第41話 部屋で記憶を
屋敷の中に入り、わたしたちは奥の広い部屋に入った。
いつも通りノア様のそばに立ち、いつでも守れる体制になる。
ギフト伯爵側も、わたしたちのことは諦めたと見え、一瞬こっちをにらんだこと以外は何もなかった。
「では、話に入ろうか。今後の我々の方針について―――」
「ではお父様、わたしは席を外してもいいかしら?オウガ様も一緒に来てくださらない?もっと二人でお話がしたいわ!」
「ふむ。確かに今後のことを考えると、二人で話をさせるというのはいいかもしれないな」
「うむ、構わないぞノアマリー。オウガ殿もどうかな?」
「もちろんお受けするよ。君とならどこまでも………ねっ」
気色悪いウインクをするオウガをノア様は華麗に笑顔で受け流し、立ち上がって扉を開けた。
「早く私の部屋へ行きましょう、オウガ様!」
「ああ、待ちなさいノアマリーさん、そんなに急がなくたって僕は逃げやしないさ」
いちいち面白いなあの男。
そう思いながらノア様について行くと、オウガは露骨に顔をしかめた。
「君たちも来るのかい?」
「生憎ですが、ノア様のことを体を張ってお守りするのも我々の務めですので」
「魔法が使えない君たちが来なくても、僕がいるんだよ?」
「まあまあオウガ様。クロ、ステア、あなたたちは部屋の前で護衛してくれる?」
「ん」
「かしこまりました」
そう答えるとノア様は満足そうな顔をして、髪をかき上げた。
それを見て、ステアが魔法を使う。
ノア様が髪を左手でかき上げるのは、わたしたちしか知らないハンドサインだ。
意味は『ステアの魔法を使って交信せよ』。
三本の指を使ってたから、三人全員で会話だ。
ステアは無言で、精神魔法《意思交換》を発動する。
『あー、あー。聞こえるかしら?』
『ん、聞こえる』
『通信良好です』
『ねえ、このキモいの何とかしてくれないかしら?さっきから視線がすごく嫌』
『お気持ちは強くお察しいたしますが、我慢ですノア様。どうせこの男の命はもう長くないでしょう、ちょっとした思春期男子特有の憐れな性くらい大目に見ても良いかと』
『相変わらず気に入った人以外には毒舌ねクロ。まあいいわ、作戦を伝えるわよ。まずステア、あなたは通信を切ったら部屋に入って、この男の記憶を覗いて、この男が喜びそうな言葉や役立ちそうな情報をすべてコッソリ私に伝えて』
『わかった』
『私はステアが記憶を探る間、光の屈折を操ってこの子の姿を見えなくするわ。クロ、あなたも存在感を消して部屋の中にいなさい。万が一の時のための護衛ね』
『かしこまりました』
部屋の前で護衛?そんなことするわけがない。
『じゃあステア、切っていいわよ。作戦開始』
『ん』
「ここが私の部屋ですよオウガ様!」
「ほう、ここか」
「ではノアマリー様、我々は部屋の前で待機しております。何かありましたらお声がけください」
「ええ、よろしくね二人共」
ノア様がオウガを部屋に招き、部屋を閉じる直前。
「《失せる存在》」
「《光の屈折》」
わたしは自分を、ノア様はステアを魔法で隠した。
「ん?どうかしたのかい?」
「何でもありませんわ、オウガ様。さ、お話ししましょう?」
今こうしている間にも、ステアの記憶抽出は進んでいるのだろう。
私には見えないけど、おそらくノア様のすぐそばに陣取って、耳元で情報をささやいている。
「しかしノアマリーさん」
「さんは不要です。ノアマリーで結構ですよ」
「そ、そうかい?じゃあノアマリー。さっきも言ったが、君も呼び捨てで構わないよ」
「ふふっ」
笑顔で流した。
名前呼び捨てで呼ぶのは嫌らしい。
「それでノアマリー。君は何故、劣等髪などを好いているんだい?」
「帝国の方にはわからない感覚かもしれませんが―――わたしは、弱い者に魅力を感じるのです」
「弱い者に?」
「ええ。まるで何の力も持たない動物のような、不思議な魅力を感じるんです。私たちに劣っているのを自覚し、必死に媚びを売る姿なんて、可愛くて可愛くて」
「なるほど。考えなしに憐れみだけで拾ったわけではないと」
「ええ、もちろん」
さすがノア様、私やステア以外には息を吐くがごとく嘘を並べている。
今の言葉で嘘を感じなかったのは、最後の「ええ、もちろん」だけだ。
その後も当たり障りのない会話が続く。
「趣味は読書か。僕と同じだ」
「奇遇ですね。私は特に―――」
そんな退屈極まりない会話を聞きながら、ノア様を見ていると。
「………え?」
突然、ノア様の表情が変わった。
その顔は心底驚きと意外に満ち、ノア様はオウガを凝視する。
「ノアマリー?」
「………はっ。い、いえ、何でもありません。オウガ様のお顔を見ていたら、ついぼーっと」
「そ、そうかい?まあ確かに僕は女性にもてないというにはいささか謙遜が過ぎる顔をしているが―――」
おそらくノア様の顔つきが一瞬変わったのは、ステアの耳打ちの影響。
演技が得意なノア様が、思わず演技を解いてしまうほどの情報が、ステアから、つまりこの男の記憶からもたらされたということだ。
「ところでオウガ様。オウガ様はご兄弟などはいらっしゃるのですか?」
「む?」
ノア様がそう聞くと、オウガは初めて言葉に詰まった。
まるで、どう答えるべきかを問うように。
「私は一人っ子ですが、これは貴族では随分と珍しいはず。普通の貴族は、跡継ぎの候補者を増やすために子をたくさん成すものです。どうなんでしょう?」
正確に言えば、ノア様の場合は生まれて間もない頃に母君がお亡くなりになっていて、それ以来御父上は特定の相手を作らず、女性を侍らせている。
それ故に、ノア様の腹違いの弟妹とかが生まれている可能性も無くはない。
「………いや、僕も一人さ。父母の愛を、僕が一身に」
「嘘ですよね?」
「え?」
「私、人の嘘を見破るのは得意なんです。何を言ったって、それが本当か嘘か見破れますよ」
その特技を持っているのはわたしとステアだ。ノア様は持っていない。
「何故嘘をつくのでしょう?これから妻となる私に、隠し事は無しですよ?」
「ぐむっ………」
ノア様はオウガの手を取り、キラキラした目でそう言った。
効果てきめんだったようで、オウガは顔を真っ赤にしてしどろもどろになった。所詮は十三歳、チョロいもんだ。
「はあ、君には敵わないな」
会って間もない人に『敵わないな』って。
存在感が消えている今ならだれにも気にされないので、今のうちに笑っておこう。
「君の言う通りでね、僕にはきょうだいがいる。弟と妹だ」
「どんな子たちなんですか?」
「―――ここだけの話にしてほしいんだけど、約束できるかい?」
「なんでしょう?」
オウガは身を前に乗り出し、ノア様もそれに続く。
耳打ちの姿勢になった二人だったけど、私も遠慮なく聞かせてもらう。
その内容とは。
確かに、ノア様が表情を崩されても仕方のないものだった。
「実はね。僕の弟と妹は、どちらも劣等髪なんだよ」