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第443話 いい女

「……ということが」


 喋ってしまった。

 いや、別に秘密でもなんでもないし、特にこの2人にはいずれ話すべきとは思っていたが、あまりにも早すぎた。


「………」


 沈黙が怖い。

 普段は「いつも黙ってればいいのに」と思っているのに、いざ黙られるとこんなにも怖いのか。

 ステアもまた、神妙な面持ちでじっとしている。

 何を考えているかは分からないが、少なくとも今は味方はしてくれなさそうだ。


「あの」


 耐えきれず声をかけたが、その後数秒、2人は喋らなかった。


「クロ」


 口火を切ったのは、ステアだった。


「……なんでしょう」

「仮に、お嬢とクロが、結婚したと、して」

「は、はぁ」

「私は、どうすれば、いい?」


 どういうことだ?

 首を傾げ、ステアに聞いてみる。


「すみません、質問の意味が」

「私は……一緒に、いても、いい?」

「はい?当たり前じゃないですか。なんでダメだと思うんです?」


 ステアらしからぬ、至極当然のことをなぜ。

 可愛くて優しくて有能で、ちゃらんぽらんだらけのうちのメンツの中で唯一わたしの癒しとなる大切な妹分。手放してたまるか。


「ほんと?」

「むしろ、いてくれないと困ります」

「……そっか」


 何を心配していたのか、珍しく無表情を崩して笑うステアの胸中は、推測でしか量れない。

 だが少なくとも、悪いことは言わなかったようだ。あと可愛い。


 さて、じゃあ1つ問題は解決した。

 もう1人の方。こっちは……。


「…………」

「あの、オトハ?」


 どう、しよう、かなぁ。

 ノア様との話を真っ先に伝えなければならないと思っていたのがこの子だ。

 同時に、絶対に話したくない相手でもあった。

 オトハのお嬢様病、お嬢様中毒、お嬢様崇拝、その他諸々はもう、愛以上(以下な気もする)の何かだ。


 わたしが、その……ノア様に、告、白……されたと知れば、どう爆発するかが予測出来ない。現に今、薬盛られたし。

 さて……どう言い訳すれば、わたしはここから生きて帰れるだろう?


「クロさん」

「は、はい」


 目線を合わせ、わたしに語りかけてくるオトハの目は、それはもう本気で、わたしの背筋を凍らせた。


「なん、でしょう」


 オトハにビビるという、恐らく生涯初めての経験に怯んでいると。


「……ふっ」


 オトハは、笑った。

 それはもう、爽やかに。


「な、なんですか喧嘩ですか、受けてたちましょうか貴方がわたしに「おめでとうございます」勝てると……へ?」


 今、なんと?


「……えっと?」

「良かったですわねクロさん。告白されるなんて、今までにない素敵な経験でしたでしょう?しかもそれがお嬢様からだなんて」

「は、はぁ。どう、も?」


 な、なんだろう。

 普通に、祝福されてる?


「あの、怒ってないんですか?」

「怒る?なぜ。尊敬する上司の春ですわよ?まあまだ返事はしてないみたいですが。喜びこそすれ、怒りを抱く必要がどこに」


 嘘は、言ってない。

 いや、しかし、こんなに聞き分けのいい子ではない、はずだが。


「ですが、貴方はノア様を―――」

「お慕いしていますわよ。今も、そしてこれからも。……ですからクロさんがお嬢様に告白してるなら、ボコボコにしてやろうと意気込んでいましたが」

「え?」

「お嬢様からなら、話は別ですわ」


 オトハはわたしに近づき、手に触れた。

 チクリとした痛みが若干走ったが、その数秒後、ピクリとも出来なかった身体が問題なく動くようになった。


「私の理念は、お嬢様の幸福を守ること。私に生きる意味と幸福と、何より愛を教えてくださったあの御方は、世界で一番笑っていなければなりません。その為なら、隣に立つのが私でなくとも、構いませんわ」

