第444話 最後の国
その日わたしは、ある山の中腹あたりに望遠鏡を構えていた。
「んー……?よく見えませんね」
「倍率、変える?」
「お願いします。ところで、ここから声は聞こえます?」
「ん。ばっちし」
「さすがです。じゃああとはこっち、っと」
珍しくわたしとステアの2人だけという仕事。
かなり重要な、それこそ歴史に残る瞬間のはずだが、他の連中は興味無さそうにしていた。
まあ、当然と言えば当然。ただの予定調和を見るだけだ。
「いい感じです。……まだ少し時間がありますね。ステア、わたしのバッグにおやつ入ってるので取ってください」
「なにが、いい?」
「バウムクーヘンで」
「私、ミニパンケーキ」
「ジャムはポーチの中です」
ステアが手渡してくれたものを口に放り込む。
我ながら美味いな。相変わらずこっち方面のスキルは日々上達を感じる。
「美味しい」
「それは何より。あっ、出てきました」
ちょうど食べ終わったところで、視界に待っていたものが映る。
銀色の甲冑に身を包む兵士たちが、列を成して行進している。
普通の格好をしている者たちは、それを見て不安そうにする者、家に閉じこもる者、目を逸らす者に分かれていた。
甲冑の者たちは見慣れた国旗―――ディオティリオ帝国の御旗を掲げ、我が物顔で歩んでいた。
そしてその軍団の先頭には、旗なんかよりさらに見慣れたものがいる。
「……随分な顰め面ですね」
「ピリピリ、してるんじゃない?」
帝国騎士団長リーフ・リュズギャル。
フロムの引退後、迅雷の如く帝国騎士の頂点へ成り上がった、現代最強の傑物。
彼女は今、フィーラ共和国連邦の首都クアドラブルを、巨大な馬の上で見渡している。
「さすがと言いますか……共和国連邦には傭兵部隊も協力していたんですよね?」
「ん。加えて、他国から逃げ延びた兵。ロボット兵も、退けられた」
「で、そのロボットの撤退中にあの女がやってきて?」
「全滅。ロボも、共和国連邦軍も」
「……ロボって、対リーフ用に彼女の戦闘パターンをプログラムしたやつですよね」
「そう。でも、全部、粉々にされた」
「はぁ……嫌になりますねまったく」
策、数、何を揃えてもその全てをねじ伏せられる。
こちらが一生懸命に積み上げてきた努力の結晶を、その場でことごとくぶっ壊される感覚。
……これだから天才は。あ、ステア以外。
「でも、なんであんなに不機嫌なんでしょう」
「不完全、燃焼?」
「今や世界最後の希望となった国と、世界の脅威を同時に相手取って殲滅しておいて、本気が出せなかったから楽しくなかったってことですかそうですか……」
もう一度言おう。
これだから天才は。ステア以外。
「まあ、過程がどうであろうと、終わりは決まっているのですから気にする必要もありませんが」
「でも、お嬢、怒ってた」
「最終決戦までは共和国連邦でのお過ごしを希望されてましたからね。加えて、とりあえずリーフだけ突っ込ませたやり方が気に入らなかったのでしょう」
反則カードみたいなものだからな。
こっちも切り札として双子を派遣していたが、リーフが見えた瞬間全速力で逃げさせたので、ロボ以外の被害はない。
……1700機以上潰されたのは流石に痛いが。
「リーフの内心は?」
「すっごい、イライラ、してる」
「でしょうね」
フロムは……いないか。
正直、もう死んでいると言われても驚きはしない。それほどに彼の病気は進行していた。
「あと少し見たら戻りましょう。特に得られるものもなさそうですし」
「ん。この後が、大事」
「そういうことです」
―――フィーラ共和国連邦は、わたしたちと帝国、どちらの手も及んでいない最後の国だった。
あの化け物が絡んでくる可能性があったのと、単純に戦力が大きすぎることで後回しにしていたが、つい3日前、痺れを切らしたようなリーフの暴虐によってついに降伏を宣言。
その結果、共和国連邦すらも帝国の手に落ちた。
これで、わたしたちか帝国の支配下にない国は存在しなくなった。
総面積なら帝国、質ならわたしたちが勝っているだろう。だがそのどちらが上とか、そんな世界大戦を起こす気はない。
あるのは、どちらが支配者として相応しいか、勝者総取りのバトル。
……さらにそこには、あの化け物―――ルクシアとその陣営も参加してくるだろう。
「もうすぐ、だね」
「ですね」
全ての決着がつく、文字通りの最終決戦は、もう目前に迫っている。
「ではそろそろ―――!?」
少し感じた緊張を抑え、望遠鏡から目を離そうとした瞬間。
わたしは、2つのものを見て戦慄した。
「……うそ」
「ステア、ここからあっちまで、何キロくらいですか」
「……15キロ、ちょっと」
「はぁ〜……」
2つのものは、どちらも人だ。
1人は、リーフ。先程までの不機嫌さが吹き飛んだような、挑発的な笑みを浮かべていた。
真っ直ぐ、こっちを見て。
「なんで気づけるんですか、この距離で」
そして、もう1人。
かつてわたしたちが少しの間滞在していた、バレンタイン邸。
そう、あの化け物を産み落とした家の屋根から、こちらをがっかりしたように見ている女。
「……ルクシア」
「え?」
ルクシアの心の声は聞こえないステアが、驚愕の声を漏らした。
ノア様がいないと落ち込みでもしてるのか。相変わらず不愉快な女だ。
「ちっ」
「舌打ちするんじゃありません」
まあ、わたしもしたくなったが。
一応の様子見か何かか?リーフも気づいてるっぽいな。
ノア様は来なくて正解だった。
「……どうする?」
「どうもしません。契約がある以上、ルクシアは最終決戦の時まで我々に手を出せませんし、リーフもここで事を荒立てる気はないでしょう。帰りますよ、普通に。ステア、ルシアス呼んでください」
「わかった」
ステアが後ろを振り向き、ポケットをまさぐったタイミングで、わたしは再び望遠鏡を覗き込んだ。
まだ、ルクシアはこっちを見ていた。
目を細め、面白くなさそうに。
だが気を取り直したようにニッコリと気色の悪い笑みを浮かべ、口をパクパクしだした。
読唇術で読み取ると、それは―――。
『伝えて。愛してるって』
……………。
チラリと後ろをむくと、ステアはまだ会話中でこっちを見てない。
それを確認し、わたしは見えているとは思えない相手に対して、静かに一瞬だけ、中指を立てた。




