘同然に育ててきた、ただ強いだけの娘を?」
……ないな。
「遺志を継がないよりそちらの方がむしろ不敬でしょう。ほんっとうに、ただ強いだけなんですから」
例えたくもないが、仮に、本当に仮に。ノア様がわたしをおいて亡くなったとして。そして、わたしが誰かを養子にとったとして。
その子供に、ノア様の遺志を継がせようなんて絶対に思わない。有り得ない。少し考えてみればわかることだった。
「ぎ、疑惑……じゃあ、なんでフロム様は、ウチを」
「私たちに手を貸すよう言ったかって?本人は言いにくいだろうし、親切な私が話してあげましょう」
「親切……?」
「何か言いたいことでもあるのクロ」
「いえ特に」
落ち着けわたし。疑問を持つな。
「懐疑。ノア、お前は分かるというのか」
「分かるわよ。全部あなたのため以外にないじゃない」
「え……」
気づいていなかったらしい。
……これだから本当に、強いだけの鈍感娘は。
「あなたを私たちのところに預ける時、フロムはこう言ったわ」
『君たちも分かっているだろうが、リーフは強すぎる。その気になれば帝国の全国民を皆殺しに出来るほどにな。それほどの大戦力を、このまま国内の政治処理に向けるのは勿体ない』
「あれはまあ、嘘ではないんでしょう。クロが反応しなかったし」
だがあれは、嘘ではないだけだ。
「勿体ない」からといって「だから帝国の戦力に加える」とはならない。
「そして、なんかうちのクロに『リーフを頼む』なんて言ってたのを聞いて確信した」
「ふっ」
「あなたは、ただ……リーフを楽しませたかっただけでしょう?」
「ウチ、を?」
おそらくもう帝国では、フロムが長年選定してきたであろう、次期トップが決まっているはずだ。それが皇帝という形なのかは知らないが、それは少なくともリーフではない。
最初からこのつもりだったのだろう。フロムがリーフをわたしたちに預けたのは、ただただ、リーフを思ってのこと。本当にそれだけだったのだ。
「単純な武として現代最強、並び立つ者などいない突然変異の怪物。しかも生粋の戦闘狂ときたもの。さぞストレスだったでしょうねリーフ。周りが弱すぎて」
「……それは」
「フロムも感じていたはずよ。唯一食い下がれる自分すら、日を追うごとに引き離されていく感覚。察するに余りあるわ」
そんな天才を義娘にもっていれば、嫌でも感じてしまうだろう。
最強として生まれてしまったリーフの孤独を。
「だからフロムは、あなたを私たちに預けた。唯一リーフを楽しませた私の元なら、きっと彼女を満足させられると踏んでね。こんなこと言ってもリーフは『そんなことない』なんて言うだろうから、わざわざ自分のために利用しているようにまで嘯いてね」
「フロム、様……」
「……全部言いおって」
フロムがノア様を睨んでいる姿が何よりも、それが正しいことを表していた。
「終いにはこうして、私たちと思う存分戦い合える環境まで用意。随分と娘思いじゃない」
「……無論だ」
リーフは、ずっと抜きっぱなしだったレイピアを納め、フロムに近づいていく。
膝をおり、目線を合わせた。するとフロムは、リーフの頭を撫で。
「フロム様……ウチは……」
「リーフ」
「……?」
「楽しかったか?」
フロムの慈愛に満ちた瞳は、親の温もりを知らずに育ったわたしには縁がないものだった。
にも関わらず、そんなわたしすら、少し心が揺れるほどのもので。
「……うん。超楽しかった」
「そうか。よかったなぁ」
これから戦う相手とは思いたくない姿だった。
「リーフ、お前は天才だ。だがその才能を、儂のために使おうなどと思うな。自分のために使え」
「うん」
「この戦いでも、利害など考えなくていい。好きに戦え。それがきっと帝国のためにも、お前のためにもなる」
「……分かった」
おそらくリーフは参戦の前、色々考えたはずだ。
わたしたちを、どうすれば効率的に潰せるか。
だがそれは、極力自分は戦わず、わたしたちをいかに潰し合わせるかの話になってくる。
さぞ嫌だっただろう。だが、リーフはその枷から解き放たれた。
「ふ、ふふ」
……笑ってる笑ってる。
怖い怖い。
「あー、話終わった?あなたには興味ないから、早めに潰しておこうかなぁ」
「上等。やれるものならやってみろ」
リーフはわたしたちの中心に立ち、ノア様とルクシアに闘気を向けた。
やっぱり、この2人との戦いに割り込むことを望むか。まあ1番強いだろうし、当然だな。
「さて、じゃあそろそろ……始めましょうか?」
ノア様の一言で、ルクシアは氷の槍に光をまとわせ、リーフはゆっくりとレイピアを引き抜き、ノア様は調子を確かめるように喉に触れた。
「試算……まずは小手調べから」
そう言ってリーフが軽く手を振って生み出した突風は、恐ろしい速度で地面をえぐりながらノア様へと向かっていった。
***
―――フッ。
「……!?」
ミキサーのように全てを抉るはずだった風は、ノア様の目の前で掻き消えた。
「……詰問。どういうつもりだ」
リーフは……そして迎え撃とうとしたノア様すら僅かに、驚いた顔をした。
いや、辺りを見てみるとほぼ全員が同じ顔をしていた。
「まったく。予想こそしていましたが、本当にそういうことしますか。何年も同じ釜で食事をした甲斐はなかったということでしょうかね」
わたし以外。
それはそうだ。皆が驚いたのは、リーフを阻んだのがノア様ではなく。
「警告。ウチの楽しみを邪魔するなら、貴方とて容赦しない」
わたしなのだから。
この数年で、闇魔法と時間魔法をかけ合わせれば、リーフの攻撃も防げるようになっている。
わたしとて成長くらいするのだ。
「まったくこの世界の軍人は、作法というものがなっていませんね」
「なに?」
「何の試練もなく、前座もなく、玉座の間に直行。……そんなことでいきなり魔王に挑めるとでも?」
「誰が魔王よ」
「教えて差し上げましょう。ラスボスの手前には、必ずその手前の、強力な敵を倒す必要があるのです」
「誰がラスボスよ」
珍しく決めている部分なんだから、少しくらい黙っててもらえないだろうか。
「?不明。何が言いたい」
「世界の王となられるノア様が、元同盟相手と大決闘。それじゃ、少し格好がつかないと思いませんか?だってそんなの―――貴方に拮抗できる相手がノア様しかいない、と語っているようなものでしょう」
『三勢力のうち1つを王自ら制圧』。
『三勢力のうち1つを王の側近が制圧』。
どちらが他への威圧になる?
言うまでもなく後者だ。リーフを止められる戦力がノア様以外にいるのだと、世界に知らしめなければならない。
「と、いうわけで」
出来るかは分からない。
むしろ勝率は低いだろう。
だが、やるしかない。
ここが、わたしのノア様の側近としての分水嶺。
これがわたしの、自らに課した―――最後の大仕事だ。
「リーフ。貴方はわたしがお相手します」
リーフは、目をぱちくりさせた。
他の面子も、ずっと驚きの表情を浮かべていた。
直後、リーフの顔が歪んだ。
心から楽しそうに。
恍惚としているかのような、しかし闘気に満ち溢れる―――狂った表情だった。
「……悦楽……それはそれで、面白い」