「オトハ……あなた……」


 そう語るオトハを見て、わたしは自分を恥じた。

 そうだ。この子は、いつだって自分以外の為に尽くすことができる子だ。

 主にも、そして弟にもそうだ。他人の利のために行動する。わたしはオトハのそういうところを尊敬していたはずじゃないか。

 自分の愛情に正直に生きる、その様を。


「……すみませんオトハ。わたしは貴方を舐めていたようです」

「あら、こんないい女を?なんてことを」

「ふふっ、そうですね。貴方は本当に、いい女です」


 いつの間にか忘れかけていたこの子の素晴らしさを、わたしは再認識した。

 今後忘れることはないだろう。オトハという女の本質を。


「時にクロさん。まさか私が、お嬢様を諦めたとか思っているのでは?」

「……いえ、ないでしょうね」

「ええ、そうですとも!」


 宣戦布告、というものだろうか。

 普段は流すが、今日くらいは乗ってあげてもいいかもしれない。


「知っていますかクロさん。世の中には、愛人という存在があることを」

「望むと……なんですって?」


 ……なんだ、また空気が不穏に。


「そう……お嬢様がクロさんに告白したならば、次に狙うは愛人、あるいは側室、もしくはペット!その地位を狙いますわ!」

「1個おかしいの混じってましたけど」

「お嬢様がクロさんを選ぶ。それ自体は分かりますわ。私が勝れる点が1つもない完璧超人を、正面から相手にするなど愚の骨頂」

「あの……もっと自分に自信を持つべきかと」

「ですが!」


 ダメだ、もう聞いてない。


「世界の王となられるお嬢様が、妻をただ1人しか持たないことなど、あっていいのでしょうか?否っ!世継ぎを残すためにも、あと1人くらいは娶るべきでしょう!」

「どっちも女なんですけど」

「そんなもん、ナユタ先生にお願いすれば何とかなりますわ!!」


 何を言うか、いくら那由多でも……。

 ……できる、なあ。絶対できるな、あの子は……。

 やばいこの女、那由多という本物の完璧超人から、多少無茶なことを言っても実現できる環境にいる。


「私が狙うはその座ぁ!そして、そして……身体を重ね、思いを重ね、いずれは本妻は私のもの……!」


 無茶苦茶な話が、最終的にわたしの想像通りの狙いに帰結した……。


「というわけで対戦お願いしますわ、クロさん」

「いやです」


 わたしはそう言い残し、オトハに頼まれても『生やす薬』とか作らないように那由多にお願いすべく、小走りで大書庫を出ていった。



 ***



「オトハ」


 クロがいなくなった書庫で、オトハはまだそこに立っていた。


「大丈夫?」

「……ええ」


 オトハに話を持ちかけられた時は、私も迷った。

 でも、協力した。クロに薬を盛るのはちょっと嫌だったけど、黙ってた。

 勿論、私がお嬢とクロのことを気にしてたというのも大きい。もし2人が結婚したら、わたしは要らなくなるんじゃないかって、自分でもそんな事ないと分かってるのに、膨らんでいく不安が抑えきれなかったから。

 だから私は安心した。クロは当たり前のように、私にそばにいて欲しいって、言ってくれた。


 ……けど、私が協力した最大の理由。

 話を持ちかけてきた時の、オトハの顔と―――少しだけ聴いちゃった、心の声。


「ありがとうございました、ステア。助かりましたわ」

「ん」


 ……私だって、オトハの思いは知ってる。

 だから、言おうかとも思った。

 頑張れって。オトハなら出来るって。

 でも言えなかった。だって、この決心はきっと……私じゃ想像もつかないくらい、オトハにとって重い決断だったはずだから。


「……ステア」

「こっち、きて」


 オトハに頼まれたことは、クロへの一服を黙認すること。


 そしてもう1つ。クロの嘘を見破る力を、騙して欲しいってこと。


 オトハも、最後に叫んだことが無理難題だってことくらい分かってる。

 だって、お嬢がクロを見る目は、本当に―――。


「オトハ」

「……なんですの?」


 私なんかがこうしたって、きっと本当の意味でオトハの心は癒えない。

 けど、私はこうしたかった。なにか私が嫌なことがあったら、クロがこうしてくれたから。


 ギュって抱きしめながら、頭撫でて。


「オトハは、本当に、いい女だよ」

「…………ふぐぅっ」


 震えた肩が落ち着くまで、私はオトハを撫で続けた。

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― 新着の感想 ―
オトハ……想像の何倍以上もいい女でしたね………。最後読んでからだとペット云々の話も誤魔化す為みたいに思えてきちゃって泣けますね……。
オトハ………ごめん、アンタ本当にいい女だよ………
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